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大道の章について、信濃町さんからあり、なるほどなと感じました。
当時の会長指導が【宗門にとって教義が逸脱しているとみなされる】ため、僧俗和合時代だから文章としては残さなかった。
しかし、平成に入り学会が破門され(この破門という言葉も時代錯誤との意見もあり)、別団体となり、学会の公式解釈としてそのオフレコ文章を載せた―ということも考えられるということですね。
昭和52年の『仏教史観を語るー“人間のため”にこそ仏法の根本精神』―と題する先生の講演もかなり突っ込んだ話をされていますが、これも宗門から52年路線として批判されています。
この仏教史観を語られた先生の真意をどう読み解くか、これを聞いた人々はどう感じたか。
時代は流れても、先生の精神は人間のためであります。
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