お薬手帳は、アレルギーや副作用歴、薬の使用歴を記録するもので、受診時に医師に提示する他、薬局においても薬剤師が確認することで、飲み合わせ(相互作用)や重複投与、他の治療への悪影響の防止といった、薬物治療の適正化に一定の役割を果たしています。
持ち歩くのが面倒、久しぶりに病院を受診する頃には紛失している、といった声は以前からありましたが、最近の悪評は、主に負担金(薬剤師が確認・記録することで調剤報酬70円、自己負担金は負担割合により10~20円)に対する反感のようです。不景気な世の中ですから、何でも安いに越したことはありませんが、メディアによるバッシングの延長で、薬局業務への不信感や忌避感までもが一部の患者さんに広がっていることは問題です。
薬局薬剤師の立場から、お薬手帳に関しての解説を書いてみます。これまで見聞きしたTVや新聞等による解説とも比較のうえ、利用するかどうか考慮して頂ければと思います。
■お薬手帳活用の実際
我々薬剤師は、医薬品の提供または販売にあたり、薬局で保管する薬剤服用歴(薬のカルテのようなもの)の他、手帳に記載されたアレルギーや副作用歴、医薬品の使用歴、現在使用中の医薬品を考慮して、妥当であるかを確認しています。万が一、不適切な投薬(確認漏れ、知識不足による判断ミス)により被害が発生した場合には、薬剤師は医師と同様に、その責任を負うことになります。普段3種類服薬しているが薬の名前はわからない、風邪の際に貰った薬で副作用が出たが薬品名を覚えていない、といった状況で「大丈夫か?」と問われても、「分からない」としか答えようがありません。「医師に申告したので薬局で伝える必要はない」と言う方も稀にいますが、医療が対象とするのは「健康」という価値の高いものです。診療科等により医師が繁用する医薬品が限られること、薬剤師が医薬品の効果や副作用リスクのコントロールを専門とする職種であることを考慮すれば、薬剤師は決してこの面で劣るものではありません。病院と薬局、両方で申告されるようお願いします。多くの薬剤師は、申告する必要はないと豪語する患者さんが被害に遭う事例を経験しています。
お薬手帳の利用は、受診・来局時の短時間に過不足なく医薬品情報を提示出来るという点で優れています。
また薬局においては、記載の状況でその医薬品を服用してよいと薬剤師が確認のうえ記録、捺印するもので、言わば「太鼓判」です。万が一のトラブルの際にも、「言った、言わない」ではなく、お薬手帳が患者さんの手元にあることは重要な証拠となります。薬剤師は患者側が持参した手帳を確認して記録したか、それとも手帳忘れのため貼付用のシールを交付したかを区別して記録に残しています。この点で毎回添付されている薬剤情報提供文書(簡易な説明書)とは全く異なるものです。
手帳に記録された履歴から、患者さんの体質や病状が窺われるケースも多く、状況に応じた説明や注意喚起、副作用回避のための処方変更等に役立っています。受診した症状が病気によるものではなく、他医で処方された医薬品の副作用であることも珍しくありません。
個人的な経験としては、半年ほど前、手帳の記載内容と患者さんからの聴取内容から、他医の治療が不適切であることが判明し、その日のうちに入院に至った事例がありました。基本的には、手帳の確認は他の薬局等で出された薬や治療について評価、コメントをするものではありませんが、他医での治療内容と、私が投薬した医薬品の影響に強い関連性があったことから介入に至ったものです。
スマートフォン等による電子版お薬手帳が広まっていますが、現時点では読み取り・書き込みの様式が統一されていないこともあり、個人的には汎用性にやや難があると考えています。一部のチェーン薬局による患者囲い込み、商業利用のためのビッグデータ収集といった側面も指摘されています。医師に提示する際には、受付で渡しておく訳にもいかないでしょうから、多少の工夫はいるかもしれません。操作に習熟した方や、提示すべき情報量も少なければ、受診時にもスムーズに伝えられるでしょう。紙の手帳と違って忘れにくい、紛失しにくいという利点はあります。
■お薬手帳有料化の経緯
お薬手帳有料化によって、利用を中止する方が出るであろうことは、多くの薬剤師が指摘し、反対していたことでした。調剤報酬制度は2年に一度改定されますが、改定前には、お薬手帳利用の有無に関わらず料金は一定でした。これは、平成24年度改定の議論の際、中央社会保険医療協議会(以下、中医協)において、委員から「お薬手帳が必要なのであれば、実施することで料金を積み上げるのではなく、定額としてくれ」との意見が出たことによります。
それが2年後の昨年度改定では、意見は反転し、「必ずしも手帳を必要とはしない患者がいる」として、任意(患者の希望)による算定に逆戻りしました。
これは中医協ではよく使われる手法なのですが、報酬を改定する際には医科・歯科・調剤の足並みやタイミングを考慮し、理由なく調剤報酬ばかり連続して下げることは出来ません。そこで、定額とする際にはそれまでの手帳持参率を考慮して報酬を下げておき、次はその報酬のまま再び患者希望による算定とすれば、自然な形で減額を実施することが出来る、という訳です。『患者の任意とすれば、算定にあたって矢面に立つのは薬剤師であり、厚労省が批判されることはない。』という思惑もあったかもしれません。
「必ずしも手帳を必要としない患者」とはどういうことか、との薬剤師委員からの質問(批判)に対し、中医協では「かかりつけの薬局であれば、きちっとデータ管理はされている」と説明されました。
もし自動車のシートベルト義務化を撤廃すれば、リスクを過小に評価する、危なっかしいドライバーの方がベルトを装着しない傾向を持つのと同じように、今回の制度変更によって手帳を持たなくなった患者さんの多くは、残念ながら「リスク意識を持ち、かかりつけ薬局を持っている慎重な患者」ではありませんでした。手帳の有料化は多くの薬剤師が懸念していたとおり、厚労省が説明する建前とは逆の結果を招くこととなり、リスク格差は拡大しました。
■利用のすすめ
TV等のメディアには、「手帳を拒否すれば10~20円値引き」と紹介するのみでなく、制度を俯瞰し、医療費削減に伴って拡大する危険性や、その回避策についても伝えて頂きたいところでした。医療制度設計は、必ずしも熟議の結果であるとは限らず、軽視されがちな薬の分野(特に日本において顕著)においては尚更、危険回避は患者側の任意・自己責任に委ねられています。先に例示した患者さんのケースにおいても、「お薬手帳など必要ない、薬局では薬を受け取るだけでよく、医師の診察を受けているので薬剤師に話すことはない」という方であったなら、問題を発見することは出来ませんでした。
信頼できる薬剤師を見つけ、かかりつけ薬局とする、体質や病状等の申告、薬剤師からの状況聴取といった点について、ご協力をお願いします。お薬手帳利用の要否は、その上で考慮して頂ければと思います。
お薬手帳自体は、医療のICT化によっていずれ不要になるでしょうが、そこに至る過程には紆余曲折が予想され、現時点では先行きは不透明です。
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