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池田先生は、この御書講義を通して珠玉の指導を綴り、小説「新・人間革命」に留めました。
そして、二十一世紀の革命児にこう訴えます。
「大聖人亡きあと、なぜ、日蓮教団は分裂していったのか。
それは、日興上人を中心に、団結することができなかったからです。
人間は、年とともに、権力に心を奪われ、自分の地位、立場などに強い執着をもち、名聞名利に流されていく。
『自己中心』になっていくものです。
すると、信心をもって、団結することができなくなる。
それでは、どんな学会の役職についていたとしても、信心の敗北だ。
信心というのは、結局は、この『自己中心』の心との戦いなんです」(九巻)――と。
さらに佐渡御書の
「悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし・・・・」
の段では、こう語りました。
「大聖人の時代も、また、これからも、悪は徒党を組んで正法を滅ぼそうとする。
学会憎しの一点で、政治権力も、宗教も合同して、攻撃の牙をむいてくるにちがいない。
しかし、たとえ、一人になっても、《師子王》のごとき心をもって、広布の使命を果たしていくのが本当の弟子です。
戸田先生も、師の牧口先生亡きあと、ただ一人、広宣流布に立たれた。それが創価の精神であり、学会っ子の生き方です。
その精神を失えば《烏合の衆》となってしまう。
真実の団結というのは、臆病な人間のもたれ合いではない。
一人立つ獅子と獅子との共戦です」――と、真実の団結のあり方を教えました。
また「師子身中の虫の師子を食」の講義では次のように強調しています。
「この御書にも『仏弟子等・必ず仏法を破るべし』と仰せのように、
広宣流布を破壊していくのは、外敵ではなく、《師子身中の虫》です。
たとえば、最高幹部であった者が、野心から、あるいは嫉妬から、
学会を裏切り、造反し、躍起になって攻撃しようとする。
それと戦い、学会を守っていくのが諸君です。
また、絶対に《師子身中の虫》になってはならないし、諸君のなかから《師子身中の虫》をわかしてもならない。
《師子身中の虫》というのは、造反者だけではありません。
仮に、立場は幹部であっても、堕落し、怠惰、無気力になったり、虚栄を張って見栄っぱりになり、
すなわち自己中心主義に陥り、一念が広宣流布から離れていくならば《師子身中の虫》です。
そうした幹部がいれば、みんながやる気を失い、学会は蝕まれていく。
怖いのは内部です。恐ろしいのも内部です。
どうか、諸君は、創価学会の精神は、広宣流布に通ずる、
清らかな精神であることを、生涯、忘れないでいただきたい。
また、それを後輩に教えていっていただきたい。ともあれ、広宣流布は、諸君に委ねます」
と、時に遺言のごとくメンバーの胸に鋭く迫りました。
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