ラファエロの壁画「アテナイの学堂」に描かれたユークリッド
先日、米国アリゾナ州フェニックスで開催されていたIntel ISEF(国際学生科学技術フェア)で千葉の高校生が見事、地球惑星科学部門一等賞を受賞したというニュースをうけて、下のようなtweetをしたところ、予想以上の反響がありました!
高校の教科書に載っている内容は数学:17世紀まで。化学:19世紀まで。物理:20世紀初頭まで生物:20世紀後半まで。一方、地学は21世紀に展開中のプルームテクトニクスまでが扱われていて最も最先端が学べる教科です。地物出身者としてはもっと地学履修者が増えると嬉しいなあ。
— 永野数学塾 永野裕之さん (@naganomath) 2013年5月23日
4日経った本日(5/27)正午現在で1300以上RT(リツイート)されています。
ここまでRTしていただくのは久しぶりなので嬉しく思っておりましたが、一部の方から「高校の数学の教科書に載っている内容が17世紀まで、というのは間違っているのではないか?」とのご指摘も頂戴しました。
私としては、
- 数学:17世紀に発達した微積分まで。
- 化学:19世紀までに発見された内容。
- 物理:20世紀初頭に展開された原子核物理まで。
- 生物:20世紀後半に進歩した免疫まで。
- 地学:21世紀に展開中のプルームテクトニクスまで。
という意味合いで書かせてもらったのですが、確かに高校数学には集合や複素数やベクトルなど一部18~19世紀に考えだされたものも含まれます。厳密なことを確認せずにツイートしてしまったことを反省しています。
そこで、改めて学習指導要領の高校数学の各単元が数学史の中でどのあたりに属するかを確認しておきたいと思います。なお学習指導要領は昨年度(平成24年度)より新学習指導要領が実施されています。下記は新課程の単元に基づいています。
※ 新課程から新しく加わった単元には「(新)」のマークを付けました。
数学1
(1) 数と式
- 数と集合
・実数
・集合 - 式
・式の展開と因数分解
・一次不等式
カントール( 1845年-1918年)は、それまで扱ってはならないとされていた「無限」※を捉えるために「普通の意味での」ものの集まりとして集合を導入しました。いわゆる素朴集合論です。ただ、素朴集合論は分かりやすい反面矛盾(パラドックス)も多かったので、集合論はやがて公理的集合論へと発展していきます。
高校数学では素朴集合論のほんの触りを学びます。
※ ガウスは「無限というものを何か完結したものとして扱うのは反対です。それは数学では決して許されません。あくまで『無限に大きくしていく』という過程として使うのです」と言っています。
(2) 図形と計量
- 三角比
・鋭角の三角比
・鈍角の三角比
・正弦定理・余弦定理 - 図形の計量
三角比の基本的な考え方は測量や天文学に必要だったため、古代ギリシャの頃からありました。ヒッパルコス(BC180年-BC125年)は一連の角度に対して円弧と弦の長さを表(正弦表)にまとめた人物として知られ、「三角法の父」と呼ばれています。
(3) 二次関数
- 二次関数とそのグラフ
- 二次関数の値の変化
・二次関数の最大・最小
・二次方程式・二次不等式
グラフを発明したのは「我思う故に我あり」で有名なあのデカルト(1596年-1650年)です。デカルトは例えば「y=x2」のような方程式を満たす(x,y)の値を組にして直交座標系の中の点として表しました。これにより幾何学の問題に代数でアプローチできるようになりました。
(4) データの分析
- データの散らばり
- データの相関
新指導要領の大きな目玉は、以前は選択単元(←ほとんどの人が選択しなかった)だった統計に関する単元が必須になったことです。
イギリスのジョン・グラント(1620年-1674年)は当時当時たびたびペスト禍に見舞われていたロンドンで、教会の資料を基にした死亡統計表を分析し、ある国との公益量のピークとペスト流行のピークに相関があることを見抜き、1662年に「死亡表に関する自然および政治的観察」という本に発表しました。これが統計学の出発点だと言われています。
数学2
(1) いろいろな式
- 式と証明
・整式の乗法・除法,分数式の計算
・等式と不等式の証明 - 高次方程式
・複素数と二次方程式
・因数定理と高次方程式
16世紀にイタリアのカルダーノ(1501年-1576年)は3次方程式の解の公式を考察し、負の数の平方根が必要になることをつきとめました。ただし当時はまだ負の数さえあまり認められていなかったのでこれを回避しようとしましたが、うまくいきませんでした。「虚数」という言葉を初めて使ったのは前述のデカルトです。しかし、デカルトは作図が不可能であることから虚数に対して否定的な見解を持っていたようです。
(2) 図形と方程式
- 直線と円
・点と直線
・円の方程式 - 軌跡と領域
図形と方程式を結びつけたのは、前述のとおりデカルト(←よく出てきますね~)です。
(3) 指数関数・対数関数
- 指数関数
・指数の拡張
・指数関数とそのグラフ - 対数関数
・対数
・対数関数とそのグラフ
対数を発明したのはスコットランドのジョン・ネイピア(1550年-1617年)でした。当時はドイツのケプラーが惑星の軌道を調査し、イタリアのガリレオが星に望遠鏡を向けた時代。天文学の研究が盛んだったので、非常に大きな数の計算が必要でした。しかし対数の概念を使えば、掛け算を足し算に変換できることから計算が非常に楽になります※、フランスのラプラスは「対数の発明は天文学者の寿命を2倍にした」と語っています。
※ 対数を使った計算方法
例として、x=1234×5678の計算を考えます。
今、1234=10p、5678=10qとすると、対数の定義より
p=log101234、q=log105678
対数表を使って、pとqを探すと、p≒3.091、q≒3.754
x=1234×5678=10p×10q=10p+q≒103.091+3.754=106.845
定義より6.845=log10x だから、対数表を逆に読んでxを探すと、
x≒6998000 と求まります。
(正しくは1234×5678=7006652ですが、この程度の誤差は実用上問題にならなかったそうです)。
(4) 三角関数
- 角の拡張
- 三角関数
・三角関数とそのグラフ
・三角関数の基本的な性質
・三角関数の加法定理
前述のとおり、三角比の基礎的な考え方は紀元前からありましたが、sin(サイン)、cos(コサイン)という記号が使われるようになったは17世紀頃でした。また一般角(0°~360°を超える角度)に対する三角関数を定義したのはオイラー(1707年-1783年)です。
(5) 微分・積分の考え
- 微分の考え
・微分係数と導関数
・導関数の応用 - 積分の考え
・不定積分と定積分
・面積
一般に微積分法を「発見」したのはニュートン(1642年-1727年)だと言われていますが、ニュートンは発表嫌いだった※ために、ニュートンが発見してから約10年後にドイツのライプニッツ(1646年-1716年)が最初の微積分に関する論文を発表しました。ただし、当時の数学者たちにとって接線や面積を微積分的な考え方で算出するのはそう珍しいことではなく、例えばフェルマー(1601年-1665年)も微積分の要点は理解していたそうです。ライプニッツの業績は微分と積分が逆の演算であるときちんと理解し、一般的に体系化した計算法にまとめたという点と、使いやすい記号を考案したという点にあります。
※ ニュートンの発表嫌いは有名で、イギリスの数学者ド・モルガンは、「ニュートンの発見は2つの側面を持つ。ニュートン自身による発見と、彼が発見していたことの他の者による発見」と言っています。
数学3
(1) 平面上の曲線と複素数平面
- 平面上の曲線
・直交座標による表示
・媒介変数による表示
・極座標による表示 - 複素数平面(新)
・複素数の図表示
・ド・モアブルの定理
複素平面を最初に考えたのはノルウェーのベッセル(1745年-1818年)だとされています。しかしベッセルの論文はデンマーク語で書かれていたためにあまり日の目を見ませんでした。その後、アルガンというアマチュアの数学者も複素平面のアイディアに到達したそうですが詳しいことは分かっていません。複素平面を今日使われているような形で最初に論じたのはガウス(1777年-1855年)で、複素平面のことはガウス平面ということもあります。
ちなみにホーキング博士がビッグバンを説明するために用いた「虚時間」は、ちょうど複素平面における実軸と虚軸のように、実時間と直交する「時間」です。これにより量子力学と重力理論を統一し時空宇宙の始まりを説明することに成功しました。
(2) 極限
- 数列とその極限
・数列の極限
・無限等比級数の和 - 関数とその極限
・分数関数と無理関数
・合成関数と逆関数
・関数値の極限
ニュートンとライプニッツによって創設された微分積分学は、その根底に無限小(限りなく小さくする)や無限大(限りなく大きくする)という概念を使っていますが、これは実数の範囲では定義できないので厳密性が損なわれ、誤った結論が導かれてしまうこともありました。19世紀になってコーシー(1789年-1857年)らによって微積分学が再構築されると収束や関数の連続を明確に捉えられるようにはなったものの、まだ連続と一様連続の区別はなかったために、正確さに欠ける議論も行われていました※。
※ 1860年代になって、ワイエルシュトラスが「ε-δ (イプシロン-デルタ)論法」を完成させました。ε-δ 論法を使えば、無限小や無限大という概念を出さずに収束や連続を議論できるようなるので、これによって微積分学が完成されたと言う人もいます。それだけにε-δ 論法を高校数学で教えるべきだという声もありますが、大学においてすら不要だとする意見もあり、ε-δ 論法を教育上でどう扱うかは議論の分かれるところです。
(3) 微分法
- 導関数
・関数の和・差・積・商の導関数
・合成関数の導関数
・三角関数・指数関数・対数関数の導関数 - 導関数の応用
(4) 積分法
- 不定積分と定積分
・積分とその基本的な性質
・置換積分法・部分積分法
・いろいろな関数の積分 - 積分の応用
ある図形や立体を小さな断片に分けて、その断片の和で面積や体積を求めようとするアイディアは古くからありました。いわゆる区分求積法です。このアイディアを使って例えば円錐の体積が円柱の1/3であることは、紀元前4世紀頃にギリシャの数学者エウドクソスによって証明されています。アルキメデス(B.C.287年-B.C.212年)も同じアプローチで円周の長さ、球の表面積、球の体積、回転放物線、回転楕円体の体積などを求めました。
17世紀にニュートンは面積や体積を求める計算は微分の逆の演算であることに気づきました。一般に区分求積法の計算は面倒なものでしたが積分(微分の逆演算)によって簡単に計算できることが分かったのは大きな進歩でした。しかし置換積分や部分積分を使っても、当時知られていた関数(≒初等関数)では表すことのできない積分もたくさんありました。ニュートン自身は積分のこの欠点を熟知していたので「級数展開」という方法を用いて積分の計算をする研究を進め、「流率法(≒微積分)と無限級数」という著作にまとめています。
数学A
(1) 場合の数と確率
- 場合の数
・数え上げの原則
・順列・組合せ - 確率
・確率とその基本的な法則
・独立な試行と確率
・条件付き確率
16世紀中頃のイタリアでは賭博が大流行していました。その頃前述のカルダーノ(1501年-1576年)は「サイコロ勝負について」という本を出しています。これが偶然を数量化した最初のもので、カルダーノは「確率論」の創始者と言われています。同時期にはあのガリレオも「サイコロ賭博に関する考察」という論文を出しています。現代確率論の基礎を築いたのはパスカル(1623年-1662年)とフェルマー(1608年-1665年)の共同研究(文通だったそうです)でした。「順列」とか「組合わせ」とかの計算もこの中で扱われました。
(2) 整数の性質(新)
- 約数と倍数
- ユークリッドの互除法
- 整数の性質の活用
整数に関する単元が大きく新設されたのも新課程の特徴です。整数の研究(一般に「数論」と言います)の歴史は古く、古代ギリシャのアレクサンドリアのディオファントス(200年頃-280年頃)は「x+2y=5」のように解を整数に限定したとしても無数の解をもつ不定方程式の研究などで知られ「代数学の父」と呼ばれています。
(3) 図形の性質
- 平面図形
・三角形の性質
・円の性質
・作図 - 空間図形(新)
測量技術として知られていた図形の性質に初めて論理的な証明を与えたのが、紀元前6世紀頃のターレス(B.C.624年頃-B.C.546年頃)です。ターレスは論理で世界を考えることを確立したことで、哲学・科学・数学の創始者としてギリシアの7賢人の1人にあげられています。
ターレスが始めた幾何学はその弟子のアナクシマンドロスに学んだピタゴラス(B.C.582年- B.C.496年)が発展させました※。
※ ピタゴラスあるいはピタゴラス学派が証明した定理には次のようなものあります。
- 三角形の内角の和は180°
- 直角三角形の直角をはさむ2辺の平方の和は斜辺の平方の和に等しい(三平方の定理)。
- 多角形はそれと面積の等しい三角形にすることができる。
- 正多面体は正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体の5個しかない。
数学B
(1) 確率分布と統計的な推測
- 確率分布
・確率変数と確率分布
・ 二項分布 - 正規分布
- 統計的な推測
・母集団と標本
・統計的な推測の考え
全体のごく一部からデータ(標本)から全体を推定しようとする「推測統計学(推計学)」はイギリスのフィッシャー(1890年-1962年)によって確立されました。ちなみに「標準偏差」という言葉を作ったのはフィッシャーの師であるピアソン(1857年-1936年)です。
(2) 数列
- 数列とその和
・等差数列と等比数列
・いろいろな数列 - 漸化式と数学的帰納法
・漸化式と数列
・数学的帰納法
紀元前1700頃の古代バビロニアや古代エジプトでも等差数列や等比数列に関する問題は扱われていました。また中国漢王朝時代の「九章算術」でもその種の問題が取りあげられています。それだけ古い数列の歴史の中で目を引くのはアルキメデス(B.C.287年-B.C.212年)です。アルキメデスはニュートンが「イギリスのアルキメデス」、パスカルが「アルキメデス」の再来と言われるほどの大天才でその業績は数学・物理他で多岐にわたりますが、数列に関しては放物線の求積問題が有名です。アルキメデスは放物線と直線で囲まれた面積を求めるために、放物線を分割して多くの相似な三角形を考え、その面積の和を計算しました。その際に等比数列の和の公式も登場します。
(3) ベクトル
- 平面上のベクトル
・ベクトルとその演算
・ベクトルの内積 - 空間座標とベクトル
ベクトルはもともと物理学のなかで誕生し,発展してきた概念だと言われています。ベクトルの概念が確立するのは意外と遅く、例えば19世紀のイギリスの物理学者マックスウェル(1831-1879)も論文の中ではベクトルの記法を使用していません。現代的なベクトルの記法を最初に用いたのは19世紀のアメリカの物理学者ギプス(1839-1903)で、ギプスは「ベクトル解析の父」と呼ばれています。
※ 行列は「数学活用」という教科(選択者は少ないと思われます)に移行しました。
※ 「数学C」は新課程から廃止されました。
こうして見てくると、先のtweetで「数学の内容は17世紀まで」と書いたのは著しく正確さに欠けました。数3の微積分が高校数学の到達点!との思いから「高校で勉強するのは17世紀に確立した初等関数の微分・積分までなんだよなあ」と思ってしまったのが原因です。反省しております。ごめんなさい。本当は18~19世紀に活躍した綺羅星のごとき天才たちの偉業も、高校数学の中にはきちんと盛り込まれています。
数学の教育においては、今学んでいる内容がどのような背景のもとに生まれ、そしてそれがどれだけ凄いことであるのかを伝えていくことはとても大切だと思います。私はこれまでもそのことには気をつけて教えてきたつもりでしたが、このブログを書くにあたって色々と調べるうちに曖昧だった知識が多いことが分かり、プロの教師として恥ずかしかったです。やはり、日々勉強です。
なお参考にさせてもらった図書は次の2冊です。
ゴットフリート・ライプニッツ












