松本俊彦さん 「自傷」患者への助言(3)やめられない理由

東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで

 ――自傷は、つらい状況から自分を楽にするため、生き延びるために行われていて、ある意味、前向きな行為でもあると書かれています。それでも続けるべきでないのはなぜなのでしょうか。

 「死にたいくらいつらい今を生き延びるために、ほかにいい解決策がなかったから、やむなく自傷をしているわけですから、自傷したことを頭ごなしに叱ったり、責めたりするべきではありません。しかし、これから先長く続く人生の中で、つらいことが起こるたびに自傷することに賛成できるかといえば、それはできないです。なぜなら、それは根本的な解決策ではなく、一時しのぎでしかないからです。自傷を続けてその場その場はしのいでも、自傷の原因となる自分を傷つける人間関係などを根本的に解決しない限り、さらに深刻化、複雑化していく可能性があります。また、繰り返し行っているうちに、自傷の鎮痛効果は薄れ、より深く切ったり、以前よりもささいなことで切ったりと、エスカレートしていきます」


 ――先生が診ている患者さんで、長い人はどれぐらい自傷を続けているのですか。

 「長い人では20年ぐらいですね」


 ――そういう人はある意味、安定的に自傷をコントロールしているとも言えますね。

 「そうとも言えるんです。うんとエスカレートしたら、もっとおおごとになってしまうので、そういう意味では変にバランスが取れているんです。ただよく診てみると、摂食障害や、アルコール・薬物の乱用なども行いながら、何とかしのいでいる。表向き、何とか適応はできているんですが、表面上繕っている姿に対し、内側の壊れ方や傷つき方は半端なくて、時間がてば経つほど治療が難しくなってしまう傾向があります。本当はつらいのに自傷することでそのつらさに『蓋をして』、いわば自分に嘘をつき、周囲に気づかれないように自傷を隠して他人にもうそをつく。こういう生活を長くしていると、心はよろいをかぶったようになり、話をしていても、本当にとりつく島のない感じになってしまいます。心が閉じていくんです。たとえ結婚していても、恋人がいても、友人がいても、誰に対しても壁を作っていて、なんだかとても孤独に見えます。自傷しながら生きるというのは、一義的には、危機を回避する手段として否定はしないですが、長期的には、地獄のような孤独への近道のように感じられることもあります。何重にも よろいを着て、人を絶対に信じないという気持ちが強くなって、心を開かない、助けを求めない。そもそも周りの人がひどかったからじゃないか、と言われれば、確かにそうなのですが」


 ――治療を受けようと本人が思うようになるのは、何がきっかけになることが多いのですか。

 「精神科を受診することが治療になるかどうかは別として、自傷の人の中には、眠れない、あるいは、意欲が出ない、といった自傷以外の問題を主に訴えて精神科に受診する方が多いように思います。もちろん、切った傷痕をたまたま周りの人に見つかってしまったのをきっかけにして支援につながる人もいます。その際、周りの人の中に、適切な対応をしてくれる人がいて、恐る恐るでも心を開いてみたことがよい結果をもたらすことがあります。その支援のための社会資源の一つとして精神科医療もありますが、医療以外にもいろいろな人や相談機関が役に立ちます」


 ――精神科医療だと、どのような治療が行われるんでしょうか。

 「そこが問題なのですが、自傷イコール精神科医療というふうには考えないでほしいと思います。まず、自傷経験者が1割もいるということは、その全員が精神科治療が必要なレベルではないと思うんです。また、精神科医療につながることの弊害もあります。具体的にはその弊害は二つあって、一つは治療薬という形で薬を早く経験することで、薬の持つ別の力に気づくことになり、薬物の乱用や過量摂取につながる恐れがあるということです。もう一つの問題点は、精神科医療制度、あるいは診療報酬の問題で、一人ひとりの患者さんに時間をかけて話にじっくりと耳を傾ける、といったスタイルでは経営的に成り立たないのです。そのため、短時間の診察でかなりの患者数をこなさなくてはならなくなります。でも困ったことに、自傷をする子たちは、人を信じていないから、短時間ではなかなか心を開いてくれない。たとえ30分の面接時間を取っても、大事な話は最後の5分間になってやっと出てくるような感じです。そうすると、今の診療の中で、きちんと助けてあげることができない。重症化した場合は、そんな精神科でも役に立つことがあるんですが、早くに来過ぎて、早くに絶望すると、本当に大事な時につながれなく恐れがあるんです。だから、その手前で色々な情報を与えて、精神科に行かなくても済む人はそれで対処してほしい。そんな気持ちもあって、今回の本を書いたというのもあります。ただ、それでもやはり最初から精神科に受診した方がよい人もいます。そういう人は、今回の本の中で、合った医者を探すヒントも書きましたので、いい医者に巡り会えるといいなと願っています」


 ――どのぐらいになったら、受診した方がいいという目安はありますか。

 「自傷は、それ以外の問題もいくつか抱えていることが多いので、自傷の重症度だけがその人の重症度を決めるわけではないということに注意が必要です。それでも絶対に受診した方がいいのは、記憶が飛んでしまって、気づいたら自傷していたなど、解離性障害を合併している時。それから自傷が持つ、心の痛みに対する鎮痛効果が弱まっている人ですね。自傷する人は自殺したくてしているのではなく、死にたいぐらいつらい今を生き延びるために切っていることが多いのですが、切っていない時には、漠然と、消えてしまいたい、死んでしまいたいという気持ちの中で生きていることが多いんですよ。自傷の持っている心の痛みを抑える鎮痛効果が薄れると、普段の消えてしまいたいという思いが圧倒して、強くなってしまうんです。切っても切らなくても消えたい、死にたいという気持ちが続いている。こうなったら間違いなく、受診した方がいいでしょう」

(続く)

松本俊彦(まつもと・としひこ)さん

 国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、自殺予防総合対策センター副センター長。1993年、佐賀医大卒。「自傷行為の理解と援助」(日本評論社)、「アルコールとうつ・自殺―『死のトライアングル』を防ぐために」(岩波書店)など著書多数。


2015年5月9日 読売新聞)

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