社説:酒の安売り規制 特別扱いは理解されぬ
毎日新聞 2015年05月04日 02時30分
自民党が酒の安売りを規制する法案を今国会に提出する方針を決めた。量販店などとの価格競争で疲弊した「町の酒屋さん」を救う狙いという。だが、消費者の負担は増す恐れがある。酒屋だけ特別扱いするのは理解が得られないのではないか。
自民党の案によると、酒税法などを改正し、酒の「公正な取引基準」を財務相が定める。基準に違反して、改善命令にも従わない業者については、罰金を科したり、販売免許を取り消したりできる。
国税庁によると、酒の小売業者全体に占める酒屋の比率は1995年度は8割近かったが、2012年度は3割強に減った。90年代からの販売規制緩和で量販店やスーパー、コンビニが参入し、対抗できない中小酒屋の廃業が続出したからだ。
酒の過度な安売りを防ごうと国税庁は06年に取引指針を定めた。だが、法的拘束力や罰則はなく、酒屋の業界団体が規制強化を求めていた。
ライバル店の排除を狙って、仕入れ原価や製造コストを下回る価格で販売する不当廉売が許されないのは当然だ。だが、不当廉売は、企業の公正な競争確保を目的とする独占禁止法が明確に禁じている。公正取引委員会が厳格に摘発するのが筋だ。
量販店やスーパー、コンビニは、大量の仕入れのほか、独自の商品開発、流通の合理化などでコストを抑えてきた。安売りが不当な乱売か、正当な経営努力の結果かは、線引きが難しい場合もある。
「公正な取引基準」の内容は、財務相が審議会に諮って定めるという。だが、基準があいまいになり、背後に免許取り消しという強硬手段がちらつけば、量販店などが萎縮し、問題がなくても価格を引き上げてしまう可能性がある。
そもそも、なぜ酒屋を特別扱いするのか。町の電器屋や八百屋などでも、量販店やスーパーの安売り攻勢で廃業が相次いだ。中小商店の保護は、地域活性化の観点から行政が対策を講じるべきだ。その場合、経営難の店については成長が見込める業態に円滑に転換できるようにするなど地域全体の底上げにつながる環境整備に徹するべきだろう。
自民党には「酒屋が急減すると、酒税の円滑な徴収が阻害される」との意見もある。酒屋の経営者は伝統的に自民党支持者が多く、規制の背景になったようだ。だが、酒税収入が減っている主な原因は高齢化や若者らのアルコール離れだ。規制で価格が上昇し、アルコール離れがさらに進めば、税収に逆効果になる。
酒の規制緩和は、業界の競争を活発にして、経営努力を促し、消費者が低価格で酒を楽しめる契機となった。その原点を大事にすべきだ。