ナッツリターンも世論に迎合
しかしこのくだりの少し前を読むと、一番批判したかったのは韓国メディアだったと思えてきます。以下をご覧下さい。
- 新聞・放送は第4の権力と称されてきたが、今や交流ソフト(SNS)などのインターネット言論が第5の権力を形成したと言っても過言ではない。
- 今日の新聞・放送はネットが作る“世論”というか、ポピュリズムと戦わなくてはならなくなった。どこかで誰かが作った“世論”の顔色を、メディアはうかがわなくてはならないのだ。
- 対北朝鮮、旅客船「セウォル号」、ナッツリターン、慰安婦、福祉と税、高齢化などの敏感な問題で、世論によって何らかの雰囲気が醸し出されると、メディアはそれを意識して発言の水位を調節する傾向がある。
ここを読むと明らかに自己批判です。ただ、同時に“ネット世論”に配慮せざるを得ない、大手メディアの立場を弁解しているようにも見えます。
「発言の水位を調節する」とは?
鈴置:韓国のネットに書かれる意見は、もちろん既存のメディアと比べ、より感情的で過激です。この結果、既存メディアは“ネット世論”に引っ張られ、主張が過去にも増して感情的で過激になっている――ということでしょう。
ネットと過激さ競う韓国紙
日本のネットも、既存メディアと比べ過激で感情的です。でも、既存メディアの主張がネットに引っ張られているという話は聞いたことがありません。
鈴置:韓国ではものごとが理屈よりも感情で決まりがちです。既存メディアが“ネット世論”以上の社会的影響力を保とうとすると、それに負けない激しい感情論を展開せざるを得ないのです。
もともと韓国の新聞やテレビは日本や西欧と比べ、論理よりも感情を基に主張します。それがインターネットとの競争で、ますます感情的、情緒的になったのです。
趙甲済氏と金大中顧問という、韓国の2人の超大物記者は立場は異なります。が、情緒的になる一方のメディアが国を誤らせる、との危機感では期せずして一致したのです。
2人の記事を補助線に、韓国という国の「今」を描くと以下の図式が浮かびます。
大衆迎合的な指導者が登場した。この指導者は民意に極めて敏感で、過激な“ネット世論”と、それに引きずられる既存メディアに動かされている。その結果、韓国は時に常識を超えて暴走する――。