安倍晋三首相は29日午前(日本時間30日未明)、米議会の上下両院合同会議で演説した。環太平洋経済連携協定(TPP)と日米同盟の強化で中国の冒険的拡張主義を牽制することを目的とした米国への誓約書と言って良い内容だ。
米国は中国から2つのチャレンジを受けている。1つは経済、2つ目はアジア・太平洋の安全保障である。まず経済について国際通貨基金(IMF)の2015年4月のデータをもとにグラフを作ってみた。
為替の影響を除いた購買力平価(PPP)でみると、昨年、中国の国内総生産(GDP)は17兆6173億ドルに達し、米国の17兆4189億ドルを追い抜いている。誰も口に出さないが、PPPベースとは言え、米中逆転が米国の危機感に火をつけたのは間違いない。ちなみに日本は4兆7507億ドル。
IMFデータベースをもとに筆者作成中国と米国の差はどんどん加速して広がっていく。日本と米国の経済を一体化させるとどうなるか。日米と中国の経済力を比較する別のグラフを作ってみた。
同悲しいかな、日米を合わせても2020年には逆転される運命にある。そこで米国の戦略はTPPと環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)で、まず対中国の経済包囲網を築くことにある。米国が中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に反対しているのもそのためだ。
米中逆転は防げるか
次に安全保障をみてみる。少し古い予測になるが、ロンドンにあるシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)から2013年に提供してもらった予測グラフを再掲しよう。
中国と米国の国防費予測(IISS提供)中国の経済成長率は減速しているので一番薄い赤色の点線グラフをみてみる。早ければ2045年ごろには国防費で米国と肩を並べる。軍事力を支えるのは経済力だ。中国経済が減速すれば、国防費の逆転はそれだけ先送りできる。
その一方で日米同盟の深化と緊密化を進め、日本の自衛隊と米軍を連動させる。海上自衛隊、航空自衛隊が米軍と一体化すれば第7艦隊が2つ、アジア太平洋ににらみを利かせることになる。これが今回の日米首脳会談の主眼である。
あわてる欧州
TPP締結に不可欠な大統領貿易促進権限(TPA)法案の早期成立に向けた動きが米議会で出てきたことから、日本はまずTPP締結に全力投球し、次に欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)を急ぐ構えだ。甘利明経済財政・再生相を先頭に経済産業省も燃えている。
日本が蝶番になってTPP、日・EUのEPAを結べば、欧州市民の反対で難航しているTTIPの交渉にも弾みがつく。米国、中国、欧州の三角ゲームは日本と米国が協力することで日米の重みが増す。AIIBに先を越されないよう、日米は早急にTPPを締結しなければならない。
先日、欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)で行われたTTIPの議論を聞いていても、TPPに先を越されると欧州は米国の市場から取り残されてしまうという危機感が表明された。安倍首相の動きが欧州の重い腰を押し始めている。
一方、中国は打つ手を間違えてしまった。友人だった日本を不必要な歴史問題と尖閣問題で米国側に追いやり、南シナ海で無用に米軍を挑発したことで米国まで敵に回してしまった。中国のピンポン外交やパンダ外交が今では懐かしい。日本の対中政策は完全に転換した。
安倍首相のサポートが心底うれしかったオバマ大統領
米中の対立構造がこのまま固定化するかどうかは断言できない。日本国内にはAIIBで米国にはしごを外されるのではないかという不安がくすぶる。しかし、首脳会談での歓待ぶりを見ると、国際的に求心力を失っているオバマ米大統領は安倍首相のサポートが心底うれしかったようだ。
今回の首脳会談は大成功だった。安倍首相は親米保守政治家の本領を思う存分発揮した。議会演説で安倍首相は、歴代首相の「謝罪」を含めて歴史認識を受け継ぎ、「アジア諸国民に苦しみを与えた事実」を直視すると明言した。「謝罪」を何度も繰り返すと、逆に過去の「謝罪」が軽くなる。
際限なき「国家賠償」という地獄のフタを開けないよう、中国と韓国との関係改善にはじっくり取り組んでいかなければならない。集団的自衛権の行使や地球規模の自衛隊と米軍の協力を盛り込んだ新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)の法整備、TPP締結に向けた国内調整もこれからだ。
しかし、政府債務が膨れ上がる中、米軍の要求に応える財政の体力が日本にあるのか、非常に気がかりだ。日本が経済を力強く復活させ、財政の健全性を取り戻すことができなければ、米国は、衰えた日本を見捨て、やはり中国と懇ろにするのが賢明だと考えるだろう。
安倍首相は首脳会談の達成感に浸っている暇はない。議会演説の要旨は次の通り。
【祖父、岸信介】
1957年6月、日本の総理大臣としてこの演台に立った私の祖父、岸信介は、次のように述べて演説を始めました。「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」
【歴史認識】
戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。みずからの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。
【TPP】
太平洋の市場では、知的財産がフリーライドされてはなりません。過酷な労働や、環境への負荷も見逃すわけにはいかない。許さずしてこそ、自由、民主主義、法の支配、私たちが奉じる共通の価値を、世界に広め、根づかせていくことができます。
TPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、安全保障上の大きな意義があることを、忘れてはなりません。米国と、日本のリーダーシップで、TPPを一緒に成し遂げましょう。(略)60年も変わらずにきた農業協同組合の仕組みを、抜本的に改めます。
【米国のリバランス政策を支持】
私たちは、アジア太平洋地域の平和と安全のため、米国の「リバランス」を支持します。徹頭徹尾支持するということを、ここに明言します。(略)日本は、将来における戦略的拠点の一つとして期待されるグアム基地整備事業に、28億ドルまで資金協力を実施します。
【アジアの海の3原則】
(1)国家が何か主張をするときは、国際法にもとづいてなすこと
(2)武力や威嚇は、自己の主張のため用いないこと
(3)紛争の解決は、あくまで平和的手段によること
太平洋から、インド洋にかけての広い海を、自由で、法の支配が貫徹する平和の海にしなければなりません。
【日米同盟の強化】
日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。
【旧日本軍慰安婦問題】
紛争下、常に傷ついたのは、女性でした。私たちの時代にこそ、女性の人権が侵されない世の中を実現しなくてはいけません。
(おわり)
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