私が決別した友人たちが栄冠に輝いたことによって、私の心の中にいろいろな感情が巻き上がっています。ただ、極力感情的にならずに、榎本俊二「ムーたち」でいう所のセカンド自分の立場から、極力極力冷静に書こうと思います。
強い憎しみを感じます。彼らが栄冠に輝いたことに対し、嫉妬の感情を強く感じます。
無関係の人に説明しますと、私は自分で書いた小説を彼らに無理に読ませようとして迷惑がられた経験があり、その他彼らとの会合の時に彼らに失礼なことを書いたり、ブログで愚痴を書いたため、縁を切られた経験があります。なのでこの文章を書くこともストーカー的なことなのかもしれません。そのことを自覚し、反省しなければいけないと思います。
まず、私は自分の創作や、このブログをどうするか悩んでいます。その理由は私の就職と関連があります。無職状態から就職したことによって、自分の自由な時間が無くなるとともに、自分のステップアップのための活動をしなければいけないと感じています。それは仕事の業務知識だったり、コミュニケーション能力・ソーシャルスキルだったり、あるいは健康のための活動をしなければいけないと感じています。
そのことと自分の文章創作活動は真反対に位置します。これがまっとうなブログまっとうな小説ならばいいのですが、私の書くものは反社会的なので絶対に知人に見られてはいけない類のものなのです。
なので書けば書くほど、勉強時間は無くなり、精神力は使い、自分にとって損になる類のものなのです。
もしも僕が小説家志望なら、ライターなら。いくらでも書きたいことがあるのに。なぜ俺はこの道を選んだのか。
そうした中で、私は彼らに対して嫉妬の心を抱いてしまうのです。どうして私は大学卒業時に安全牌をつかんだのか、その結果失敗もしたのに安全牌をつかみ続けるのか。私が感じている彼らへの憎しみは私が私自身に対して感じる憎しみが転嫁されたものです。私は私が憎い。
新作を投下せず、放置していることが申し訳ない。しかし勉強しないことは自分の会社に勤めている人にとって申し訳ないです。金をもらっているのだからきちんと仕事をしなければいけない。Pixivの読者は所詮他人なんやから。
せめて、俺の作品を面と向かって読んでくれる人がいれば。それは100パーセント押しつけなんだけど、そうでなければ。俺の小説は完全な徒労、完全な自己満足、思い出したくもない嫌な思い出なのか。実際、俺は昔の小説を読み返したくもない。だったらなんのために書いてるんだ。ああ、憎い憎い憎い何もかもが憎い。自分の家族と自分の職場の人。それ以外のこの世に住んでいる自分も含めた人、全てが憎い。
彼らに手を貸さなければ良かった。ルナティック・サガのテストプレイをしなければ良かったと思う。本気で思う。彼らが作るゲーム一切に手を貸さなければ良かった。
俺も今の仕事を投げ捨てて、フリーターになって、ずーっと小説を書き続けた方が良いのだろうか。俺はそのことに甘美な誘惑を感じている。一種の人生の放棄だ。人生を放棄して創作に身をささげたい。しかし俺はそんなことはしない。その自分の弱腰、自分を信じない姿勢が憎い。憎い憎い。俺は俺が憎い。何もかもが憎い。
仕事からの圧力。上司や同僚への申し訳なさ。自分の仕事をしたいという感情……そうした物に負けて小説を書くことを放棄する!自分音中で「会社員としての自分」と「創作者としての自分」が2つに分かれていて、自分の人格が引き裂かれそうになっている。そして、その引き裂かれる痛みの悲鳴が、大川と翌檜への憎しみとなって噴きだしている。
大川、翌檜、甘いぞ!俺の感情は良くはなっていない!
お前たちが憎い!
俺は愚かで身勝手で優柔不断で自分勝手だ!誰に指摘されなくてもわかる!
俺のPixivアカウントとこのブログを放棄して、そしてインターネットから撤退することも考えている。
こんなことをいくら続けても同じだ!ふざけるな!
ふざけるな!二つの自分の戦いは会社員の自分が勝つ。勝つに決まっている。俺は昔から真面目だけがとりえだと言われている。どうせ俺は自分の中の小市民的感情が勝つんだ!そうに決まっている。そのことを創作者としての自分が一番憎むんだ。
ブロガーとしての俺はサラリーマンの俺に負けつつある。これで最後だ、言いそびれた文句があれば今のうちに書いておけ!
ゴールデンウィーク中に俺はネットから姿を消す!