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子供に怒った話。「自分で選択した!」と言えることが、あなたにはいくつありますか?

 

子供を叱る

 

ぼくは自分の子供に対して、それほど怒りません。

嫁さんがその辺はしっかりやってくれているのもありますが、基本的には「先輩が答えらしきものを教えること」に関しては懐疑的なので、直接的に言葉にするよりも、行動や態度で示し、何かを気づかせることを意識しています。

 

だから本当は言葉で「コラッ!」と言いいたい場面であっても、ジッとこらえることも多いですよ。

 

仕事においても、後輩に手取り足取り教えるようなことはしてきませんでした。

かなり冷たい先輩と思われたこともありますが、それでも「先輩が答えらしきものを教えること」に関しては疑問だらけなんですよ。もちろん社内ルールなどのベースは教えますが、それ以外の「仕事」という括りで言えば、誰かに教えられるよりも「自分で気づく」方が圧倒的に大事だと考えています。

 

 

それは本当に自分の決断なの?

子供って素直なので、環境にものすごく影響を受けます。

例えば、連休があると家族みんなで実家に帰ることも多いのですが、父(義父)・母(義母)が分かりやすく「至れり尽くせり」してくれるんですよ。

 

放っておいてもジュースが出てくる。

お腹が空く時間になれば「お菓子食べる?」と言ってくれる。

そんな空間で3〜4日過ごして自宅に帰ると、「言葉にして伝える習慣」を失っています。

 

じゃあ◯◯にする? → うん。

言葉にすることを忘れた子供は、知らず知らずの内に親の言いなりになります。そして親としても、なかなか自分の気持ちを言わない子供がじれったくなり、「子:うーーん……。。」「親:じゃあ◯◯にする?」「子:うん。」みたいなやり取りが生まれます。

 

でも、これって本当に自分自身の選択だと言えるのでしょうか?

参考:「好きになる技術」をもつ得な人と、もたない損な人

 

子供に叱ったこと

ぼくが子供を叱ったのは「それは本当に自分で選択したの?」ということです。

 

子供を叱ったのはこんな感じです。

夕食の時間になる → 嫁さんが麺類を準備する → もじもじして、いつまでも食べない → 食べれるの?と確認する → 曖昧な答えが返ってくる。その割にはふざけている。 → ちゃんと食べなさい、と注意する → 時間をかけて食べ終わる。

 

このプロセスにおいて、子供自身が自分で下した決断がひとつも無いことが、悲しかったのです。

参考:子供が熱をだすのは、誰の責任ですかね?

 

選択する内容は自由。ただ自分で選んだものであれば…。

ぼくは仮に子供が「今日は夕食を食べない!」と言い出したら、すごく評価します。だって一般常識として一日三食だからと言って、お腹が空いていないときまで食べる必要はないからです。ただ、それが「お菓子を食べ過ぎた…」などの背景があれば、いつも食事を用意してくれる嫁さんに対する敬意が欠けるので注意をします。

 

だから、どんな突拍子もない決断をしてもいい。

それが自分で下した選択なのであれば。

参考:「子供は3〜5歳で決まる」予備校講師:林修氏の教育論が凄まじく参考になる!

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答えを知ること、気づくこと

子供に対しても、仕事の後輩に対しても、自分の経験から「答えらしきもの」を教えることは合理的です。同じミスをしなくても良くなるし、前もって「右よりも左に進んだ方が、道がキレイだよ」と教えてもらえれば非合理的な遠回りを回避できるでしょう。

 

でもぼくの感覚からすれば、「合理的」であることは、生きてる実感は乏しくなります。

参考:結婚という「非合理的システム」で生きていくこと

 

「生存するため」だけの合理的さ

生存するためだけなら合理的であった方が楽です。

障害を避け、トラブルを回避して生きられた方が楽な気はしますが、そうして生きてきた人に対して、何かの魅力を感じるでしょうかね? ぼくも「スマートな仕事がデキる人」みたいな理想を追いかけた時期がありましたが、そっちに進めば進むほど人としての表情を失い、「その他大勢」を変わらなくなっていきました。

 

ただ生きるだけなら、意味なんか無いんですよ。

参考:目指してきた「理想の人間像」が我ながらキモい、キモすぎる。

 

成長が加速するのは、気づいたとき

大人でも同じじゃないですかね?

いくら読書で情報を詰め込んでも人間的に成長なんかしませんが、衝撃的な出来事を目の当たりにして「これじゃダメだ!」と気づいた時、明日からと言わずにその瞬間から勝手に行動します。ぼくは頻繁に絶望するわけですが、「絶望感度」が高いおかげで、その都度「これではダメだ!!」と思い立ってすぐに行動していきます。

 

成長しているのかは自分では分からないけど、前進しているのは間違いない。

参考:「ポジティブ教」に入信したければ、まずは絶望を経験するべきだ。

 

 

子供を叱る2

 

 

「与えてしまうこと」の怖さ

そう考えてみると「与えてしまうこと」は、人の思考を停止させるのです。

自分で選択したかのように見せかけて、実は人から与えられたものに対して「Yes or No」を答えているだけ。それを「決断・選択」と言う人もいるかもしれませんが、ぼくはそうは思わない。もっと前の段階で「お腹が空いた。何かを食べたい。ポテトフライを食べたい」まで判断してこそ「自分で選択した」と言えるんじゃないでしょうか。

参考:しばらくは評価されない仕事を、やり続けられる覚悟はありますか?

 

傲慢かもしれないけど、ぼくは自分の人生を可能な限り自分で支配したい。

もちろんアンコントロールな部分の方が多いわけですが、それでもコントロール可能な部分は全て自分で支配したいし、家族にもそれぞれで自立してそうして欲しい。家族という集合体で一緒に暮らしてはいるけれど、それぞれが自立した「個」である家族を作っていきたいんですよ。

 

既存から選択する、よりも、自ら生み出していく

これからの時代を考えても、「既存の枠内で選択すること」よりも「自ら生み出していく」能力は何よりも重要です。そして、その習慣を作るためには大人も子供もないわけです。ぼくもこれからの人生でもっともっと生み出していきたいし、嫁さんや子供にもそうして欲しい。

 

じゃあ一緒に成長するしかないです。

難しい話だったかもしれないけど、子供は目に涙を浮かべながらじっと話を聞いてくれていました。でも親が自分で生み出し、自分で決断し、自分で選択する姿を日常的に見せていたら、子供も自然とそうなるわけですから、もっと野性的に生きたいなぁと思った出来事でした。

 

あなたは「これは完全に自分で選択した!」と胸を張って言えることがいくつありますか?

参考:「あきらめたらそこで試合終了ですよ…」 でも、人生は続きます。

 

 

ミラクリから一言

朝起きたらケロッとしてた…。さすが子供…w

 - つながり

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