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随筆「人間世紀の光」 No. 82

 投稿者:陽光  投稿日:2015年 3月14日(土)04時59分49秒
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  学会は言論の王者(聖教新聞 2005年6月6日)

少し長い引用ですが。。。。

(前略)

末法は「闘諍言訟」の時代である。

争いが絶えず、思想が乱れ、善悪が混乱する。善と悪の言葉が入り乱れ、
社会が乱れに乱れるのだ。

ゆえに、正義を打ち立てるためには、言論闘争に徹するしかない。
強く、強く、声高らかに、徹して真実を語り抜いた人こそが、勝つのだ。

広宣流布は、「正義の師子吼」によって、野干(狐の類)の「邪悪な妄言」
を打ち砕く攻防戦だ。

御書には「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(P.1393)と仰せである。

(中略)

門下の富木常忍が信仰上の問題で同僚から訴訟を起こされた時も、
書状で励まされた。

「一生のうちで、これほどの幸いは、またとないであろう」(P.178、通解)

攻撃された時こそ、まさに、正邪の勝負を決しゆくチャンスではないか。

一つ言われたら、十を言い返せ! 相手が十を言ってきたら、百を言い返す
のだ。卑劣なデマや嘘に対しては、痛烈に打ち返せ。この破折精神こそ、
正義を守る根本である。

(中略)

日興上人らへの御指南の一節には、「断じて恐れてはならない。いよいよ
強く進んでいくならば、必ず正邪が明らかになる」(P.1455、通解)と
記されている。

日蓮仏法は、悪や嘘に対しては、どこまでも攻めて攻めて攻め抜いて、
「闘諍言訟」の時代を断固として勝ち進んでいくのだ。

(中略)

人を踏みにじる言論など、「言論の自由」を標榜できる立場にはない。

書いた内容に伴う責任を果たしてこそ、言論は「自由」の名を冠する
資格がある。

そもそも、嘘でごまかそうとする心根は、その人間を腐らせてしまう
ものだ。また、文章で嘘を一言でも書くなら、生活と人生にも嘘をつく
ようになる。

身近な人間をも嘘でごまかし、最後は自分にも嘘をつく。実に哀れな
末路である。

(中略)

アメリカのヘレン・ケラーは訴えた。

「知識――博(ひろ)く深い知識――をもつことは、誤った目的と
正しい目的とを弁別し、低級なものと高貴なものとを見分けることが
できることを意味する」

正義と邪悪、真実と嘘、一流と二流を見抜く力こそ、まことの賢者
の証である。

私は今、戸田先生の残された指導をまとめ直している。

仏敵と戦う鋼の精神。裏切り者を許さない正義の魂。悪侶への戒め――。
永遠の遺言ともいうべき精神を、絶対に絶やしてはならないからだ。

(中略)

釈尊には「九横の大難」があった。
イエス・キリストは、磔(はりつけ)の刑に処せられた。
孔子は諸国を流浪し続け、ソクラテスは毒杯を仰いだ。

不遇と言えば、これほど不遇な生涯もない。

もし弟子が惰弱で、沈黙していたなら、師の功績は、歴史の片隅に
ひっそりと刻まれただけで終わっていたかもしれない。

しかし、弟子が猛然と師の正義を宣揚したからこそ、師も
勝ったのである。

すべては、弟子で決まる。

正義の闘争心が、弟子にあるかどうかである。

フランスの作家のジッドは、青年に叫んだ。

「どんな人間にも驚くべき可能性があるものだ。君の力と君の若さを
確信したまえ。『なるもならぬも僕次第だ』と絶えず言い続けることを
忘れてはならない」

若き弟子たちよ、勝て!

正義の心で勝て!

言論の力で勝て!

創価は、永遠に言論闘争に勝ち抜いていくのだ!


 
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