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人革の舞台は昭和五十三年七月の「四国指導」。
この時の学会の置かれた環境や取り巻きは、水面下で宗門と裏切り者の山友との激しい攻防戦がありました。
いわゆる「6・30事件」です。
結論から言うと、事実記録では人革「大道4」の四国指導で、池田先生は阿仏房御書の講義はされていません。
この四国指導の一ヶ月前に「6・30事件」がありました。
広宣・教宣の方々は、よくご存知だと思いますが、昭和五十三年一月、山友は反学会僧侶の一人である浜中和道を通じて
日達に「ある信者からの手紙」と題する投書を提出しています。この手紙は山友自身の自作の手紙です。
池田先生(会長)が宗門と法主を見下し、宗門を乗っ取ろうとしていると記載されたこの「手紙」は、日達によって
僧侶の集会場で読み上げられ、宗内僧侶はそれを境に「反創価・反池田」となっていきます。
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