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乙女ゲームの悪役なんてどこかで聞いた話ですが 作者:柏てん

[3]ミハイル・ノッド

121 恋人たち


 見られている。
 なぜだか知らないが、ずっと見られている。
 私はヘリスナーの用意したゲイルの広げる宝飾品に夢中な振りをして、必死にその視線をやり過ごしていた。
 けぶる睫毛の黒い眼差し。
 リルカがずっと、私を見ていた。

「これなんかどうだろうか」

 一見、楽しそうに商品を見ているのだ。昨日ゲイルが必死で覚えていた商品の口上に耳を傾けながら。ヘリテナ伯爵は娘が可愛くてならないようで、彼女にどれを買い与えようかと和やかに会話が進んでいる。
 一方ミハイルはと言えば、全くの無関心だ。
 一応婚約者のことだろうに、離し掛けられれば反応は返すが、それほど宝飾品に興味はないようだ。
 あとは、体力が削られているのかもしれない。なんせカーラに魔力を奪われているのだ。そう思うと、ミハイルの隣で無邪気にほほ笑むリルカにイライラした。私は決して視線が合わないように、豪華なブローチに夢中な振りを続けた。
 紹介者として同席するヘリスナーは、黙って事の成り行きを見続けていた。口元には笑みを湛えているが、その目はどこか複雑そうだ。伯爵の暗示が解けないかもしれないと、案じているのかもしれない。
 私はまさかリルカとミハイルまで同席するとは思っていなかったから、暗示を解くための指摘をするタイミングが分からず困っていた。
 リルカがいるその場で、「貴方に娘なんていない」なんて伯爵に言って暗示が解ければいいが、もし解けなかったら私の方が不敬罪になってしまう。
 ゲイルの口上は続く。
 ヘリスナーの用意した宝飾品はそれぞれ素晴らしいものだが、数はそれほど多くない。
 いつまでもこの猶予が続く訳ではないのだ。
 今この瞬間に、どうするべきか決めなければ。

「どれも素敵ね。迷ってしまうわ」

 美しい宝石や、細工の施された魔石に陶酔したようにリルカが溜息をついた。なんと美しい容姿だろう。私と同じ黒髪でも、緩く波打つそれは優雅さを感じさせる。

「あなたも、こういう宝石が好き?えーっと…」

 ついにリルカが私に話しかけてきた。無視する訳にもいかず、私は彼女を見上げる。

「リル、と申します。リルカ様」

「あら、私達名前がとても似ているのね」

 そう言って笑うリルカの表情に後ろ暗いところはちっともない。事前にマーサからカーラの話を聞いていなかったら、私は彼女を疑ったりはできなかっただろう。

「これなんて、素敵じゃない?」

 リルカが私に示したのは、細工の施された魔石だった。表面に彫り物があるだけで、魔導のつかえる魔導石ではない。それでも、かなり値が張るには違いないが。

「とっても素敵です!婚約者様の髪の色と同じ色ですもの。贈り物に如何ですか?」

 私はそれとなくミハイルに水を向けたが、彼の反応は薄かった。

「ああ…リルカ、欲しいか?」

「貴方がくれるものならなんだって嬉しいわ」

 そう言うと彼らは見つめ合い、リルカはミハイルの膝の上に手を置いた。ミハイルが見たこともない穏やかな表情で微笑む。
 ズキリと、胸が痛んだ。
 それにしてもリルカよ、一体どこのやり手キャバ嬢だ。父親の目の前でどうどうと。
 横でゲイルが動揺している。私は誰にも見えないようにゲイルを肘でつついた。今は砂を吐いている場合じゃないのだ。

「ならばその魔石を。魔導石はないのか?」

「それでしたら私の店の方に在庫がございますよ。ご覧になりますか?」

 ゲイルへの質問に答えたのはヘリスナーだった。
 更に魔導石を店から持ってこさせるといえば、制限時間は更に延ばせるはずだ。しかし延ばした所で何が出来るかは微妙なところだが。
 しかし、残念ながらヘリテナ伯爵は横に首を振った。

「ならば後日お願いしようか。今日は人と会う約束があるのでね」

 今日はこれまでか。
 私達三人の間に諦観と安堵が半々で流れた、その時。

「お父様。私、彼のお店に行ってみたいわ。ね、いいでしょ?」

 ミハイルの腕をしっかりと引き寄せて、リルカが無邪気に爆弾発言を落とした。
 私達に付いてくるというのか。リルカとミハイルが。

「ぜひお越しくださいませ。この商品に勝るとも劣らない品を用意してございますよ」

 ヘリスナーだけが、有能な商人としての職務を全うする。
 私とゲイルは、固まった笑顔のままで互いに顔を見合わせた。

  ***

 結局伯爵の暗示を解くことが出来ないまま、私達は泥だらけの道を馬車で帰路についた。後ろからはリルカとミハイルを乗せた伯爵家の馬車が付いてくる。向こうはラブラブチュッチュかもしれないが、こちらの馬車は陰鬱な雰囲気が流れていた。

「何を考えてる。あの嬢ちゃん」

 ヘリスナーが盛大な舌打ちを決めた。
 ゲイルは項垂れている。

「ミハイルは、今の状態が幸せだろうか?」

 ミハイルの過去を知るゲイルは、亡くした筈の婚約者と仲睦まじく(?)していたミハイルに私とは違う感想を抱いているようだ。

「幸せだろうがそうじゃなかろうが、二人を引き離さないとミハイルの身が危ないよ。さっきだって、らしくないぐらいぼうっとしてた!」

 私は半ば自分に言い聞かせるように叫んだ。
 確かに、亡くした婚約者を再び得て、もしかしたらミハイルはこのままの方が幸せかもしれない。私にだって一応そういう思いはある。先程の柔らかい微笑みが脳裏に浮かんだ。
 しかし、このまま魔力を吸い取られ続ければミハイルは無事ではいられないのだ。だからたとえ彼の本意ではなくても、私達はミハイルを取り戻さなければならない。
 私はぎゅっと胸元を押さえた。
 たとえ後にミハイルに恨まれることになっても、私達は彼を取り返すのだ。

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