本日も真実さんネタをお送りいたします。
よく欧米と日本を比較する方へ。 http://t.co/DVjDVfb5lD pic.twitter.com/6x3W3nvkHU
— ゆうきゆう◆精神科医&マンガ家 (@sinrinet) April 30, 2015
ちなみに余談ですが、日本の人口は1億3000万人にたいして、
アメリカこそ人口は3億2000万人ですが、
フランスの人口は6600万人、ドイツは8000万人、イギリスは6400万人です。
ですのでたとえば「イギリスでは●●」という言い方をしたとしても、決して「日本より多数派」ではないのです。
もちろん「欧米すべて」をまとめれば、日本よりも多くなるわけですが、それって、日本の例を出して
「アジアでは」とか「ユーラシアでは」というのと変わらないように思えます。
ちなみに自分は大学一年のときに、クラスメートに話しかけたら「あ、日本語しゃべった」と言われたことがあります。
何人だと思われたのかは謎です。
みなさま今後ともよろしくお願いいたします。
めちゃくちゃ同感です!
これが個人レベルになると、
「あの子はできるのに、どうしてあんたはできないの?」のコミュニケーションに当てはまりそうですね
比較発言は国だけじゃなく、グループ間、個人間、で至る所で行われていますね
「常識」があまりに幅を利かせて人々が視野狭窄に陥りまともな改革が進まない社会では、他の社会の例を観察することによって、ありうべき未来のイメージを広げることは有効ですね。他国の事例を持ち出すのはそういう意味があります。
つまり、ここでは「多数派」かどうかは関係がなく、「他国の優れた実例」であればいいわけです(そもそも「多数派であれば参考にすべき」であるという理由もないですし)。
で、自由主義や民主主義という価値観に基づいて政治は運営されるべきという立場に立てば、当然、それらの諸価値をより実現していると言える「他国の事例」を参考にすることは、あってしかるべきで、「アフリカ」や「南極」や「パプアニューギニア」で、そういう実例が観察されるのであれば、それを参照例として持ち出すということもあり得るでしょうね。
ところで、南極に国ってありましたっけ?
そりゃ後進国と比較してもしょうがないでしょ。
ヨーロッパの全てが先進国なわけじゃないんですけどね
欧米以外にも先進国は存在しますし
先進国で地理的にも文化的にも遠くないのに、「アメリカでは~」は聞いても「カナダでは~」はあまり聞かないあたり、世界に目を向けているようで視野が狭いように感じます