村上さん、こんにちは。
私は20代後半の女性、田舎の、田舎のわりには大きな公立図書館に勤める新米司書です。村上さんの作品愛読歴は、もうかれこれ12年になります。
ところで村上さん、『ダンス・ダンス・ダンス』の中の、主人公がジャック・ロンドンの伝記を読んでいる場面に、「ジャック・ロンドンの波瀾万丈の生涯に比べれば、……(中略)……いったい何処の誰が平和にこともなく生きて死んでいった川崎市立図書館員の伝記を読むだろう?」とありますが……この部分を就職して改めて読んで、「はいはい! わたし! 読みたいです!!」と思わず手をあげたくなりました。図書館員ってなかなか大変で、重い本を運び、難しい利用者に怒鳴られて謝りまくり、手も足も出ないようなレファレンスが来てもなんとか応えようと走り回り、休日には自費で子どもの本の研修会に参加し……ただカウンターに座っていればいいと思っている人には到底勤まらない職業です。それなのに、昨今では行政の金食い虫だと言われ、指定管理や業務委託など、やる気のある司書を低賃金で雇う仕組みばかりが発達していきます。けっこう、波瀾万丈です。
たまにとてつもなく虚しくなるのですが、人類の歴史って、「ご飯をお腹いっぱい食べたい」「思いっきり勉強したい」「好きなだけ本を読みたい」という欲求がずーっと根底にあったと思うんですよ。その3つがすべて満たされた今の世の中の、このていたらく……と、自分だってじゅうぶん若輩者なのにそう思ってしまうのです。世の中に本が溢れかえっていて、そのなかに本当に価値のあるもの、人の心に訴えるものがどれくらいあるか……と考えるだけで頭が痛くなってきます。だから、もっと本が貴重なものだったころ、図書館というものの理念があいまいだったころ、司書が苦労して図書館というものを作り上げていったころの図書館員の伝記なんか、ぜひ読んでみたいです。というわけで村上さん、次回作のネタに、どうでしょうか? 取材ならいつでもウェルカムです。
ちなみに、村上さんの小説のなかで一番好きな司書は、『海辺のカフカ』の大島さんです。いつも図書館にいて、豊かな教養を持ち、知識を求めてくる人を温かく迎え、難癖をつけてくる人はガツンと言って追い返す、サウイフモノニワタシハナリタイ、です。
(Library Lover、女性、28歳、図書館司書)
そんなことを書きましたっけね? なにしろ30年くらい前に書いた小説なので、細かいところは覚えていません。そんな生意気なことを書いて、川崎市立図書館の方にはいやな思いをさせてしまったかもしれません。反省しています。
そうですか、図書館は今では行政にそんなにいじめられているんだ。お気の毒です。僕は子供の頃からよく図書館を利用してきたので、そういう話を聞くと胸がしくしくと痛みます。図書館はもっと大事に扱われるべきですよね。自転車に乗って図書館に通っていた子供時代を思い出すと、気持ちがふと温かくなります。
村上春樹拝