1990年代から2000年ごろまで、移動通信産業ではフィンランドNokia社やスウェーデンEricsson社などの欧州企業が世界をリードしてきた。移動通信市場が第3世代の普及で絶頂を迎えた2000年ごろには、Nokia社とEricsson社は、それぞれ携帯電話機の世界シェア(出荷量ベース)で30.6%、10.1%を確保し、通信の交換機、基地局でも米国Motorola社とともに世界市場を制覇していた1)。
Nokia社とEricsson社の端末事業に暗雲が立ちこめ始めたのは、その絶頂の2000年ごろである。1990年代末から携帯電話機の分野で韓国メーカーが台頭し始めた。さらに、世界最大の携帯電話機市場として重要性をおびてきた中国市場で競争が激化し、2000年から2005年にかけて台湾、中国の新興携帯電話機メーカーが急速に競争力をつけてきた。その結果、通信技術の標準化活動に多くの経営リソースを投入し、標準を創り上げてきたNokia社やEricsson社などの先発組の企業は、皮肉にも、標準技術であるが故に、後追いしてきた新興国の企業に端末分野での覇権を渡すことになった。
そして、Nokia社とEricsson社は端末部門の売却を余儀なくされた。Ericsson社の端末事業を2011年10月にソニーに譲渡した注1)。Nokia社は、端末部門を2013年9月に米Microsoft社に売却した注2)。
注2)2012年5月にMotorola社の端末部門として分割されたMotorola Mobility社が米Google社によって買収された。
2014年の携帯電話機市場をみると、2010年に創業したばかりの中国携帯電話機メーカー小米科技(Xiaomi)社が、わずか5年で世界の携帯電話機のスマートフォン市場の約5.3%のシェア(出荷量ベース)を獲得し、3位に入っている(表1)注3)。Xiaomi社は標準化活動には一切開発リソースを投じることなく、出来上がった標準を活用することで急成長してきたのである。
1990年代〜2000年ごろのNokia社とEricsson社の成功は教科書的な標準化戦略がうまくいった例といえよう。すなわち、接続性や互換性を持たせるべく、自ら製品の技術規格書を策定し、標準化に貢献した。接続性と互換性の拡大により、市場の創出・拡大され、自社の製品を広く普及した。同時に、こうした貢献への見返りとして、技術規格書に関連する自社技術をFRAND(Fair Reasonable And Non-Discriminatory)の条件で保有する「必須特許(SEP:standard essential patent)」を標準規格策定団体に宣言(declare)し、幾ばくかの特許料収入を得た2)(図1)。
しかし、この戦略は標準策定の初期にはうまくいくが、徐々に競争力を失う危険性が高まる。標準を普及させ、製品に接続性や互換性を持たせれば、同時に競合他社の成長も促す可能性があるからだ。このジレンマのため、標準化は、それを推進する企業の永続的な優位には結びつき難い面がある。2000年以降のNokia社やEricsson社の端末事業の失墜は、標準化に関わる企業にとっての負の面が出たといえるだろう。
では欧州企業はどのように標準を握り、どのようにその競争力を失っていったのか。この盛衰の詳細を探るのに(1)標準規格策定団体における標準規格を定める「技術規格書」と、(2)その技術規格書に合致するとして必須宣言された「必須特許(SEP)」に注目して、この関係を調べてみた。技術規格書と必須特許に焦点を当てたのは、有力企業の標準化への関わりが、極めて具体的に把握することができるからだ。以下では、技術規格書と必須特許(および独自特許)の関係が、欧州企業の盛衰とともにどのように変化したか、見ていくことにする。
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