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宗内の"法律"である「宗規」が一部改正された。改められたのは次の3点。
末寺の総代の人数を従来の「3人乃(ない)至(し)5人」から「4人乃至6人」
に変更した。各寺が現状から1人増やすことになる。これについては、昨年以
降、寺が離脱(茨城・光顕寺)したり、支院長経験者が寺を飛び出して還俗(
げんぞく)(長野・瀬戸義恭)したりといった不穏な動きが続いており、日如
執行部が末寺の引き締めに乗り出したとの見方が専(もっぱ)らだ。
2つ目は、僧(そう)階(かい)の昇級を遅らせた点である。坊主の約6割を占め
る「権(ごん)大(だい)僧(そう)都(づ)」以下の者が次の僧階に上がるには、こ
れまで3年から5年以上を要したが、一律「7年以上」に改められた。例えば、
富士学林大学科を出た坊主が能化に次ぐ位の「大僧都」を名乗れる年齢は、順
調に昇級した場合でも、これまでの52歳から66歳に大幅に延長されること
になった。
3つ目は、「擯斥(ひんせき)(=坊主を辞めさせられること)処分」の事由の
一つに、「管長を誹(ひ)謗(ぼう)又は讒謗(ざんぼう)し、訓戒(くんかい)を受
けても改めない者」とあったものが、「管長又は元管長(※下線筆者)を誹謗
又は讒謗し…」となった。「管長」の日如のみならず、「元管長」の日顕も批
判してはならないというのだ。なぜ、わざわざこのような文言が加えられたの
か。とりもなおさず、宗門衰退(すいたい)の元凶(げんきょう)・阿部日顕への、
坊主たちの不満が噴出(ふんしゅつ)している事実の裏返しに他ならない。
まさに、日顕宗の混迷ぶりを浮き彫りにする宗規改正と言えよう。
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