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小説に書かれたもう一人の私

村上さん、こんにちは。
いつも作品を楽しみに読ませて頂いております。

私には10代半ばから30歳で婚約解消するまで付き合った恋人がいました。
別れてからは連絡をとっていません。

青豆のように激しく焦がれた事もだんだん薄れ、今はお互い別の人と結婚しています。
優しい夫と過ごす日々は穏やかでとても幸せです。
しかし時々自分の10、20代がすっぽり抜け落ちてしまったような気持ちになります。せめて友達になれたら良かったのかな。

そんなある日、ふらりと立ち寄った本屋で昔の恋人が書いた小説を見つけました。
びっくりして読んでみると、名前、会話、場所、全部私なのです。
本の中では私達は色々ありながらも幸せになっていました。
勿論小説ですから、「外側」は私でも、「中身」は違うかも知れません。
でも、私は自分が2つに分裂してしまったような変な気分です。

こんな変な(?)話を誰にも相談出来ず、悶々としていました。
村上さんに聞いてもらえたら、スッキリするかとメールしました。
お読み頂きありがとうございました。
(匿名希望、女性、40歳)

そうですか。人生にはいろんなことがあるんですね。でも「もしかしたらこうだったかもしれない」というあなたのもうひとつの人生が、本の中に実現されているんだから、それは素敵なことじゃないですか。物語にはそういう効用もあります。今の自分とは違う自分を、そこに出現させることができます。彼はきっと自分のために(そしてまた同時にあなたのために)その小説を書いたのだと思います。

分裂しているように感じることはありません。むしろ可能性が二倍になったように感じられるといいと思いますよ。

村上春樹拝