紙袋のミアータ

アニメ・マンガ・ゲームなどの感想を書いていたブログのはずだったのに

俺は本気です

今Pixivのアカウントを消した。このはてなブログのアカウントの命脈も持ってあと1週間!。

 

大川、翌檜。お前たちとは二度と会わん!会って俺に特になることなど無い!金銭的なことだけではない、精神的、時間的意味で俺にとってお前たちと会ったりお前たちのことを考えることは今の俺の精神に悪影響しか残さない!

 そしてこのブログも、今は悲しみ、苦痛、憎しみしか残さない。

         ,, _
       /     ` 、
      /  (_ノL_)  ヽ
      /   ´・  ・`  l    大学時代は死んだんだ
     (l     し    l)    いくら呼んでも帰っては来ないんだ
.     l    __   l    もうあの時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ
      > 、 _      ィ
     /      ̄   ヽ
     / |         iヽ
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 俺は人生と向き合う時なんだ。もうこんなことは終わりにするんだ。全ては魂の自傷行為。過ぎ去った大学時代への憎しみだ。俺は何もかも終わりにしたい。俺は往生際が悪い人間で、いつまでも恨みを引きずる人間だ。

 翌檜や大川にとっては、ちょうど2年前、俺が再就職&再退職したあたりから俺が豹変したように見えるだろう。

 違う。ちがーう。これこそが俺の本性!すべてにおいて臆病で、すべてに対して憎悪をたぎらせる、これこそが俺の本性だ。

 全て全て終わりだ。俺の憎しみはやまない。前の職場のパワハラ上司への憎しみが最近ついに消えた。3年以上かかった。大川と翌檜への憎しみも多分あと3年以上消えない。

 

 怒り疲れたね。大学生活から8年間。とても楽しかったです。ありがとうございました。このブログの寿命もあと4日から9日。さようなら。

 

 私は疲れました。全てのことが空しく、悲しいです。涙が出てきました。私は人とのつながりを灰に帰さなければ生きていけないのでしょうか。私はこのまま死んでもかまわない。心の中が漆黒に満たされるようです。

俺の心の中には友人への憎しみしか無い!!

 私が決別した友人たちが栄冠に輝いたことによって、私の心の中にいろいろな感情が巻き上がっています。ただ、極力感情的にならずに、榎本俊二ムーたち」でいう所のセカンド自分の立場から、極力極力冷静に書こうと思います。

 

 強い憎しみを感じます。彼らが栄冠に輝いたことに対し、嫉妬の感情を強く感じます。

 無関係の人に説明しますと、私は自分で書いた小説を彼らに無理に読ませようとして迷惑がられた経験があり、その他彼らとの会合の時に彼らに失礼なことを書いたり、ブログで愚痴を書いたため、縁を切られた経験があります。なのでこの文章を書くこともストーカー的なことなのかもしれません。そのことを自覚し、反省しなければいけないと思います。

 

 まず、私は自分の創作や、このブログをどうするか悩んでいます。その理由は私の就職と関連があります。無職状態から就職したことによって、自分の自由な時間が無くなるとともに、自分のステップアップのための活動をしなければいけないと感じています。それは仕事の業務知識だったり、コミュニケーション能力・ソーシャルスキルだったり、あるいは健康のための活動をしなければいけないと感じています。

 そのことと自分の文章創作活動は真反対に位置します。これがまっとうなブログまっとうな小説ならばいいのですが、私の書くものは反社会的なので絶対に知人に見られてはいけない類のものなのです。

 なので書けば書くほど、勉強時間は無くなり、精神力は使い、自分にとって損になる類のものなのです。

 

 もしも僕が小説家志望なら、ライターなら。いくらでも書きたいことがあるのに。なぜ俺はこの道を選んだのか。

 

 そうした中で、私は彼らに対して嫉妬の心を抱いてしまうのです。どうして私は大学卒業時に安全牌をつかんだのか、その結果失敗もしたのに安全牌をつかみ続けるのか。私が感じている彼らへの憎しみは私が私自身に対して感じる憎しみが転嫁されたものです。私は私が憎い。

 

 新作を投下せず、放置していることが申し訳ない。しかし勉強しないことは自分の会社に勤めている人にとって申し訳ないです。金をもらっているのだからきちんと仕事をしなければいけない。Pixivの読者は所詮他人なんやから。

 

 せめて、俺の作品を面と向かって読んでくれる人がいれば。それは100パーセント押しつけなんだけど、そうでなければ。俺の小説は完全な徒労、完全な自己満足、思い出したくもない嫌な思い出なのか。実際、俺は昔の小説を読み返したくもない。だったらなんのために書いてるんだ。ああ、憎い憎い憎い何もかもが憎い。自分の家族と自分の職場の人。それ以外のこの世に住んでいる自分も含めた人、全てが憎い。

 

 彼らに手を貸さなければ良かった。ルナティック・サガのテストプレイをしなければ良かったと思う。本気で思う。彼らが作るゲーム一切に手を貸さなければ良かった。

 

 俺も今の仕事を投げ捨てて、フリーターになって、ずーっと小説を書き続けた方が良いのだろうか。俺はそのことに甘美な誘惑を感じている。一種の人生の放棄だ。人生を放棄して創作に身をささげたい。しかし俺はそんなことはしない。その自分の弱腰、自分を信じない姿勢が憎い。憎い憎い。俺は俺が憎い。何もかもが憎い。

 

 仕事からの圧力。上司や同僚への申し訳なさ。自分の仕事をしたいという感情……そうした物に負けて小説を書くことを放棄する!自分音中で「会社員としての自分」と「創作者としての自分」が2つに分かれていて、自分の人格が引き裂かれそうになっている。そして、その引き裂かれる痛みの悲鳴が、大川と翌檜への憎しみとなって噴きだしている。

 

 大川、翌檜、甘いぞ!俺の感情は良くはなっていない!

お前たちが憎い!

 

俺は愚かで身勝手で優柔不断で自分勝手だ!誰に指摘されなくてもわかる!

 俺のPixivアカウントとこのブログを放棄して、そしてインターネットから撤退することも考えている。

 こんなことをいくら続けても同じだ!ふざけるな!

ふざけるな!二つの自分の戦いは会社員の自分が勝つ。勝つに決まっている。俺は昔から真面目だけがとりえだと言われている。どうせ俺は自分の中の小市民的感情が勝つんだ!そうに決まっている。そのことを創作者としての自分が一番憎むんだ。

 ブロガーとしての俺はサラリーマンの俺に負けつつある。これで最後だ、言いそびれた文句があれば今のうちに書いておけ!

 ゴールデンウィーク中に俺はネットから姿を消す!

金賞受賞おめでとうございます。

エキゾチック占姥作 SRPG 「ルナティック・サガ」 第10回 ふりーむ!ゲームコンテスト プログラミング部門 金賞 受賞おめでとうございます。

ふりーむ!(第10回ふりーむ!ゲームコンテスト公式ページ)

 

おめでとうございます。

 

 

おめでとうございます。

 

 

 

 

おめでとうございます。

 

 

おめでとうございます。

 

 

おめでとうございます。

人生が八度あれば

「人生が二度あれば」という歌がある。

井上陽水/歌詞:人生が二度あれば/うたまっぷ歌詞無料検索

 

 僕も人生が二度ほしい。不老不死とはいわないが人生が二度ほしい。二度では足りない。八度欲しい。

 

二度目の人生では文章で身を立てられるかどうか試してみたい。東京に住んでアルバイトをしながら文章を書きたい。

三度目の人生ではきちんと結婚してみたい。妻と子供を持って過程を築き、親孝行をしたい。ついでに中学。高校のときから女子と付き合っておきたい。

四度目の人生ではバックパッカーとして世界を回りたい。世界中の遺産を見たい。

五度目の人生では大学に残りたい。院に残って大学講師になって学問にうちこみたい。

六度目の人生ではもう一度プログラマーになれるかやってみたい。僕は今回の人生では一度プログラマーで挫折してしまった。だけどもっと早いうちから勉強しておけば行けるような気がするんだ。

七度目の人生ではスポーツをやりたかった。俺は中学時代にテニス部も挫折した。今もテニスは向いていないと思うが、何か他に自分に向いているスポーツは無いのか。

八度目、ダメ押しの人生。遊びほうけたい。酒を飲みタバコや悪い薬をやり、女を買い、博打をして早死にしたい。

 

 ……。で、一度目の人生。紙袋君はどうする?とりあえず目の前の仕事をして、休みの日にはゲームをやったり、家事をしたり。たまには国内のどっか観光地に行って、そうしてダラダラ一人者として遊びながら、そのうち年をとって人生終わり……?ひょっとしたら地方のかなりスペックの高くない女性と結婚できるかもしれないし、多分独身のままでしょうね。仕事も派遣社員のままではそんなにでかい仕事はできないでしょうね……。

 

 ハッハッハ。人生が二度あれば。人生が二度あれば。ああ、二度あれば。

仕事と趣味と選択肢

 何となく、今僕がブログを書いたり自作(エロ)小説を書いたりすることは二君に従うことなのかと疑問に思っている。

 仕事と趣味。今、自分は仕事をしているんだから、とりあえずはそっちに努力をした方がいいんじゃないかと思っている。僕も一度人生でしくじりかけて、それで今の職場で拾ってもらったわけだから、その御恩と奉公というのをよく考えないといかんのかもしれない。

 自分も今28歳。ということはあと1年半で30歳になるわけだ。それまで、一度仕事で失敗して再起したんだから、このまま仕事と創作活動の二足の草鞋のまま行ってしまっていいのかという気持ちがある。

 それは勉強、あるいは自分の趣味的なものへの気持ちもそうで、このまま自分の興味の赴くまま適当なことを勉強するんじゃなくて、ちょっとは自分の専門分野の勉強も本腰入れて勉強したらどうだという気持ちもある。なんたって、高校が理系で大学が工学部の人と比べたら13年間もの勉強時間の開きがあるわけだからね。

 

 ……ここらが年貢の納め時かという気持ちがある。始めるのが8年遅かったかな?という気がする。俺が大学に入ったごろから初めていれば、もっといろんな作品も書けたしいろんな文章も書けた。ネット上でいろんな人と知り合えたと思う。実際、26の時に始めたからね。その時は無職だったから良かったけど、就職しちゃうと、もう、始めて数年で死、みたいになっちゃったね。

 すべてのことは高校、せめて大学から走りださないと遅いね。俺の友人のゲーム制作をやっている人もそう思う。僕らは文系で彼らは大3から初めてプログラム言語に触れたわけだから、それはかなりのハンデだったと思う。

 高専に行ってたり、三重大学工学部情報学科に入ってたら、今頃本当にゲームを世に広く出せてたかもしれなかった……。二束の草鞋は履けない。仕事しながら趣味で何かを作ることはできないし、できてたとしたらこれまでの人生の積み重ねに仕事時代で最後の石を載せただけだ。

 全ては遅すぎる話である。誰にとっても。

 

 全ての人にとって遅すぎる話だ。28歳から初めてプロ野球選手になったりプロ棋士になることはできない。どんな年齢からでもチャレンジが重要といったって、そのチャレンジした結果は良くても「アマチュアにしては上手い」ぐらいのことであって……。

 すべての可能性は幻の中に消えていく。