誰が作ったのか、誰が書いたのか。 誰も知らない事が沢山載っている古い本が有った。 崩れかけた家の埃に塗れた机の上。 人生を駆ける秘儀が記されたその本は持ち主を待っていた。 とっくの昔に消え失せた此処は誰も知らない研究所。 とある博士の秘密の事が、たくさん載っている。 本は生きている。 ずっと待っている。 舞い上がれ 炎の様に 何時かきっと来るはず ひらひら ひらひら 舞い散れ 火の粉のように 誰かきっと見つけるはず ひらひら ひらひら 来るはずの無い宿主を待っている。 最初は立派な御屋敷だった。 周りは黒い森が当たり一面見渡す限りを占めていた。 黒い屋根に、黒い壁に、黒い犬。 家のどれもが全部黒だった。 白いのは博士の髪と服だけ。 本は二階の黒い机の上に何時も居た。 本は博士が好きだった。 何時も長い時間一緒に居て、色んな事を教えてくれる。 研究の事、黒い犬の事、街にいる皆の事。 街の事は知らないけれど、 博士は皆の事が大嫌いだった。 だから本も街の皆の事が嫌いになった。 本は黒いカラスの事も嫌いだった。 博士が閉め忘れた窓から入ってきて、何時も本の紙を突付くから。 博士の髪も良く突付かれてた。 だから嫌い、大嫌いだった。 偶に博士は犬を部屋に連れてきた。 大きな大きな黒い犬だ。 博士は黒い犬をとても良く可愛がった。 黒い犬は真っ赤な舌を出してガオッって何時も云う。 大きな目玉をくりくりさせて、 しっぽを振り子時計の様にあっち行ったりこっち行ったりさせてた。 そうすると博士はまた黒い犬の頭を撫でて、 博士も黒い犬も楽しそうだった。 本はそれを見るのが少し嫌だった。 本は自分も真っ赤な舌と、ガウッって声と、しっぽが欲しいと思った。 でも無い物は無い、有る筈が無い。 偶に博士は一階で大きな声を上げる。 そうすると窓越しに誰かが走って逃げてゆく。 街の皆の人かなと、本は思ってた。 博士は街の皆が嫌いだから。 そんな日は何時もより長く、博士は本と遊んでくれた。 沢山の事を教えてくれた。 有る日、博士は新しい本を持ってきて、 本の隣に置いた。 本は古い本になったのだ。 古い本の紙には書く場所が無くなったからだ。 だから博士は新しい本と遊ぶ様になった。 古い本は棚にしまわれた。 おっきな黒い棚だ。 古い本は知っている。 此処からもう出られない事を。 古い本が沢山居る。 隣にも、上にも下にも。 前はガラスで、其処から新しい本と博士が遊ぶのが良く見えた。 有る日黒かった御屋敷が赤くなった。 ばちばちと音がして、真っ黒な煙が部屋にやって来て、 ゆらゆらした物が机とか絨毯を走ってきた。 新しい本も赤い物に包まれた。 不思議にちょっと小さくなって、白い紙が黒くなった。 古い本は怖かった。 理由は分からない、だけれど怖かった。 きっと博士は助けに来てくれる。 そう思った。 だけれど博士は来なかった。 窓越しに見えたのは沢山の人だった。 皆棒を持って、その先には赤い物がゆらゆらしていた。 古い本は街の人だと思った。 博士を苛めに来たんだと思った。 ―御屋敷は燃やされていた。 古い本が目を覚ましたときには、 もう御屋敷じゃなかった。 黒い粉が当たり一面に散らばって、 棚が倒れて、窓は何処にも無かった。 古い本は机の上に居た。 ちょっと角が黒くなっていたけれど。 新しい本は机の下に転がっていた。 また博士が遊んでくれるんだと思った。 机は古い本の指定席だから。 此処は絶対に渡さない。 新しい本なんか要らない、古い本はもう古い本じゃなくなった。 舞い上がれ 炎の様に 何時かきっと来るはず ひらひら ひらひら 舞い散れ 火の粉のように 誰かきっと見つけるはず ひらひら ひらひら 来るはずの無い宿主を待っている。 誰にでも有る希望。 誰も知らない希望。 そんなに珍しい事じゃない。 何時だって何処にだって生まれるそれは、 メリーゴーランドの様にくるくると回り続ける。 止まったり、止まらなかったり、 腐食が始まるその時まで、如実に現れる想いの味。 今日も何処かで誰かが。 何処かの何かが。 キラキラ輝く希望の星に。 届かぬ腕を伸ばして。 はるか夢の址 Fin 大した額では在りませんが営業上の都合で、 本を購入された方以外への譲渡、及び閲覧を禁止致します。 BG by tukino haguruma Item imaged by : kukorodia Composed by : Hownet haminor Musiced by : Music garaly ●SSS関連作品紹介●