長崎:反核座り込み36年 9日で400回

毎日新聞 2015年05月07日 21時41分(最終更新 05月07日 21時50分)

核兵器廃絶を訴えて座り込む前回の参加者=長崎市で2015年4月9日午後0時16分、樋口岳大撮影
核兵器廃絶を訴えて座り込む前回の参加者=長崎市で2015年4月9日午後0時16分、樋口岳大撮影

 長崎市の平和公園で毎月続く「反核9の日座り込み」が、1979年3月の開始から9日で400回を迎える。放射線漏れ事故を起こした原子力船「むつ」の佐世保入港に抗議して始まった座り込みは36年続き、長崎の反核平和運動の象徴になっている。被爆70年を迎え、参加者たちは「核兵器がなくなる日まで続ける」と誓う。

 初回から参加している元長崎県労働組合評議会(県労評)事務局長の矢嶋良一さん(73)は、むつが修理のため佐世保に入港した78年10月16日、佐世保であった数千人規模の反対デモに参加。「核と人類は共存できない」との信念から翌年1月、県労評の会議で「むつが入港した毎月16日を反核の日とし、廃船に追い込むまで行動を続けよう」と提案し、3月16日から座り込みが始まった。

 むつは82年8月、修理を終え佐世保を出港したが、その後も長崎に原爆が投下された日にちなみ、毎月9日に座り込みを続けた。座り込みは長崎原爆の日の8月9日を除いて毎月あり、現在は県平和運動センターなどが主催。被爆者を含む100人余りが参加し、核兵器廃絶だけでなく、安全保障を巡る問題についてもアピールを続けている。

 むつは95年に原子炉が撤去され、海洋地球研究船に改造された。被爆者の妻を介護しながら参加し続ける矢嶋さんは「継続は力なり。むつは廃船に追い込むことができた。核兵器廃絶も必ず実現できる」と力を込めた。座り込みには、被爆者で原水爆禁止日本国民会議議長の川野浩一さん(75)も参加しており「続けることで、多くの人に核兵器廃絶の意志を伝えることができる」と語った。

 当初は労組主体だった参加者の裾野も広がり、核兵器廃絶を求める署名活動に取り組む高校生らも加わるようになった。「高校生平和大使派遣委員会」共同代表の平野伸人さん(68)は「参加した高校生にとっても自分たちの活動の社会的な意味を知ることができ、レベルアップにつながる」と話した。【樋口岳大】

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