1枚のCDを100回聴く

私は高校生の頃からずっと村上主義者です! ささやかなことですが、いちずに村上さんのアドバイスを実践していることがひとつあるので聞いてください。

以前、このようなメール祭の中で、音楽を聴く耳を養う方法は、100枚のCDを聴くより、1枚のCDを100回聴くことだと言っておられたことです。

私は元々それほど音楽を聴かない方なのですが、大人の女性としてクラシックコンサートを愉しめるようになりたいな、くらいの感覚で1枚のCDを聴き始めました。

何の知識も無く、たまたま買ったものがギーゼキングさんのベートーヴェンのピアノソナタ第12番~15番が入ったものでした。

これを、たまに夕食を作るときにだけ(あまり料理はしないので)5年くらいは聴いてました。間隔があまりにバラバラなのでおおよその回数も不明ですが、100回近くは聴いてるのではないかと思います。

そして夕食を作る機会がほぼ消滅するとともにその習慣もいつの間にか無くなっていたのですが、少し前からまた夕食をよく作るようになり、CDのことを思い出しました。せっかくなのでだいたい同じ曲が入ったポリーニさんとアシュケナージさんのCDを購入し聴いてみました。

驚いたことにアシュケナージさんの演奏は違和感が激し過ぎてなんだか落ち着かず最後まで聴くことができませんでした。ポリーニさんはなぜかそれなりに楽しく聴けましたがもちろんギーゼキングさんとは全く違う演奏でした。

そしてしみじみ、村上さんのアドバイスを実践したおかげでこんな違いを感じられる耳になったんだなあ……とすごく成長したような喜びを感じました。人生がほんの少しだけれど豊かになったように思えます。今はゼルキンさんの11枚セットを買ってコツコツ聴いてます。

村上さん、本当にありがとうございました。こうやってお礼を伝える機会があるということもとても嬉しいです。

また何かひとつ、村上さんの生きたアドバイスを実践して少しずつ喜びを増やしていけるような人生にしたいです。

どうぞこれからもたくさんの本を私たちに届けてください。また10年後でも20年後でもかまわないのでメール祭を開催してください。ずっと待っています。
(空色きのこ、女性、35歳、事務員)

そうですね。気に入った音楽を100回くらい聴くのって、すごく大事なことです。そうやって音楽を聴く耳がつくられていきます。ギーゼキングのベートーヴェンのピアノソナタをそれだけたっぷり聴いたあとで、アシュケナージの演奏にすごく違和感を覚えるという感覚は、僕にもとてもよくわかります。ポリーニのベートーヴェンも、それなりに色がついています。その色が好きになったり、あるいはそうでもなくなったりします。そういう違いがわかると、音楽を聴くのが楽しくなりますよね。よかった。

村上春樹拝