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そうですね。
先生のお名前ででいる=先生が書かれた
ではありません。
これは、皆様ご存知の方も多いですね。
さらに
先生はなんとなく知っていた。概ねその内容で了承された。
でも、詳しくはしらない。
これが、先ほどの資料です。
これは当時の状況からやむを得なかった。
会員を守るためですね。当時は複雑な状況です。
さらに、私の原稿ではない。と言われたこともありましたね。
また、最近の11月の本部幹部会のメッセージは、
会合でのものと、新聞では表現がことなる箇所があります。
また、書籍などの押印は秘書が押してます。
先生は押してないし、ご存知ない可能性があります。
残念ながらそれが現実です。
いたずらに、先生を神格化する必要はありません。
もちろん、先生が会員を激励するために、それを受けて秘書が押印している。それでも、先生のお心をどう受け止めるかは、その人の師匠を想う気持ち次第です。それを否定するつもりはなく、あるがまま現実を受け止めればよいのではないか。
そう思います。
ここから言えるのは、うまく先生を利用している幹部や秘書の存在です。長谷川さんは、この前の資料で信用できますか?
そのような幹部の存在は否定できない。
また、大山さんはどうでしょうか。
私は大山さんは信用できる方ではないか。
そうかんじます。主観だといわれるかも知れませんが。
今は確実なことはだれもわからない。
だから、知り得る情報から間違いがあると思えば、
それを正していくしかない。
すくなくとも、遠藤文書や教学部レポートは信用できる資料であることは間違いないです。
誰一人、内容の客観性を否定できない。
そうではないでしょうか。
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