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レ・ミゼラブル014

 投稿者:The logic in the place  投稿日:2015年 3月11日(水)03時01分14秒
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  五 ビヤンヴニュ閣下長く同じ法衣を用う

 ミリエル氏の私生活はその公生活と同じ思想で満たされていた。その近くに接して見ることのできる人にとっては、この司教が自ら甘んじている貧窮の生活は、おごそかな、また美しいものであった。

 すべての老人や多くの思想家のごとく、彼は少ししか眠らなかった。がその短い眠りはいつも深い睡眠であった。朝は一時間のあいだ瞑想にふけり、それから大会堂かまたは家の祈祷所かでミサを唱えた。ミサがすむと自家の牛から取った乳につけて裸麦のパンの朝食をし、それから仕事をした。司教の職は非常に忙しいものである。たいてい司教会員である司教書記を毎日引見し、また管轄の主な助任司祭をほとんど毎日引見しなければならない。集会を監督し、允許を与え、祈禱書や教区内の教理問答や日課祈禱書など教理に関するいっさいの書物を調べ、教書を書き、説教を認可し、司祭らと村長らとの間を疎通させ、国家へ施政上の通信をなし、ローマ法王へ宗教上の通信をしたたむるなど、なすべき無数の仕事がある。

 それら無数の仕事やそれから祭式や祈禱などをしてなお余った時間を、彼はまず貧しき者や病める者や悩める者のために費やした。そしてなおその残りの時間は仕事に費やした。あるいは自分の庭の土地を耕し、あるいは書物を読み文を綴った。この二種のために彼は一つの言葉きり持たなかった。すなわちそれを「栽培」と呼んでいた。彼は言った、「人間の精神も一つの庭である。」

 正午に彼は昼食をした。それは朝食と同じくらい粗末なものであった。
 天気の時には二時頃に家を出掛けて、しばしば破家に立ち寄ったりしながら、徒歩で田舎やまたは町の方へ散歩した。一人で道を歩きながら、何か考えに沈み込み、目を伏せて長い杖に身をささえ、綿のはいった暖かい紫の絹外套を着、紫の靴足袋と粗末な靴とを履き、三隅から三つの金モールの縒総が垂れてる平たい帽子をかぶっている彼の姿が、よく見られた。

 彼が姿を現わす所はどこでも祭りのようであった。彼の入来は何かしら人を暖め、光明をもたらすがようだった。子供や老人は、ちょうど太陽に対するように司教に対して戸口へ出てきた。彼は人々を祝福し、人々は彼を祝福した。何か必要に迫られている者には皆、人々が彼の家を教えてやった。

 彼処此処と彼は歩みを止めて、小さな男の子や女の子に話をし、母たちに笑顔を見せた。彼は金のある間は貧しい人々を訪れ、金がなくなれば富める人々を訪れた。
 彼は長い間その法衣を着続けていて、それを人から知られることをあまり好まなかったので、紫の絹外套を着ずには決して町へ出掛けなかった。夏には、少しそれに困らされた。

 晩は八時半に妹とともに夕食をした。マグロアールが彼らのうしろに立って給仕をした。この上もなく粗末な食事であった。けれども司祭たちのだれかが食事につらなることがあると、マグロアールはその機を利用して、湖水で取れるいい魚類や山で取れるりっぱな鳥類などを閣下に食べさせた。どの司祭も皆ごちそうの口実になった。司教はなすままにさしていた。それをほかにして、彼はいつもの食物はほとんど茹でた野菜と油の汁とだけだった。それで町ではこんなことが言われた。「司教は司祭の御馳走をしない時には、トラピストの御馳走をする。」(以下略)


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2011・3・11 追善回向します。
青空文庫で、すでに「第一編 正しき人」を読み込んだ方もいらっしゃるかと思いますが、
先生の宗門に対する姿勢はこの点ではなかったのかなと深く考えた時期がありました。
それは、第二次宗門問題が起こる前の指導で「僧の道」と「信徒の道」の違いを述べた事
がありまして、それを聞いていて私は、この第一編を思い出しました。
余り考えない方に助言しておきますが、ユーゴ-はアンチキリスト教者です。と言うよりも形骸化した修道院や教会を真っ向から批判しています。第二部コゼット第七編余談で徹底してその実態を克明に書いています。読んでみてください。トルストイも教会から除名(破門)されています。
民衆蔑視、権威・権力の宗教からの査問や破門は誇りですね。

「ビヤンヴニュ閣下」という表現は、我々に直すと「池田先生」という言い方と同じです。「池田会長」とは会員は呼ばないでしょう。これは、その昔フランス語専攻していた才女に確認しました(笑)。

私もミリエル司教のマネをして、軽い冗談の口をきいてみますか、
「そら H田さんが 善根積みたくて 全国廻って 人を掻き集めているよ。」

方面の中心会館に活動家を結集させて会合を開く。これが昭和40年代であれば、皆若く機動力もありましたが、高齢化が進んだ(特に壮年部)今、結集で疲れてしまって選挙の戦いになりませんって。止めてください、迷惑です。半日または一日丸つぶれ。来るんだったら現場に自ら出向いて激励の嵐を起こしてください。特に内票固めに廻っていただけると大変に助かります。



 
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