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守護国家論に曰く「唐土の人師・過去の権教の宿習の故に権の経論心に叶う間・実経の義を用いず 或は少し自義に違う文有れば理を曲げて会通を構え 以って自身の義に叶わしむ、
設い後に道理と念うと雖も或は名利に依り或は檀那の帰依に依って権宗を捨てて実宗に入らず、
世間の道俗亦無智の故に理非を弁ず但・人に依って法に依らず設い悪法たりと雖も多人の邪義に随つて一人の実説に依らず、」
とありますが、こんな解釈はできませんか?
本部職員(一部であることを願いますが)は過去の先輩幹部の指導が自分に納得がいく間は師匠の指導を用いようとはしない。あるいは師匠の指導が自分の思っていたのと異なる場合師匠の理論を自分の都合がいいように解釈し自分で納得する。
たとえ後になってつじつまが合わなくなっても、あるいは自分の幹部としての名誉欲または役職が持つ周りの業者からの役得によって自分の地位を守ることに執着し中々師匠の指導通りに実践しない。
一般会員はまた嘘と真実を見極めようとせず、ただ上からの打ち出しに従って師匠の指導の意味を考え実行しようとしない。
さまざまな矛盾を含んだ会則にも多くの会員から声があがらないためなんとなく納得し声をあげず、師匠の指導の本当の意味を考えない。
あくまでもこれは私見であり、異論も多くあるとおもいます。しかしながら現在の執行部のやりかたは、遠藤レポート・宮地レポートを読むとかなり危険な状況だと思うのです。先日私が所属する圏の総会に参加しましたが、80k以上離れた県庁所在地に2000人あまりを大結集して行われました。内容は言わずもがなですが、選挙一色です。宗教団体ではなく政治団体ではなかろうかと思うばかりでした。
本当にこのままでいいのか?と常に考えています。この板の論客の方々の意見も参考にしつつ行動していこうと思っております。
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