内科医・酒井健司の医心電信

「胃ろう」とは、チューブを通して栄養を入れるために胃にあけた穴のことです。認知症が進んだり、物を飲み込む力が弱ったりして、口から食べることが困難になった場合に造られます。

臨床の場では、高齢者に胃ろうを造るべきかどうか問題になります。本人が明確に意思表示できればいいのですが、本人の意思を確認することができず、ご家族が本人に代わって決断しなければならないことがしばしばあります。

唯一の正しい答えはなく、考え方次第です。「胃ろうを造ってまで長生きするより、自然に死ぬ方が幸せなのではないか」という考え方もあれば、「胃ろうを造ることで元気になる可能性が少しでもあるのなら、最善を尽くすべきだ」という考え方もあるでしょう。

いずれにせよ、決断するには胃ろうについてよく理解している必要があります。もちろん、医師から医学的な説明はあるでしょう。しかしながら、胃ろうを造るかどうかは、医学的なことだけで決まるものではありません。胃ろうの背景にある複雑な要因は、医師から説明しきれるものではありません。

最近、熊田梨恵著『胃ろうとシュークリーム ~本当に大事なのは何ですか 』(ロハスメディカル叢書)という本を読みましたので、ご紹介します。胃ろうを造るかどうかの決断を迫られているご家族はもちろんのこと、胃ろうに関心のある方にお勧めします。また、胃ろうに関わる臨床医も読んでおくべき本だと思います。

著者の方は、福祉業界専門新聞の記者の経歴や、社会福祉士やホームヘルパーの資格を取得して病院や介護の現場で働いた経験をお持ちです。そして、当事者家族、医師、医療倫理学の専門家、リハビリを行う言語聴覚士(ST)、介護職といった人たちに、幅広く丹念に取材をしています。アピタルに執筆されている長尾和宏先生も登場します。

私は医師ですから、胃ろうを造った患者さんやご家族や言語聴覚士の方と接します。けれども、それは病院という限定された場所での短時間の関わりに過ぎません。病院によってもそれぞれ状況は異なりますが、他の医療機関のことをそれほど知っているわけでもありません。この本を読んで初めて知ったこともたくさんあります。

また、最初に書いたような「自然に死ぬ方が幸せ」対「最善を尽くすべき」という考え方も、現実にはそんなに単純な話ではなく、個々の患者さんの病状や考え方、社会的背景によって事情が異なる複雑な問題なのです。

ご紹介した『胃ろうとシュークリーム』は、複雑な問題をわかりやすく解説した本ではありません。胃ろうが複雑な問題であることを改めて思い知らされた本です。

「胃ろうに関心のある方にお勧めします」と書きましたが、本当は胃ろうにまったく関心のない方にこそ、読んでほしい本です。他人事だと思っていても、いつ当事者になるかわからないのですから。

酒井健司 (さかい・けんじ)

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務しています。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていないのです。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えて行くのが、このコラムの狙いです。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。
ご病気やご症状、医療機関などに関する個別具体的なご相談にはお答えしかねます。あらかじめご了承ください。

ページトップへ戻る

サイトポリシーリンク個人情報著作権利用規約特定商取引会社案内サイトマップお問い合わせヘルプ