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広島ライター情熱系・中野和也

2015 05/02  12:03

なぜ佐藤寿人は点が取れるのか? それは「嗅覚ではなく、データベースの問題」

そのときどきの話題やイベントにフォーカスし、論を交わす時事蹴論。今回は広島の名物番記者・中野和也が至ってシンプルなテーマに挑む。「なぜ佐藤寿人は点が取れるのか?」。11年連続二桁得点を記録し、通算200得点も目前に迫った点取り屋。直近の横浜FM戦でも驚きのゴールを刻んだこの男の極意に迫った。

▼そこにある「Why?」
 サッカーの本質とは何か。

 佐藤寿人というストライカーは、常にそんな大命題を見ている側に突きつけてくる。

 ジャーナリストは戦術的な分析をやりたがるものだ。フォーメーションの並びがどうこうだ、マンマークなのかゾーンなのか、ポゼッションかカウンターか、他にもいろいろある。最近はJリーグがトラッキングデータを発表しているので、走行距離やスプリントの回数をもとにした分析記事も見受けられる。筆者自身もパス成功率やパス本数、ボール支配率やクロスの成功率などのデータを駆使して原稿を書いていることも確かな事実だ。

 それはそれで、サッカーの側面であることは間違いない。だけど、その言説が果たして、本質をついているのか。勝敗を分けるに至った本当の理由なのか。サッカーを言語化して伝えることを職業としている者として、そこは常に頭の中に刻み込むべき作業なのである。サッカーだけでなく、スポーツだけでなく。社会の中で起きている事象のほとんどにおいて、表面化していることのほとんどは氷山の一角だ。そこを理解しておかないと、思考の深化は難しい。

 たとえば、佐藤寿人がなぜ、得点がとれるのか。

 このテーマに対して果たして、どんな答えが出せるだろう。J1通算147得点。J2と合わせたリーグ戦トータルとしては前人未踏の「200得点」まであと3点に迫った。昨年まで11年連続二桁得点を記録するなど、安定性でも不世出のストライカーと言っていい。だが、彼の身体能力は決して突出しているわけではない。高さもないし、ドリブルをもっているわけではない。ガッチリとした身体をつくりあげてはいるが、豊田陽平(鳥栖)ほどの強烈さを望むのは酷だ。

 なのに、佐藤寿人は点が取れる。

▼知識が動きを生み出すとき
 4月29日に行われた横浜FM戦における彼のJ1通算147得点目は、「どうして寿人は点が取れるのか」という命題のさらなる提示である。

 右サイドからのFK。逆サイドで塩谷司がヘッドで競り合い、折り返しを水本裕貴がボレーシュート。だがジャストミートできないそのボールは、横浜FMのGK榎本哲也がキープすると思われた。たとえこぼしたとしても中澤佑二がカバーしており、横浜FM側にしてみれば失点するとは思えないシーンである。

 ところが次の瞬間、ボールはゴールネットを揺らした。いったい何が起きたのか、さっぱりわからない。視線を動かすと寿人が走り、横浜の夜の空に向けて思い切りジャンプしていた。その状況から、広島のエースが7試合ぶりのゴールを決めたことは疑いない。

 だけど、どうやって決めたのか。

 ビデオを見ると、水本がシュートを打つ前に彼は既にスタートを切っていた。まるでボールがこぼれてくることがわかっていたかのように、その場所に走っていた。それでも寿人の動きを熟知している中澤佑二がストライカーの前に身体を入れていた。そのはずなのに、ボールはネットの中に入っている。映像では、そこの瞬間がよくわからない。

 それはもう、本人に説明してもらうしかあるまい。

 「本当は、ミズ(水本)のシュートコースを変えたかった。体勢がよくなかったから強いシュートは打てない。枠には飛ぶだろうと思ったので、ちょっと触ればゴールになる、と。そこを狙って準備したんだけど、思った以上に(ボールが)強くて。なので、逆サイドにボールがこぼれてくるという方向に(修正した)。シュートは、(中澤佑二の)股の間から。GKがキャッチすると思ったんだけど弾いたので、そこで足を出したんです」

 そこに自分を存在させること。その瞬間に足を出してボールに当てること。そういうストライカーとしての特性を、よく「感覚」という言葉で表現する。「嗅覚」という表現もそうだが、寿人はその言い方を素早く否定した。

 「そうじゃなくて、蓄積なんですよ。大げさに言えば、データベースです」

 息を呑んだ。

 「この方向からシュートを打てば、ここらあたりにボールがこぼれてくる。これまでのデータから確率が高い状況を予測し、それに対する反応と準備を怠らないこと。もちろん、全てが同じパターンになるわけではないけれど、確率の高さを信じて準備をしておく必要はありますね」

 データは、どこでインプットしているのか。

 「もちろん、これまでの試合での蓄積もそうだし、練習もそう。また、いろんなゴール映像をずっと見ている中で『どうして、こういうゴールが生まれたのか』ということは、考えるようにしています。それは、高校生の頃からずっと続けていることですね。他の選手よりは、サッカーを見ていると思うので」

 以前、彼に「自分のゴールはどれだけ覚えている?」と聞いたことがある。その時の返事は「全部」だ。実際、彼に「○○戦のゴールについて」と話を振って、言葉が行き詰まったことは1度もない。また昨年、プスカシュ賞(FIFA年間ベストゴール)についてのインタビューで、彼以外の選手が決めたJリーグでのスーパーゴールについても、まったくよどみなく話をしてくれた。映像を見なくても語れるし、映像を見ながらではもっと詳しく、詳細に話ができるレベルだ。

 そのデータベースの話で言えば、2013年9月28日、対鳥栖戦で美しいループシュートを決めた時の彼のコメントにも驚愕した。

 「1993年のアメリカW杯アジア予選・タイ戦の(三浦)カズさんのゴールをイメージしたんです。あのゴールを小学校の時に見ていて、あれからそのシュートばかり練習していました。自分のイメージを可能にする技術は練習で磨かないと試合で決まらない」

 実は昨年のプスカシュ賞候補となった川崎F戦のゴールも、決して即興ではなく、練習から何度もトライしていた形が実を結んだもの。アイディアとは全くのゼロから生まれるのではなく、過去の模倣や実績の応用から形になる。そんな現実を、広島のエースは体現してくれている。

▼佐藤寿人がどうしてゴールがとれるのか。
 その命題に対して、答えはいくつも用意できるだろう。その中であえて最大の武器をあげるとすれば、寿人が持っているスーパーコンピュータ並みのデータ蓄積量と解析スピードにある。シュートまでコンマ数秒しか時間のない中で適切なシュートを放つために、過去のデータから参考事例を引っ張り出し、それをこの場面に応用する形でアウトプットする。中澤の股間に足を出して決めた今回のゴールも、彼がこれまで経験したこと、あるいは見聞したことをデータ化していた中で最適解として引っ張り出した結果なのだ。

 筆者は佐藤寿人を表現するのに「思考の天才」という言葉を使ったことがある。「思考する天才」ではない。思考を重ねることを自然に、無理することなくできる人材。考えを積み重ねて積み重ねて、そこから最適な答えを紡ぎ出すことを猛スピードでやれる才能を持つ、という意味だ。だからこそ、彼は20代の肉体ではなくなっても点が取れる。データベースの蓄積量が巨大になった30代で、得点王とMVPを獲得できるに至ったのだ。

 横浜FM戦での広島の勝利は、試合内容からすれば必然だっただろう。だが、どんなにボールを支配してもチャンスをつくっても、ゴールできないと勝利はつかめない。どんな形であろうとも、泥くさくても、ボールをネットにいれないとゴールにはならないし、サッカーの本質的な目標はゴールだ。そこは形うんぬんではない。ねじ込まないと、先はない。浅野拓磨や野津田岳人といった若いアタッカーたちにもっとも学んでほしいのは、佐藤寿人という男が続けている思考の積み重ねと、常に努力を続けていく姿勢にある。何より、その全てが「ゴール」という目標にシンプルに向かっていること。それが、思考に明確性を生んでいるのだ。

 「自分自身、これでいいって満足したことは一度もありませんね。現状維持でいいと思ったら、現状すら維持できずに落ちるだけ。もっともっと、よくなりたい。そういう気持ちで積み重ねて、ようやく現状を維持できると思っています。上積みを続ける意識をかなり大きく持たないと、続けていけない」

 繰り返しになるが、あえて書いておきたい。

 寿人よりも身体能力が高いストライカーはいただろう。寿人よりもドリブルができる。寿人よりもヘッドが強い。寿人よりも遠い距離からシュートできる選手もいただろう。だが、佐藤寿人ほど長く安定してゴールを量産できている選手はいない。

 それは、なぜなのか。

 考えれば考えるほど深遠なテーマを思考する一助として、このコラムが参考になれば幸いである。今の日本サッカー界が直面する「若いストライカー不足」という問題にも、佐藤寿人という巨大な主題と向き合うことで、方向性が露わになるような気がしてならない。

中野和也(なかの・かずや)

1962年3月9日生まれ。長崎県出身。居酒屋・リクルート勤務を経て、1994年からフリーライター。1995年から他の仕事の傍らで広島の取材を始め、1999年からは広島の取材に専念。翌年にはサンフレッチェ専門誌『紫熊倶楽部』を創刊。1999年以降、広島公式戦651試合連続帯同取材を続けており、昨年末には『サンフレッチェ情熱史』(ソルメディア)を上梓。

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