いまやインターネットを利用する際に、最も身近な端末となったスマートフォン(スマホ)。そのスマホが、米Apple(アップル)の手によって2007年に初めて発売される約8年も前。携帯電話のインターネットサービスを世界に先駆けて事業化したのがNTTドコモの「iモード」である。「スマホの原型」とも言える、この日本発のサービスの普及は、予想をはるかに超えるペースで進み、1990年代の停滞した日本経済の中で、ひときわまばゆい光彩を放つ20世紀最後の大ヒットとなった。日経電子版創刊5周年企画「『ネット20年』その先へ:iモードと呼ばれる前」(オリジナルは日経エレクトロニクスに2002~2003年掲載)では、iモードを事業化にこぎ着けるまでの技術者たちの奮闘を描いた開発物語をお届けする。
開発コード名は「トナカイ」
富士通の社内では、ブラウザーを搭載する携帯電話機をこう呼んでいた。発売予定がクリスマスシーズンだったからだ。サンタクロースがトナカイの引くソリに乗ってプレゼントを運んでくる。そんなイメージで名付けた愛称だった。
トナカイという名前には、納期を絶対に守るという開発陣の誓いも込められていた。
「冒険することも必要だが、顧客の求めに応じることが先決だ。何よりも納期を優先しよう」
移動通信・ワイヤレスシステム事業本部 ビジネス推進統括部ソフトウェア部担当部長(端末担当)(当時)の片岡慎二はこう言って技術者にハッパを掛けた。最後発で開発に参加したことが、納期の遅れにつながってはならない。NTTドコモの仕様を確実に実装し、スケジュール通りに納めることが第一だ。中途半端に機能を強化しても、それが原因で他社に遅れを取ってしまったら元も子もない。それよりも、あわよくば端末の納入で一番乗りし、他社に一泡吹かせてやりたい。片岡の思いは痛切だった。
それだけに、1998年8月のNTTドコモの決断に、片岡は内心忸怩(じくじ)たるものを感じずにはいられなかった。「iモード」のサービス開始時期を当初予定の1998年12月から、1999年2月に延期したのである。携帯電話機メーカー各社の開発スケジュールが遅れに遅れていることが原因だった。富士通もご多分に漏れなかった。
「もうこれ以上の延期は死んでもダメだ。次は絶対に間に合わせるぞ」
片岡は、発売が2カ月延びたことで安心するどころか、NTTドコモの期待を裏切ったという悔恨の念に一層さいなまれていた。
1998年9月末。富士通の開発陣は東京・神谷町のNTTドコモ・ゲートウェイビジネス部(当時)を訪れ、製品企画のプレゼンテーションを実施した。
この時、富士通がNTTドコモに提示したのは単なるモックアップではなく、一部の機能が動作する試作機だった。片岡は知らなかったが、同じころにNECも製品企画を説明していた。NECが動かないモックアップしか出せなかったのに対し、富士通の試作機には既にブラウザーが載っていた。完成には程遠いものの、試作機の電源を入れて、画面に文字を映し出すことができた。何が何でもスケジュールを遵守するという片岡の執念は、確かな実を結びつつあった。
「他社さんの製品とは見栄えが違うのではないでしょうか」
片岡が自信たっぷりの様子で差し出したのは、黒光りする筐体だった。アクリル樹脂を筐体の表面に配し、独特の質感を出している。従来機種では液晶パネルのカバーだけにアクリル樹脂を使っていたが、今回の製品では画面やキーボードが並ぶ面全体をアクリル樹脂で覆った。筐体全体の質感を統一するためだった。
この携帯電話機をデザインしたのは、富士通 総合デザインセンター プロダクトデザイン部(当時)の上田義弘らのグループ。片岡の自信満々の態度も、上田らの苦労があればこそだった。
■拒否反応示した松永真理
上田に対して、携帯電話機開発部門からデザインの依頼があったのは1998年6月のことだった。
――デザインが1日でも遅れたら、その分のツケが実装のスケジュールに回ってくる。実装部隊は上田に容赦なくプレッシャーをかけた。
1998年7月。作業に着手して2週間余りで、上田は早くもデザイン画のプレゼンテーションに駆り出された。上田の前にはNTTドコモ・ゲートウェイビジネス部の松永真理が座る。彼女を納得させない限り、どんなデザインも文字通り絵に描いたままで終わってしまう。
短期間のうちに、上田は明快なコンセプトのデザインを生み出していた。上田が一番こだわったのは、画面の大きさが目立たないことだった。画面が従来の携帯電話機よりも大きいブラウザー搭載機は、手に持つ部分の幅を従来機と同じにするとどうしても「しゃもじ型」になってしまう。これを避けるため、上田は全体の幅を画面に合わせて広げることにした。
すると数字キーの横に、ボタンの列をもう1列増やせる程度のスペースができる。ならば本当にボタンを増やしてしまおう。上田は数字のキーが縦3列で並んでいる左横に、もう1列、仮名漢字変換などに使う操作キーを縦に並べて配置した。
これが裏目に出た。松永は4列目のキーの存在を知ると、一瞬にして顔を曇らせた。
「これはケータイじゃない」。携帯電話機の常識を逸脱した代物に、松永は拒否反応を示した。
「使い勝手が変わるようじゃダメ。広く普及させたいのよ。普通のケータイだけど、ちょっと新しくて、格好いい。そんなケータイが欲しいんです」。松永は、にべもなくデザイン画を押し返した。
■次で決めないと…
次の打ち合わせでデザインを決めないと、予定通りの発売は夢に終わる。
松永に賛同を得られなかったと知った実装部隊の担当者は、がっくりと肩を落とした。何とかして納期に間に合わせたいという思いは、上田も同じである。再提案がもし受け入れられなかったら、と考えれば考えるほど、余計にデザイン案を絞り込めなくなった。
「もう、松永さんに決めてもらうしかありませんね」。上田らは、これまで考えたあらゆるデザイン案をNTTドコモに持ち込んで、松永の好みを聞き出す窮余の作戦に出た。
「これは、我々が『F20X』系の先行開発に向けて作ってきたデザイン案のすべてです。この中に松永さんの考える携帯電話機に近いものはありますか」
机の上には、所狭しとモックアップやデザイン画が並んだ。どれも派手な色合いや、数字キーの形などで、これまでの携帯電話機とは少し違った個性を持っている。松永は顎に手を当て、すべてをじっくりと見定める。松永の指が動いた。
「これよ、これ。これ、いいじゃない」
松永は、黒光りする筐体が描かれたスケッチを指さした。デザインのコンセプトは、何もない真っ黒の筐体から、光や文字がいきなり飛び出してくる機器。次世代の表示装置が実用になるもっと先の世代で使おうと、上田らが温めていたデザインだった。
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