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ジョーカー様の投稿、昨年来の読み返しました。あっぱれと申しますか、胸に沁みます。このような人物が居てくれたことが、大変うれしく思う次第です。これからも切れ味ある寸鉄、よろしくお願いいたします!
さて、今回の会則、教義の変更を、思いっきり肯定的に捉えてみますと、日蓮正宗の呪縛から離れるためには、いつか下さねばならない結論だったのではないか?と考えたりもします。原田会長の苦衷、慮られます。
日顕亡き後に、河邉メモ、、「戒壇の御本尊は偽物である」「筆跡鑑定の結果、分かった」は本当だったと
日禅授与ご本尊説を認める路線に舵をきったのではないか。学術上の見解も重視していくとあったのはその伏線に他ならない。
ならば、いつその断を下すのか?それは、先生ご存命中の決断でなければならないと考えたのであろう。
日寛教学との距離感も変えていかねばならない。見切り発車で、恐れ多いことなれど、今、その道筋を付けておかねばならない。キリスト教徒20億人。イスラム教徒16億人。真の仏教徒1,200万人。話になりません。
朝晩、題目三唱。かつ人間主義の哲学を持すこと。これ仏教徒の条件。これくらいしないと10億人とかの数にはならない。これを見据えた改革の一歩。このようにスーパー善意解釈は成り立たないだろうか?
会全体の発迹顕本とは別の観点になりますが・・。
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