日本光電 毎年のように繰り返されるAED不作動による死亡事故
AED(自動体外式除細動器)はいまや誰もが知っている。心室細動や心室頻拍を突然起こして倒れた場合、電気ショックを与えて心臓の動きを正常に戻す救命医療機器である。それも救急車が来るまでの数分間、一般の人が使って救命できる。
欧米では早くから取り入れられていたが、日本で普及したのは2002年に高円宮憲仁殿下がスポーツ中に心室細動で倒れ、急逝されたことがきっかけだった。「もしAEDがあったら・・・・・・」という声が上がり、03年に消防署の救急救命士に、04年には一般市民が使えるように法改正された。
以来、公共施設など人が多く集まる場所を中心に常備されるようになった。現在では、市役所、劇場、ホテル、駅や空港、スポーツクラブ、さらに新幹線や観光バス、飛行機の中など広く設置されている。
特に消化器のあるところにはAEDが設置されている、といわれるまでに普及。各地の防災訓練では救急救命士が参加者にAEDの使用法を教える講習会を開いたりしている。
05年の日本国際博覧会(愛知万博)では何人かの人がAEDで救われた。09年の東京マラソンでは参加したタレントの松村邦洋さんが途中で倒れたが、伴走していた救護班のAED使用で一命を取りとめたという話が折に触れて語られる。
不具合のほとんどは「原因不明」
このAEDの国内シェアで首位の45%を占めるのが日本光電だ。現在、国内で認可されているAEDメーカーは4社あるが、同社は07年に製造・販売を始めた国内唯一のAEDメーカーである。
しかし、一方で、同社が製造あるいは輸入した救命医療機器の不具合で死亡する事故も、ここ数年毎年のように起きている。
今年2月に滋賀県長浜市内で、心肺停止状態で救急搬送中の六十代の男性に、医療従事者向けの「半自動体外式除細動器」を救急隊員が使用したが作動せず、男性は心筋梗塞で死亡した。昨年4月には大阪市内で、AEDが作動せず、六十代の男性がその後に搬送先で死亡。09年には奈良県内で2件あった。4月にはAEDの不作動で八十代の女性が、12月には半自動体外式除細動器の不作動で六十代の男性がそれぞれ死亡している。これら不作動のほとんどは「原因不明」だという。
救急車が現場に到着するのは、全国平均で約7分かかる。しかし、心室細動は発生から1分ごとに心拍再開率が10%ずつ低下していくので、7分も待つわけにはいかない。それだけに、救急車到着前のAEDの使用は、1分1秒を争う。そんな緊迫した状況下で、頼りになるべきAEDが不作動で使えないでは、話にならない。
ただ、普及を後押ししたのは、日本光電の功績といえなくもない。AEDが登場し始めた当初は、輸入に頼っていたこともあり、1台当たり100万円ほどしていた。同社が07年に国内最初のAEDを開発したことで、価格は30万円ほどに下がり、全国への普及に弾みが付いた。
同社は1951年に設立された、エレクトロニクスを駆使した医療機器メーカーである。脳波計の開発・販売からスタートし、携帯型心電計、補聴器、ポリグラフ(多用途監視記録装置)、生体情報モニター、自動血球計測器、心電図モニターなどを次々に開発してきた。ことエレクトロニクス技術を応用した医療機器開発に関しては人後に落ちない優秀なメーカーだ。
「金の卵」を他社にさらわれる
唯一惜しまれるのはパルスオキシメーター(動脈血中酸素飽和度測定装置)の開発だった。同社の技術者で、のちに紫綬褒章を受章した青柳卓雄氏がパルスオキシメーターの原理を発明したが、当時の日本光電はまだ資力が乏しく、同時期に開発を進めていたミノルタ(現コニカミノルタ)に指先測定タイプの商品化で先を越され、さらにアメリカに持ち込まれて米医療機器メーカーに改良された。
パルスオキシメーターは指先に当てるだけの、無侵襲の医療機器であるため、今日では世界中の病院で不可欠の医療機器として利用されている。それだけに日本光電はミノルタ、米企業に金の卵をさらわれてしまったのが惜しまれる。
しかし、パルスオキシメーターの原理を発明した日本光電と青柳卓雄の名前は輝いているし、日本光電は日本を代表する優良企業の一社として評価されている。
AED分野も同社のエレクトロニクス技術と医療機器技術が活躍する場であり、実際、その期待通り日本で最初にAEDを開発した。というのも、日本は医療機器開発に及び腰だった。薬事法でも「医薬品等」と、「等」の扱いだった。メーカーが医療機器を造るといえば、材料メーカーまでもが「万一事故が起こって患者が死亡でもしたらPL法(製造物責任法)で訴えられる」「マスコミの批判の集中砲火を浴びる」と原材料を納入することさえ嫌がった。
医薬品医療機器総合機構(PMDA)でも、かつては薬剤師が医療機器を審査しているありさまで、問題となっていたドラッグラグよりも医療機器に関するデバイスラグはもっとひどかった。大手のメーカー内部では「生命にかかわる事業よりもっとリスクがない本業に力を入れるべきだ」という考えが支配し、医療機器開発に取り組む先端工学技術者たちを歯ぎしりさせていた。
しかし、近年、そんな障壁を乗り越えて医師、患者が必要とする医療機器の開発に取り組む企業が登場するようになった。PMDAも人員を増やし、必要性の高い医療機器に対して審査を短縮する方向に向かっている。日本光電はそんな遅れていた医療機器環境にもかかわらず、電子医療機器開発にいそしんできたし、医療関係者からの期待もある。同社のAEDはそんな環境下で期待を担って開発されたものだった。
毎年行われる「改修」への懸念
だが、現実には、いくつかの期待はずれが散見される。突然、心臓発作に襲われた多くの人を救ったのも事実だが、一方でまれであっても大阪や奈良の例のように、AEDの不作動が起きたりするのも事実なのである。
特に懸念されるのは、毎年のように「自主改修」が行われていることだ。例えば、08年10月には、「AED-1200」という機種でバッテリー内部に仕様外のヒューズが使われ、ヒューズが溶けてAEDが使用不能になる恐れがあるとして改修している。
09年11月には、「AED-9100」「AED-9200」「AED-9231」「AED-1200」の4機種に対し、電子部品の故障が起こることがあるのでセルフテスト(自己診断)を行うよう設置者に注意喚起文を送付している。
続けて翌10年4月には、「AED-9100」「AED-9110」「AED-9200」「AED-9231」の4種で、中途半端な開け方だとフタが閉じてしまい作動がストップすることがあるという重要な注意文を発送するとともに改修を実施した。
さらに、今年3月には「AED-2100」でも一部製品で接触不良になるコネクターが搭載されていたことが判明。改修を行うとともにセルフテストを行うよう要望する重要な知らせを通知している。
おまけに、半自動体外式除細動器でも不具合が起きている。今年2月に「TEC-2500」シリーズで電源を入れた際にヒューズが溶解し電源が切れる事象が起こったと改修している。
これまでに、改修したりセルフテストを要望したりする重要通知は、日本光電が販売している全機種に及んでいる。同社は「昨年に続いてご迷惑をおかけします」と低姿勢だが、いざ使う段になって動かなかったら、「ご迷惑」では済まない。
しかも、同社は設置者が恒常的にセルフテストをするよう求めている。セルフテストは確かに必要なことだろうが、設置者は仕事の合間にテストすることになるし、中には怠る設置者も想定される。AEDは、そんな不届きな設置者がいたとしても、信頼できるものでなければならない。
こうたびたび改修やら、セルフテストを要求されては日本光電の技術力が疑われるし、AEDに対する信頼も落ちる。「AEDは全国各地で設置が急増したため、製造に追われている。改修が相次いだのも、現場で少々不安があっても見て見ぬふりをしていたから」と憂える社員もいる。
日本光電に取材を申し込んだが、期日までに回答はなかった。
売れ行きに気を良くして品質をおろそかにするメーカーもある。そういう事態は企業の存亡を危うくする。日本光電がそうだとはいわないが、AEDは救急時に一般市民が使う医療機器である。それだけに、不具合や誤使用につながる要素は徹底的に排除しなくてはならない。
日本光電の荻野和郎会長は09年に医療機器メーカーの団体である日本医療機器産業連合会の会長に就任した。AEDのたび重なる自主回収、セルフテスト要望は、青柳卓雄氏を生み、日本の医療機器業界をリードしてきた日本光電に一抹の不安を抱かせる。
命を救うAEDに不作動があってはいけない
2011年5月17日 09:50 | その他・日本光電工業・経済