アジアにおける日本人奴隷の悲惨な実態 戦国九州奴隷貿易の真相に迫る(4)
- 2013/06/07
- 20:11
歴史発見シリーズ
戦国九州奴隷貿易の真相に迫る(4)
アジアにおける日本人奴隷の悲惨な実態
秀吉を激怒させたものとは何か?
秀吉は、何故バテレンを嫌悪したのか?
秀吉は、何故バテレン追放令を出したのか?
何故にキリシタンは、弾圧されたのか?
●アジアにおける日本人奴隷の実態
当時、ポルトガル商人は争って日本人の女奴隷をアジアで買い漁っていたという事実がある。
商人に従う使用人や水夫までが、そうした日本人奴隷を安価でたやすく手に入れることができた。
ポルトガル人などの南蛮諸国の白人の間では、日本人の女奴隷は特に珍重されていて、マカオなどの奴隷の集散地や市場でもアジアの女性の需要が多かった。(注:3)
そのため中国人、日本人の女性だけを満載した大型のガレオン船がマカオやマニラを拠点として、そこからアカプルコ、ゴアを経由する定期航路を経てヨーロッパ市場へと続々と輸送され売られていった。
1555年当時からそれ以降、中国、朝鮮半島、九州各地から人買い商人によって奴隷要員は集められ、マカオがそもっとも大きな集散地となっていた。
少なくとも、ここでいう奴隷とは人間扱いされない意味での奴隷であって、家畜売買のそれと同等の意味ということであることをここでははっきりと確認しておかなくてはならない。
そうした奴隷は買い入れられた価格の10倍以上の値で転売されていて、商品としての利幅が大きかったが、輸送時に熱病などで死亡すればゴミ同然に海中に棄てられた。
そうした劣悪な環境での輸送では奴隷の死亡率はきわめて高く、航海が長い場合は3分の1から4分の1が死亡し廃棄された。
悲惨な状況は、こうした事実だけではない。
当時ヨーロッパ諸国では、イタリア戦争(1521~1544)以降、性病である梅毒が都市部で猛烈な勢いで蔓延してきていた。
それまで知られていなかった病ということで、予防法も治療法もなかったため、王侯貴族や僧侶などあらゆる階層に瞬く間に広がっていった。
コロンブスが新大陸からその病原をもたらしたとする説があるが、アジアでも南蛮貿易航路の各中継港を経由してすでに16世紀初頭には日本の長崎や琉球にまで伝播してきていた。(注:4)
事実こうした奴隷貿易では、鉄砲と火薬、それと性病である梅毒とがセットになって移入されてきていたというべき状況があったのだ。
梅毒についていえばそれは当初、ヨーロッパではナポリ病といわれ、また日本では瘡毒、黴瘡、楊梅瘡、唐瘡、琉球瘡と呼ばれて海外からもたらされた伝染病として恐れられていたが、性的奴隷であった女性たちはこれに次々と冒されていった。
奴隷貿易が盛んになると同時に奴隷船の寄港地の港やその周辺で売春宿が増え続け、感染力の強い梅毒が広がり続けた。
ここで注目されなくてはならないことは、当然のごとくそうした非人間的扱いを受けた女性たちの多くがきわめて短命であったことである。
当時はまだ医療も未発達であったことは勿論のこと、そうした悲惨な奴隷の身上で性病や結核、マラリアといった風土病に感染してしまえば到底生き長らえることなどできなかった。
大抵若くして歯も抜け落ち、その平均寿命も25歳にも達しない年齢でほとんどが病死するのである。
このように多くの日本人奴隷が海外に送られていったのであれば、現地に相当数の子孫が残っていたのではないか、一体彼らはどこへ消えてしまったのかといった悠長な議論などはここではまったく見当外れということになる。
こうしたアジア地域の奴隷はどこまでも家畜同様の消耗品としての扱いであって、おそらく子孫が残ったケースは稀であったということなのだ。
それは女性に限らず、日本人の男性奴隷の場合も同様に過酷な扱ということでは何の変わりもなかった。
●使い捨ての日本人傭兵
一方では日本人男子も当時の東南アジアのバタビアやインドなどの植民地での戦闘員、少年兵、傭兵としての需要が少なからずあった。
奴隷貿易・奴隷取引ポルトガルの植民地政策によって、それらの拠点には城砦などの軍事施設があり、相当数の兵士が常駐していたのである。
日本人傭兵がそうした地域の戦闘や争乱に、頻繁に戦闘要員として駆り出されていたことが記録に残されている。
ポルトガルによって占領されたインドのゴアの要塞では、特に勇敢で好戦的ということで、度々襲ってくる原住民と戦う庸兵としても多くの日本人奴隷が使われていた。
ここでも傭兵はまったくの消耗品であり、いくらでも市場から供給できる状況にあったので、ゴアでは一時期白人より日本人が多く居住するような状況であったという。(下はゴアの要塞古地図)
しかも当時のゴアは火薬の原料となる硝石の一大産地であったから、採掘労働者としても日本人の奴隷が従事させられていた可能性も否定できないところである。
日本人の傭兵は勇敢であったが、敵に対して果敢に攻撃を仕掛けるなどして戦死者数が多数出ることで、戦闘ではもっとも消耗が激しかった。
そのため各地に進出していった日本人の武士団は、多くの戦闘によって短期間のうちに消滅していった。
そうした状況を記した当時の記録文書が残されている。
「今までに行われた売却は、日本司教の書面による同意を得て行われた。(中略)彼ら(日本人)は非常に好戦的な国民で、戦争のためや、攻囲にあるいは必要に際して奉仕をする。少し前に、オランダ人たちのためにその必要が生じた際に見られた通りである。ゴア市から1 人の妻帯者 が、鉄砲と槍を持ったこれら従者7、8 人を従えて出征した。というのはインディアにおいては、兵役を果たすことの出来る奴隷は日本人奴隷だけだからである。ゴアの如き大都市では、その城壁の守りのために必要な兵士に不足することがしばしばあるのだ。 (1605 年、ポルトガル公文書148・「大航海時代の日本」高瀬弘一郎訳註)
こうした日本人の奴隷(建前は傭兵)は、ヨーロッパ市場より格段に安く買い取ることが出来たため、(それこそ牛馬以下の安値で取引されていたので)ポルトガル人はアジア地域の奴隷貿易でも莫大な転売益を上げることができた。
しかも奴隷売買に必要な輸出許可書(同意書)は、仲介業務に携わるイエズス 会がすべて発行するわけである。
日本人の中には自らの自由意思で海外に渡航していった者も少なくはなかったが、もしそうであったにしても一旦外国船に乗れば輸出許可書(同意書)が彼らの体に添付されたも同然であった。
渡航費用が工面できない者も、後先も考えずに自らを奴隷として売ってまでして海外に進出していった。
南蛮人がいう渡航時の同意書、契約書の類いとは、彼らの輸送管理下に置かれる以上はもとより日本人は奴隷同然の扱いであって、大抵が形式的なものであった。
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ドキュメント・「戦国九州奴隷貿易の真相に迫る」(1~23)の内容と目次
・何故、千々石ミゲルはキリスト教を棄教したのか
・何故、長崎代官村山等安は斬首されたのか
・天草島原の乱はキリシタン傭兵部隊の反乱なのか
● 天正遣欧少年使節・イエズス会(1)
● 九州戦国時代の様相・奴隷船がやってきた・千々石ミゲル(2)
● 宣教師が絶賛した織田信長・海外に売られた戦争捕虜・当時の奴隷供給の背景と様相 (3)
● 秀吉は、何故バテレン追放令を出したのか・アジアにおける日本人奴隷の実態・秀吉を激怒させたものとは何か・何故にキリシタンは、弾圧されたのか(4)
● 千々石ミゲルの棄教・大村喜前・応用倫理神学(5)
● 保身に転じたキリシタン大名・その後の千々石ミゲルと時代背景・ 命を狙われる異端者、千々石ミゲル(6)
● 千々石ミゲル、長崎へ逃げる・長崎代官・村山等安とは何者か・ キリシタン貿易商としての活躍(7)
● 千々石ミゲルと長崎代官・村山等安との邂逅・ 長崎の教会と村山等安・それでも奴隷貿易は続く・奴隷の輸出許可書を誰が発行したのか・ ジョアン・ロドリゲス神父の登場(8)
● 長崎でのイエズス会・ジョアン・ロドリゲス神父の活動・ 等安、イエズス会からの離反を決意する ・ 村山等安と彼の一族が支援した宗教活動 (9)
● 長崎・マードレ・デ・デウス号事件・追い詰められるキリシタン・ 等安の命運を決定付けた長崎聖行列(10)
● 誇り高き同志、キリシタン高山右近との別れ・村山等安の決死の行動計画・その①・キリシタン弾圧と村山一族の動き・決死の行動計画・その②(11)
● 幕府の思惑と村山等安の画策・幕府が恐れた村山等安の存在・等安の対コンフラリヤ策とは ・村山等安の台湾遠征の目的とは?(12)
● 村山等安に忍び寄る影・村山等安に対抗する勢力とは・村山等安と末次平蔵との確執(13)
● 末次平蔵の怒りを買った等安・末次平蔵を操るイエズス会の陰謀 (14)
● イエズス会司祭荒木トマスの暗躍・荒木トマスとは何者か・荒木トマスの放った一撃(15)
● 村山等安、窮地に陥る・末次平蔵の勝利 ・裁かれる村山一族・ 村山等安、ついに斬首される (16)
● 村山一族の斬首、殉教者・ キリシタン弾圧の時代と元和大殉教 ・キリシタン村山マリーアの殉教・ 陰謀の顛末とキリシタン弾圧の時代(17)
● 村山等安を評価していた背教者不干斎ハビアン・「破提宇子」=「地獄のペスト」を書いたハビアン・ハビアンの不可解な死に隠されたもの・その後の千々石ミゲル (18)
● イエズス会世界戦略・大航海時代と侵略の歴史・「宣教活動→仲介貿易→軍事行動→植民地化」という侵略の図式
(19)
● 日本でのイエズス会が採った軍事戦略・イエズス会に踊らされた秀吉・九州には、キリシタンによる内乱の火種があった・本能寺の変との関わり(20)
● 国内最大の内乱が、キリシタン武装勢力、3万7千人の大乱勃発! ・村山等安一族が残した功績を顕彰する(21)
● 最強の傭兵部隊天草四郎鉄砲軍団の実態と、その攻防・鉄砲二千丁による猛攻とその後の悲劇 ・ついにはオランダ艦船の手を借りる(22)
● 悲劇の主役は、一体誰だったのか・何故に、ここにきて千々石ミゲルなのか・鎖国令・反乱はキリシタン傭兵部隊の暴走だったのか(23)