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②「本門ノ題目」は 弟子の「写し」を対象にしなくては成り立たないこと。
これについても聖教新聞より
「末法の衆生のために日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、
全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現したものであり、等しく「本門の本尊」であります。
そして、「本門の本尊」に唱える南無妙法蓮華経が「本門の題目」であり、
その唱える場がそのまま「本門の戒壇」となります。(11/8)」
先ほども指摘したとおり、会長の主張では「日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅」を
唯の一体も受持の対象とはしておりません。
ですから、会長のいう「本門ノ題目」とは「日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅」に対し唱える「南無妙法蓮華経」ではありません。
正確に表現するならば「書写本尊だけを受持の対象」とし唱える「南無妙法蓮華経」が、「本門の題目」として成立するのです。
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