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 戦後70年の節目に訪米した安倍晋三首相が29日午前(日本時間30日未明)、歴代首相で初めて米議会上下両院合同会議で演説した。戦後日米の「和解」を強調し、安全保障や経済といったテーマで未来志向の関係構築を世界に呼びかけた。米国内の懸念もあるなか、「歴史認識」では踏み込んだ言及を控えた。

 「日本が世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」

 首相が演説冒頭で、58年前に祖父・岸信介首相が米議会で語った言葉から切り出すと、議場に集まった議員たちは総立ちで拍手を送った。首相が今回の演説に当たり、最も意識していたのが祖父だった。

 自由主義陣営と共産主義陣営の対立が激化していた当時、岸氏は「米国との提携こそ最重要だ」と強調。「日米関係の新時代の扉が開かれる」と演説した。そこには開戦への「おわび」はなく、演説は「未来志向」で貫かれた。

 安倍首相も戦後70年の節目に迎えた今回の訪米で、周囲に米上下両院合同会議での演説に強い意欲をみせていた。演説の半ばで再び岸氏の言葉に触れ、「米国と組み、西側世界の一員となる選択」を「心からよかったと思う」と指摘した。

 演説は冒頭から、米国への親近感を前面に押し出した。「私個人とアメリカとの出会いは、カリフォルニアで過ごした学生時代にさかのぼる」と学生時代の思い出に触れた。

 政府は演説の実現に向け年明けからオバマ政権への打診を始め、米議会関係者にも接触した。3月上旬に首相のスピーチライターを務める谷口智彦・内閣官房参与が訪米して文面の調整に入り、帰国直後から演説内容の検討が始まった。今回の演説草稿には首相が何度も自ら手を入れた。

 日本との関係強化の好機とみたオバマ政権も演説実現に動き、ベイナー下院議長(共和党)が3月末、正式発表に踏み切った。だが、米政府や議会、メディアにも首相の「歴史認識」への懸念が出ていた。とりわけ合同会議は1941年の真珠湾攻撃を受けて、ルーズベルト大統領が対日宣戦を訴えた場所だ。

 演説では日米の「和解」の歩みを伝えることを重視し、首相は第2次世界大戦記念碑に刻まれた「真珠湾」や「バターン」といった戦場の名にもあえて言及。議場には硫黄島に上陸した米海兵隊中将と、日本側を率いた栗林忠道中将(後に大将)の孫の新藤義孝前総務相を招いた。その上で、演説では「熾烈(しれつ)に戦い合った敵は、心の紐帯(ちゅうたい)が結ぶ友になった」とアピールし、日米の「和解」を演出した。

■歴史認識 米から牽制

 オバマ政権は、首相の歴史認識発言に神経をとがらせてきた。

 首相が靖国神社に参拝し、歴史認識をめぐる発言を繰り返すたびに、韓国は強く反発してきた。米の同盟国である日韓両国の反目は米の外交戦略を狂わせ、中国や北朝鮮を利することにもなりかねない。そこで、米国が首相に送り続けたメッセージは「和解」と「歴代首相による談話の継承」だった。

 4月上旬、日韓を歴訪したラッセル国務次官補は「(安倍)首相がきちんとした言葉と政治決断で過去の遺産に終わりを告げ、本当の和解を引き出せるよう励ましたい」と要請。国務省のサキ前報道官は「これまで村山富市元首相と河野洋平元官房長官が示した謝罪が、近隣諸国との関係を改善するための重要な区切りだった」と指摘した。

 また、オバマ政権内からは「首相の選択肢を狭め、身動きを取れなくしてしまうことは避けるべきだ」(政府高官)との声も上がった。かつての村山談話に盛り込まれた「植民地支配」や「侵略」、「おわび」など、具体的な文言を使うかどうかといったことには踏み込まずにきた。

 政権は安倍首相にシグナルを送りつつ、韓国にも自重を促した。今月16日には米主導で日米韓3カ国の外務次官協議をワシントンで開くなど、日韓の溝を埋めようとお膳立てを進めた。

 ただ、米国からの注文は首相による議会演説の直前まで続いた。

 首相は20日のBSフジの報道番組に出演し、村山談話や小泉談話に盛り込まれた「植民地支配と侵略」という言葉について、「もう一度書く必要はない」などと述べた。その直後、ローズ米大統領副補佐官は「米国は安倍首相に、過去の日本の談話と合致する形で歴史問題について建設的に取り組み、地域でよい関係を育んで緊張を和らげるよう働きかける」と牽制(けんせい)した。

 首相演説前日の28日には、米上院外交委員会が日米についての決議を採択した。決議は日米同盟の重要性をうたいながら、「安倍首相は、村山談話を含む歴代首相の歴史認識を維持すると繰り返し述べている」と念押しした。

 28日、日米首脳会談を終えて首相と一緒に共同記者会見に臨んだオバマ大統領は、南北戦争を経て米国に再び統一をもたらしたリンカーン元大統領に触れながらこう語りかけた。

 「リンカーンは、激しい紛争の後には和解が訪れると信じていた。過去は乗り越えられる」

■「安倍談話」にらみ準備

 今回の演説は首相がこの夏に出す戦後70年の「安倍談話」につながるものとされ、政権は周到な準備を進めてきた。

 2月には安倍談話に向けた有識者会議「21世紀構想懇談会」を立ち上げ、談話の方向性について具体的な議論を始めた。3月末に演説が正式に決まると、菅義偉官房長官は「戦後70年の我が国の歩みを世界に発信する絶好の機会だ」と歓迎した。

 首相は訪米に先立つ4月下旬、ジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年首脳会議に出席。アジア・アフリカ地域の首脳らを前に演説し、第2次大戦を取り上げて「先の大戦の深い反省」に触れた。今回の演説でも、同様に「先の大戦に対する痛切な反省」に言及。さらに「自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない」とした。

 首相の訪米や議会演説に対して、韓国系団体や韓国の国会議員らは反対の働きかけを強めた。だが、官邸はこうしたロビー活動について「米国内ではへきえきする空気がとても強い」と判断。アジアの「聴衆」を意識した言葉は必要最小限にとどめ、村山談話が表明した「侵略」や「おわび」といった言葉は使わなかった。(ワシントン=村山祐介、佐藤武嗣)