「昏い夜を抜けて」
第七章 裏切

昏い夜を抜けて295

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 とりあえず今日は、夕食に付き合うのは勘弁してもらうということで、なんとなく、うやむやのまま、海外赴任が確定するまで西門邸には通うことを承諾させられてしまった。
 「よかったわ。フランスに行くだなんて、そんな事情なら尚更もっと、わたくしも牧野さんと親しくお話したいもの。来週は、わたくしもお時間を空けますから、ぜひともお夕飯をご一緒してください」
 「…はい、ありがとうございます」
 家元夫人にまで念を押されては、断れない。
 ただでさえ忙しい若宗匠にタダで!手習いを教えさせていたのだ。
 手習いを辞めたい本当の理由を言えない以上、とりあえず二人っきりになるよりはいいだろうと、家元夫人の誘いを快諾した。
 「あら、でも、てっきり牧野さんもご一緒されるのだと思ってたのに」
 「はい?」
 「いえね、いま、総二郎さんのお部屋に…」
 「いいから、奥の方で呼んでるんじゃないですか?あっちで、的場さんがブロックサインだしてますよ?」
 「あら」
 ちょうど、母屋の廊下の方に見えた使用人頭の名前を出し、根が生えそうな母親を追い出す。
 「まあ、今日はしょうがねぇ。…なんか、お前、疲れた顔してるもんな。美味いものでも食わせて、元気つけてやりたかったけど、類とゴタゴタして上の空のお前口説いても、あんま効果なさそうだし、送らせるから今日は大人しく寝ろ」
 「…大人しくって、夜遊びしまくってたあんたじゃあるまいし」
 「今はしてねぇって」
 「わかってるわよ」
 促され、運転手に会釈をして、車に乗り込む。
 ドアに手をかけて閉めようとしていた総二郎が、ふと、首を傾げた。
 「…類がマンション出たって言ってたよな」
 「うん」
 「手切れ金か?」
 「はは…やっぱ、そう思うよね。そんな感じなのかな」
 このまま受け取れば、志保子あたりがそれ見たことかと言うことだろう。
 週末に訪れた類の顧問弁護士が、細々説明をしてゆき、管理は変わらず花沢家が見ることになっていた。
 さすがに花沢邸から使用人が派遣されることはなくなったが、代わりに花沢系列のハウスキーパーが派遣されることになっている。
 つくしがマンションを受け取れば、管理に必要なそれ相応の資産も譲られる手配がなされていたらしい。
 もちろん、つくしはそれらを受け取るつもりなど欠片もなかったし、すぐにでも出てゆくつもりだった。
 類も不動産屋の圧力は辞めると約束していたのだから、アパートを探すこともそう難しいことではないだろう。
 いくら『愛人』をしていたからといって、金をもらうなど真っ平御免だった。
 たとえ、それが慰謝料、あるいは手切れ金という名目を伴っていようともだ。
 即断で拒絶したつくしに、類が提案したのは、つくしの進退が決まるまで…つまり、会社の命令に従ってフランス留学に応じるか、類に随伴するのか、あるいは第三の道を選ぶのか、その時までベベの養育の報酬として、マンションに住み続けて欲しい、そういうことだった。
 …どこの世間に、たかがペットシッターにそんな超破格な報酬払う人がいるのよ。
 さすが弁護士、弁が立ち、なんだか知らないうちに丸め込まれていた。
 当然、会社で類にも抗議したのだが…。
 『…いま、仕事中』
 『え?あんまり時間ないんだけど』
 などなどのらりくらりと逃げられたあげく、
 『ま、数ヶ月のことだから、目を瞑りなよ。どちらにせよ、あと一ヶ月か二ヶ月で海外に出るかも知れないんだよ?それなのに、今引っ越したって、あんたの嫌いな、もったいないってことになるんじゃない?』
 説得されてしまった。
 実際、その通りなのだ。
 進が日本にいれば、無理は承知で間借りさせてもらうことも可能だったかもしれないが(彼女と同棲していた弟と同居できるかはともかく)、今はシンガポール。
 両親は通勤圏外の遠方在住。
 今の彼女には間借りできるような優紀ほど親しい友はなく、優紀とも交友を再開したばかりで、とても頼める状況ではなかった。
 「牧野?」
 「…まあ、いろいろあって、もうしばらく住まわせてもらうことになった」
 「まさか、受け取らないとか?」
 「受け取るわけないでしょ」
 信じられねぇ~、という顔をされムッと顔を顰める。 
 「せっかくくれるっていうんだ、もらっておけよ。お前、高校生の時も、似たようなことあったよな?」
 「…高校生の時?」
 なんだろう、と首を傾げて、笑われる。
 「憶えてねぇのかよ。司の母ちゃんに5000万だか1億積まれて突っ返しただろ?」
 「…ああ、5000万ね。そういえば、あの時もあんたと美作さんに、バカじゃないかと詰め寄られたっけ」
 そう言われてみれば、確かに自分はいつまでたっても進歩がない。
 要領が悪くて、損ばかりして、騙されてばかり。
 「ま、そんなお前だから、司も類も、あきらも…惚れちまうんだろうな」
 「……」
 それでも自分もと言わない総二郎に、つくしは安堵する。
 最初から総二郎が自分に恋しているとは思っていなかったが、そうでなくても、この男の色気は、つくしには分不相応すぎて、どう対処したらいいのかわからなかったのだ。
  …類や道明寺、美作さんだってめちゃくちゃカッコイイし、男の色気あるけど、この人のはあの人たちのとは、ある意味全然次元が違うよね。
 「ホント、お前ほど庶民の代表みたいな平凡な女いねぇのにな。お前は金持ちホイホイか」
 「ホイホイって…。でもまあ、あたしは庶民の代表でけっこう。平凡上等よ」
 「いいんじゃね?お前の潔いところは俺も好きだよ」
 「……」
 照れもなく、サラっと言われて、赤面する。
 …こいつら、ホント外人みたい。
 もちろん、含みなく素直な感想なのだろうが、こういう面は他のF3も似たようなもので。
 いや、もしかしたら、総二郎に関しては含みがあるのかもしれなかったが。
 「じゃ、ともかく、またな」
 「うん、また」
 別れを交わして、総二郎がドアを閉める。





 車を見送って、鼻歌を歌いながら総二郎が踵を返すと、見慣れた男が、門柱に寄りかかって呆れた顔を総二郎へと向けていた。
 「…ご機嫌だな」
 「そうか?なんだよ、部屋にいたんじゃねぇのかよ?」
 「いつまでたっても戻ってこないから、様子見に来た。…このまま放置されて、牧野と飯食いに行くんじゃないかと思ってたけど?」
 
 「そのつもりだったんだけどな」
 正直に言うと苦笑が返ってきた。
 「…ああいう時こそ、押すのが定石だろ?女も男も、恋人と別れた直後とか、ゴタゴタしてる時が一番弱って、つけ込み易いだろうに」
 「…お前、悪い男だねぇ」
 白々しく、さも自分は違うという総二郎が言うと、小突れわざとらしく苦情を言う。
 「いてぇな」
 「抜かせ。お前にだけは言われたくねぇよ。何が、カラダから入った感情は愛情じゃないだよ」 
 総二郎が肩を竦める。
 「お前、なにげに根性悪いな。絆されようと、同情だろうと愛情は愛情だ。それ知ってて、牧野を騙すわけ?」
 「それこそ、人聞きの悪い。騙してるわけじゃねぇ、勘違いってことも確かにあるんだ。それを教えてやっただけ。牧野は絶対に類とじゃあ、幸せになれねぇよ。お前だって、そう思ってんじゃねぇの?あきら」





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