これは国家の安全保障に関わる重要な問題です。
領空侵犯である以上軍は対処をしなくてはなりません。
未確認飛行物体「UFO」。
世界各地で多くの人が目撃していますがいまだに正体は分かっていません。
UFOは国防上の問題です。
未確認の三角形の物体が領空内を勝手に飛び回っているのにその正体は何なのか?どこから来たのか?何も分かっていないのですから深刻です。
UFOの目撃例は何十年も前からあり政府の公式報告書に記録されたものだけでも数千件にのぼります。
近年公表された報告書に基づきUFOの謎に迫ります。
1990年3月31日ベルギーの空軍基地から2機のF16戦闘機が領空侵犯の調査のために緊急発進しました。
イヴ・ミルバーグスはパイロットの一人でした。
ベルギー上空に未確認飛行物体が出現したと言われました。
確認すべき飛行物体についてミルバーグスは説明を受けました。
「全体の形は三角形。
てっぺんはドーム型。
縁にはライトがついている。
音を立てずにゆっくり動く。
しかし時には音速を超える猛スピードで加速する」。
その飛行物体の正体を突きとめるよう命じられました。
ベルギー空軍の公式報告書にこの夜の出来事が正確に記されています。
午前0時30分ミルバーグスのF16が飛行物体を最初にレーダーで捉えた時物体はおよそマッハ1.1の速度で移動していました。
およそ32キロ手前で目標をレーダーに捉える事ができました。
レーダーに点が映ったんです。
レーダーの上部に映っている四角い点が問題の飛行物体です。
地上の基地で捉えていたものと同じでした。
間違いなく何かが空中を飛んでいたんです。
通常の航空機でない事は明らかでした。
2機のF16は物体に接近しました。
(ミルバーグス)接近すると物体はレーダーから消えてしまいました。
ミルバーグスが追跡したものは一体何だったのでしょうか?数か月前からベルギーでは奇妙な飛行物体の目撃報告が相次いでいました。
何百もの人々が三角形の飛行物体を目にしていたのです。
発端はドイツとの国境に近い小さな町ユーペンでした。
1989年11月29日2人の警官が空に浮かぶ奇妙な物体を発見しました。
(マーラー)報告によれば非常に明るい複数のライトが野原の上に浮かんでいました。
ライトは三角形の平たい物体に取り付けられていたそうです。
ジャーナリストのデヴィッド・マーラーはUFOについて研究しています。
(マーラー)その物体は音もなく浮かび続けていました。
やがて物体は移動を始めました。
2人の警官は驚き何が起きているのかも理解できませんでした。
警官は謎の物体をしばらくの間追跡しました。
ジャーナリストのレスリー・キーンはこの事件の目撃者にインタビューをしています。
物体はジレップ湖に移動しました。
物体は湖の上空に1時間以上浮かび続けました。
赤く光る球体が1つ放たれ湖面を水平に横切ったあとまた戻ってきました。
(マーラー)赤い球体は独立した存在のように動き回りました。
やがて第2の飛行物体が出現しました。
形は同じ三角形です。
最初の物体のそばに音を立てずに浮かんでいました。
夜明けまでに警官14人を含む数百人が各地で謎の飛行物体を目撃しました。
目撃者たちは自分が見たものを次々に報告しました。
数百人の目撃者は自分が見たものをそれぞれ絵に描きました。
描かれた三角形の物体はどれも非常に似通っていて誰もが同じものを見た事は明らかでした。
ベルギーで目撃されたような黒い三角形の飛行物体は過去30年間に北アメリカとヨーロッパだけでも1万件以上の目撃報告があります。
「UFO」と言うと多くの人が円盤型をイメージしますが近年は三角形のUFOがたくさん目撃されています。
ベルギーの事件もその一例です。
(マーラー)三角形のUFOは巨大なものも目撃されています。
これまでに報告された最大の例ではフットボールの競技場ほどもあったそうです。
それらの物体は全く音を立てず普通の航空機ではありえないような飛び方をしたという報告もあります。
周りの電波や精密機器に影響が出た例もあります。
三角形の飛行物体は何らかの自然現象なのでしょうか?それとも人工的なものなのでしょうか?1989年11月にベルギーで目撃された飛行物体は公式に調査される事になりました。
あの事件はメディアに大きく取り上げられました。
1989年11月の目撃報告は大きな注目を集めましたがこれは始まりにすぎませんでした。
その後4か月間にベルギー全土で謎の飛行物体の目撃が500件以上報告されたのです。
ベルギー軍はこの騒ぎを深刻に受け止めました。
信じ難い目撃例ばかりでしたが目撃者一人一人は信用できました。
目撃報告の多さとパニックが起きるのを防ぐ必要から軍はこの問題に真剣に取り組む事になりました。
レーダーで飛行物体が確認されたら戦闘機を緊急発進させ迎撃態勢に入る方針が決まりました。
1990年3月30日。
午後11時頃ベルギー中部ジャンブルーという町の上空に三角形の飛行物体が出現しました。
(マーラー)3月30日から31日にかけての深夜に起きた出来事です。
ベルギー空軍の報告書によれば午後11時に警官から軍の管制センターに目撃報告が入りました。
やがて軍の管制センターも飛行物体の存在を確認し戦闘機に緊急発進の指示が出されます。
イヴ・ミルバーグスたちのF16は物体までおよそ13キロの距離まで迫りました。
物体を肉眼で確認する事はできませんでした。
2機のF16はレーダーを頼りに物体を追跡しました。
外国の軍用機が領空侵犯をしているのであれば国際紛争に発展しかねません。
慎重な対応が求められました。
最初の目撃報告があってからミルバーグスたちは1時間以上追跡を続けました。
しかしミサイルの照準を合わせいつでも迎撃できる態勢に入るたびに物体は照準から逃れました。
突然ものすごいスピードでありえない飛び方をしました。
通常の航空機では不可能な飛び方です。
すぐには追いつけず迎撃態勢を維持する事はできませんでした。
ミルバーグスたちは3回照準を合わせましたがそのたびに飛行物体は突然進路を変えました。
わずか数秒で時速300キロから1,900キロ以上に加速したのです。
あの物体が何だったのかは今も分かりません。
まさしく未確認飛行物体UFOです。
ミルバーグスのF16がレーダーで捉えた記録画像はこの事件の貴重な資料として保管されています。
記録を詳細に分析する事で何らかの事実が判明するかもしれません。
あの日F16のレーダーが捉えたデータです。
レーダー信号処理の専門家ラヴィラド・アドヴィがデータの解析に取り組みました。
自然現象だとは思えません。
これに当てはまる現象は見当たらないからです。
物体は高度1,800メートル近くまで降下したあと一旦急上昇。
その後地面に激突しそうな勢いで急降下します。
スピードの変化も驚異的です。
時速320キロから時速1,110キロまで1秒もかからずに加速しています。
常識では考えられないほどの急加速です。
最後にもう一度急上昇してから時速1,900キロ近い速さで急降下します。
でも墜落の証拠は見つかっていません。
これほどの急加速は現在の航空技術では不可能です。
しかしアドヴィはこれを宇宙から来たものだとは考えていません。
軍事目的で開発されたレーダーを欺く技術が使われたんだと思います。
「実は物体は存在しなかった」と言うのです。
何もない空間に多くの飛行機がいるように見せかけて敵を混乱させる事ができます。
今回使われたのもその種のレーダー妨害システムでしょう。
(スウィートマン)当時ベルギーのF16はかなり古いレーダーを使っていました。
ビル・スウィートマンは軍事機密に詳しい航空機の専門家です。
古くて性能も低いレーダーですから妨害は容易です。
地上のレーダーはもっと高性能でしかも別の周波数を使っていました。
しかし妨害システムはあらゆる周波数に作用するため同じように欺かれたと考えられます。
では何千人もが肉眼で目撃したものは一体何だったのでしょうか?低空飛行やライトの形から「ヘリコプターだった」と考える人たちもいます。
確かにヘリコプターにはライトが三角形に並んだものがあります。
しかし当てはまらない特徴もいくつか見られます。
ヘリコプターには一瞬で飛び去るような動きはできません。
それにもっと騒々しい音がするはずです。
もしヘリコプターでないとすれば実体のある何かがベルギーの領空を飛んでいた事になり国防上見逃せない問題になります。
ベルギー空軍のウィルフレッド・ドゥ・ブラウワーがこの問題に取り組む事になりました。
彼がまず疑ったのはアメリカのステルス機でした。
アメリカ国防情報局の報告書にはレーダーに映らないステルス技術を使った軍用機についてブラウワーがアメリカの当局に尋ねたという記録が残っています。
ステルス機の中には色が黒く三角形をしたものがあります。
それがベルギーの事件に関係していた可能性はあるのでしょうか?アメリカ側はその可能性を明確に否定しました。
ブラウワーへの回答は公式の文書にも残されています。
アメリカの仕業だった可能性もゼロではありません。
ベルギーの人々が見たものはひそかにテスト中の新型機だったかもしれないからです。
当時は極秘の軍事プロジェクトが盛んでした。
三角形という形からしても物体が軍用機だった可能性はあります。
極秘のテストをアメリカ国外で行う理由はいくつかあります。
当時冷戦状態にあった旧ソビエト連邦の近くまで新型機を飛ばし察知されるかどうかを確かめようとしたのかもしれません。
極秘プロジェクトだとすればアメリカが関与を否定する可能性はあります。
あの日何が起きたのか今でも確実な事は分かっていません。
確実に分かっているのはあれは気象現象でもなければヘリコプターでもなかったという事です。
あれはまさしく未確認飛行物体だったんです。
この事件をピークにベルギーでのUFO目撃報告は減り騒ぎは収束を迎えました。
しかし3年後海を挟んだイギリスで新たな事件が起きます。
1993年3月31日イギリス中部のコスフォードで奇妙な飛行物体が目撃されました。
午前1時15分空軍基地の周りをパトロールしていた2人の軍人が不審なものを目撃します。
2人が見たものは頭上に浮かぶ2つの白く明るい光でした。
2つの光がそれぞれ別の物体なのかそれとも1つの大きな物体に付いているものなのかは判別できませんでした。
物体は全く音を立てていませんでした。
2人はすぐ基地に戻り報告書を提出しました。
後に「コスフォード事件」と呼ばれる出来事の最初の目撃例でした。
飛行物体が目撃された実際の場所です。
ニック・ポープは当時国防省の一員として事件の調査に当たりました。
私がいたUFOの調査部門ではあらゆる目撃例を分析しイギリスへの脅威がないかを調べていました。
ポープによって書かれた公式報告書によればUFOの目撃はこのあとも続きました。
コスフォードでの目撃は発端にすぎませんでした。
大きな三角形の飛行物体の目撃報告がその後数十件も寄せられたんです。
目撃報告は一般市民からも寄せられていました。
コスフォード空軍基地で飛行物体が目撃されてから10分後北東におよそ30キロの地点で新たな目撃報告がありました。
ある家族がルージュリーという町で飛行物体を目撃しました。
彼らはその時乗っていた車で物体のあとを追いかけました。
証言によれば巨大な飛行物体は彼らの頭上を通っていきブ〜ンといううなるような音を出していました。
コスフォード空軍基地から32キロ離れたところにある別の空軍基地ショーベリーでは基地内に設置された気象観測所の観測員が同じような飛行物体を目撃しました。
気象観測員の証言によれば物体はゆっくりと近づいてきて基地のほぼ真上に来ました。
巨大な三角形の飛行物体だったそうです。
ブ〜ンという低くうなるような音を出していて体を貫かれるような不快な感覚を覚えたそうです。
飛行物体から下に向けて鉛筆のような細い光線が放たれました。
基地の周りの野原を行ったり来たりしてまるで何かを探しているように見えたと言います。
光線は数分後に突然消えました。
そして飛行物体は加速し軍用ジェット機の何倍ものスピードで飛び去りました。
その物体は彼が毎日見慣れているジェット機とは桁違いの速さだったそうです。
数十人の目撃者から直接話を聞いてニック・ポープはこれはただ事ではないと気づきました。
目撃報告の多くに共通点がありました。
飛行物体が巨大な三角形だった事。
そして宙に浮かぶように非常にゆっくりと動ける一方すさまじいスピードでも動く事ができたという点です。
8時間で200以上の目撃が報告されました。
何かが防衛ネットワークを突破し軍事基地の上にまでやってきた。
イギリスの安全は脅かされていました。
イギリス国防省はデータの分析に取りかかりました。
1か月間の調査の末「目撃されたものはただの光ではなく実在する物体である」という結論が出ました。
あの夜イギリスの上空を巨大な飛行物体が飛んでいたんです。
それは疑いようがありません。
しかし飛行物体の正体は謎に包まれたままです。
1つの説は極秘にテストされている軍用機です。
ベルギーの場合と同様イギリス政府もアメリカ軍の関与についてアメリカ国防省に問い合わせをしましたが返ってきた答えは同じでした。
「我々はそのような航空機は持っていないしイギリス上空でのテスト飛行も行っていない」と言われました。
納得できなかったポープは裏のルートを駆使してCIAなどが関与していないかを探ろうとしました。
これを知ったアメリカの国防長官が激怒しました。
そのまま続ければ同盟国であるアメリカとの間に深刻な外交問題が発生します。
アメリカの関与についての調査は諦める他ありませんでした。
手がかりを失いポープたちの調査は行き詰まりました。
あの物体は一体何だったのか?新しい技術によって作られた航空機の極秘テストだったと考える以外現実的な答えは見いだせません。
コスフォード事件は今も未解決のままです。
宇宙からやってきたものだという可能性も排除はできません。
ベルギー政府もイギリス政府も三角形の飛行物体の正体は突き止められずに終わりました。
そして7年後それは再び現れました。
2000年1月5日アメリカイリノイ州。
パトロール中の警察官エド・バートンのもとに無線連絡が入りました。
(通信係)「ハイランド警察です」。
連絡を受けた時バートンはレバノンという小さな町に向かっていました。
無線での実際のやり取りが残されています。
(通信係)「トラックの運転手から空飛ぶ物体を見たという報告がありました。
レバノンです」。
無線でのやり取りは分刻みで克明に記録されていて貴重な資料になっています。
UFO目撃の時間的経緯が記録された珍しい公式文書です。
デヴィッド・マーラーは北アメリカ最大のUFO研究機関「MUFON」と協力してこの事件の調査に当たりました。
録音を聞くと最初はみんな気楽な感じです。
(通信係)「報告によれば2階建ての家くらいあって白い光と赤い光が点滅していたそうです。
調べてもらえますか?」。
(バートン)「見つけても秘密にしておくよ」。
警官のバートンも最初は本気にしていませんでしたがやがて複数の光が東に移動していくのを目撃します。
近づくと「大きな三角形の物体だ」と分かりました。
(バートン)「非常に明るい光が町の東を飛んでいます。
航空機のようには見えませんが近づいて確認します」。
私はバートンから直接この時の話を聞きました。
彼はこう言いました。
「物体は自分の頭上に浮いていた。
航空機なら必ず音を立てるものだがその物体は無音で動いていた」。
数分後物体は旋回し南西方向に高速で飛び去りました。
バートンは「軍用機の一種ではないか」と推測しました。
(バートン)「スコット空軍基地に確認をしてもらえますか?」。
およそ5キロの場所にスコット空軍基地がありそこから来たものだろうと考えたのです。
(バートン)「スコット空軍基地の方に向かいましたからシャイローの警察にも連絡してください。
発見できるかもしれない」。
シャイローは空軍基地のすぐそばにあります。
シャイローの警察官デヴィッド・マーティーが呼びかけに応じました。
(マーティー)「正体不明の飛行物体です」。
しかし彼が発見した途端物体は猛スピードで飛び去りました。
15分後今度はミルスタッドの近くで別の警察官が物体を目撃しました。
(スティーヴンス)「緊急連絡です」。
(通信係)「どうぞ」。
(スティーヴンス)「物体を発見しました」。
(通信係)「本当に?」。
(スティーヴンス)「すごくでかい」。
(通信係)「どんなふうに見えるか詳しく教えてください」。
(スティーヴンス)「V字型です」。
(シャッター音)警察官のクレイグ・スティーヴンスは物体をインスタントカメラで撮影しましたが凍えるような気温のせいかうまく写りませんでした。
光だけは写っていますが形が分かりません。
そこで彼はすぐにスケッチを残す事にしました。
物体は明らかに三角形です。
23分後には別の町の警察官も目撃を報告しています。
4つの目撃場所から飛行ルートが割り出され平均時速およそ60キロで飛んでいる事が分かりました。
UFOの動きを示す珍しい証拠です。
調査に当たったデヴィッド・マーラーはベルギーやイギリスの場合と同じ疑惑を抱きました。
まず疑ったのはアメリカ軍があの地域で何か新しい軍用機のテストを行ったのではないかという事でした。
物体の飛行ルートのすぐそばに空軍基地がある事も根拠の一つでした。
マーラーは軍に質問状を送りました。
事件から2週間後スコット空軍基地の指揮官がマーラーの質問に対して回答しました。
「その地域に軍の航空機はいなかったし何のテストも行っていない」という関与を否定するものでした。
ところがレーダーの記録を求めると意外な答えが返ってきました。
「物体が目撃された時間レーダーシステムは動いていなかった」と言うんです。
何よりの証拠になるはずのレーダーはその時間だけ動いていませんでした。
役立つ情報は得られませんでしたがマーラーは引き続き調査を進めました。
UFOの正体は軍事的なものであるというのが現実的な解釈に思えました。
目撃者の証言を調べスケッチを見ていくと大きな三角形のUFOはベルギーやイギリスで見られたものとほとんど同じでした。
全く同一ではないにしても基本的には同じタイプの物体だと推測できます。
軍事ジャーナリストのビル・スウィートマンも同様の意見です。
イギリスやベルギーで目撃された黒い三角形の物体。
それと共通する特徴を持った航空機は存在します。
しかし軍事機密のベールに覆われているため詳しい事はほとんど分からないのが現状です。
当時の極秘プロジェクトは今もほとんど公開されていません。
1980年代から90年代にかけて実際の飛行段階までいった極秘プロジェクトが数十はあったはずです。
しかし後に公表されたものはせいぜい10%。
あとは今も闇に包まれたままです。
黒い三角形の飛行物体は今も極秘扱いになっている軍事プロジェクトだったのでしょうか?マーラーが更に古い記録をさかのぼって調べたところ意外な事実が判明しました。
三角形のUFOの目撃は半世紀以上前から報告されていたんです。
いつ始まったのか見当もつきません。
アメリカ空軍は1947年から69年にかけてUFOの目撃例を何千件も調査し報告書にまとめていました。
最初の報告書は「プロジェクト・サイン」。
次が「プロジェクト・グラッジ」。
そして3つ目が「プロジェクト・ブルーブック」。
どのプロジェクトもUFOの目撃例を科学的に調査したものです。
アメリカ空軍が調査整理分析した事例は1万2,000以上に及びました。
(タッカー)「アメリカ空軍は1日24時間警戒を続け空を飛ぶものは全て監視しています」。
UFOのデータが科学的に分析され「アメリカの安全保障を脅かす可能性があるか」検討されました。
1万2,000件を超える目撃例のほとんどは鳥や飛行機雲などの見間違いでしたが全体のおよそ6%はそのような説明が当てはまらないもので「未確認」に分類されました。
その一つが「398事件」です。
1949年6月29日アメリカ東部のボルティモアで三角形の飛行物体が目撃されました。
目撃者の一人は美術学校の学生でした。
元軍人で第2次世界大戦にも従軍しているため飛行機は見慣れていました。
午後6時30分目撃者は空を飛ぶ物体を発見しました。
それはどんな飛行機にも似ていませんでした。
彼が目撃した三角形の飛行物体は1つや2つではなくたくさんいました。
群れをなすように飛び回り雲の中を出たり入ったりしていました。
目撃者は次のように証言しています。
「V字型の物体が15から20ほど円を描くように飛んでいた。
それらは従来の航空機とはまるで違う構造だった。
色は黒く驚くほど自在な飛び方をしそして猛烈なスピードを出せた」。
三角形の物体は素早く動き回り普通の航空機とは全く違う飛び方をしていました。
近くにいた人々は2時間にわたってその飛行物体を目撃しました。
物体はせわしなく動き回るため正確な数は数えられませんでしたが三角形である事ははっきり分かったそうです。
美術を学んでいた目撃者は物体をすぐにスケッチしました。
目撃者が実際に描いたスケッチです。
飛行物体は軍のレーダーには捉えられていませんでした。
また近くを飛んでいたパイロットも目撃していませんでした。
1949年の軍事技術はもう全て機密扱いが解けて公開されているため詳しく調べる事ができます。
当時存在していた最高機密の軍用機がボルティモアの目撃例に合致します。
「全翼機」と呼ばれるタイプで見た目は三角形の飛行物体によく似ています。
1949年当時さまざまな全翼機のテストがひそかに行われていました。
あの頃の目で見れば異様とも言えるデザインです。
しかし全翼機が飛行物体の正体だった可能性は薄いようです。
全翼機は自由自在に飛び回る事などできません。
極端な動きをすればすぐに失速してしまいます。
それに当時全翼機の数はわずかで一度に20機も飛んでいたなどありえません。
飛行物体の正体は何か別のものです。
全翼機でないとしたら目撃者たちは何を見たのでしょうか?軍の公式の調査報告書を読んでも納得できる説明は見つかりません。
この事件を合理的に説明する事は不可能なようです。
ボルティモアの目撃例は1940年代からアメリカ空軍が行ってきた秘密調査の一例にすぎません。
1953年1月28日の夜三角形の飛行物体の別の目撃例がアメリカ空軍内で報告されました。
アメリカ南東部ジョージア州。
ターナー空軍基地のパイロットがジェット戦闘機で町の周辺を飛んでいました。
延べ3,100時間の飛行経験があるベテランのパイロットです。
午後9時35分彼は前方に奇妙な物体を発見しました。
報告書によればその物体は白からオレンジ色に変わり絶えず色を変えていました。
「やがて物体は正三角形に変化しました。
それから更に2つの正三角形に分裂しそれぞれ違う方向に飛んでいきました」。
パイロットはそう証言しています。
この出来事を何らかの錯覚だと見なす意見もあります。
1950年代パイロットはまだジェット機の操縦に慣れていたとは言えませんでした。
ジェット機のスピードは速くレーダーの性能も低くその上夜間の単独飛行です。
操縦をするには困難な条件がそろっていました。
混乱する人がいたとしても全く不思議はありません。
しかし事件の公式記録には注目すべき記述がありました。
パイロットが飛行物体を目撃したのと同じ時刻に別の空港のレーダーも未知の物体を捉えていたのです。
パイロットが見たものは錯覚ではなかった可能性が高くなります。
しかし空軍の調査団が下した最終結論は意外なものでした。
「パイロットが見たものは金星だった」という驚くべき結論でした。
一体どうしたらパイロットが金星を見下ろす事ができるのでしょうか?想像しにくい状況です。
空軍が出した結論には納得できませんが報告書に記録されている証言は信頼に値するきちんとしたものです。
証言の整合性やレーダーによる裏付けを考えるとこの飛行物体は実体があるものです。
錯覚や空想大気の状態による光のゆがみなどではありません。
形のある物体が実際に空を飛んでいたんです。
近年のベルギーイギリスアメリカの事件だけでなく1940年代から黒い三角形の飛行物体が目撃されていた事が分かりました。
そして更に驚くべき事実が明らかになりました。
もっと過去までさかのぼろうと思い古い新聞などを調べていくと次々と記事が見つかりました。
黒い三角形の飛行物体は何と19世紀後半から目撃されていたんです。
19世紀の権威ある科学誌も黒い三角形の飛行物体について報告を載せていました。
最初の飛行機が飛ぶよりも前の事です。
私が見つけた最も古い目撃記録は1882年のものでした。
1882年7月3日アメリカコネチカット州のレバノンで月を観測していた2人の天文学者が奇妙なものを目撃しました。
2人の天文学者が見たものは月の前を横切る物体でした。
2つの黒い三角形が月の前を動いていたという報告が掲載されています。
天文学者たちは次のように語っています。
「月の下半分にあった2つの黒い三角形は互いに近づきやがて月面の3/3を覆い隠した」。
正体は何だったのかを推測する記述はありません。
この事件が起きたのはライト兄弟が初飛行に成功した1903年より21年前の事です。
古い目撃報告は他にもあります。
科学雑誌「ネイチャー」には「扇のような形をした黒っぽい斑点が30分以上空中にとどまっていた」という記事が載っています。
マーラーは他にも世界各地でのさまざまな目撃報告を発見しました。
19世紀に目撃された黒い三角形の飛行物体は近年目撃された物体と同じものなのでしょうか?19世紀後半1940年代80年代そして21世紀に入ってからの目撃例を見ていくと飛行物体には目立った技術の進歩がないように思えます。
一方人間が作った航空機は著しい進歩を遂げています。
なぜ三角形のUFOは百数十年前から変化がないんでしょうか?さまざまな調査の末にデヴィッド・マーラーは一つの結論に達しました。
納得しうる説明が一つだけあります。
三角形のUFOが地球以外の場所から来たという事です。
専門家たちの意見はさまざまです。
考えられる可能性は2つあります。
1つはどこかの国が開発していた極秘の先端技術。
そしてもう一つは地球外からやってきた何かです。
目撃例のほとんどを説明しうる最も妥当な考え方があります。
目撃者たちは実際には存在しないものを見たという事です。
目撃者が精神に異常をきたしていたとかいう話ではなく単純な錯覚見間違いという事です。
アメリカ空軍は調査した目撃例のうち700以上を「未確認」に分類し結論を保留しています。
更に研究を重ねいつか真実にたどり着きたいと思っています。
未解決のUFO事件は迷宮入りした犯罪のようなもので謎が解ける日がくるかどうかは疑問です。
もちろんいつか真実が分かればいいとは思いますがね。
さまざまな公式文書はこの百数十年間にわたりUFOが目撃されてきた事を示す証拠です。
ではUFOの正体は何なのか?極秘の軍事技術なのか?単なる見間違いなのか?それとも地球以外の場所からやってきたものなのか?その正体は今も謎に包まれたままです。
2015/04/27(月) 00:00〜00:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック「UFO出現!?そのとき何が?〜三角形の飛行物体の謎〜」[二][字][再]
UFOは存在するのか?過去にヨーロッパやアメリカで多くの目撃証言が寄せられた「三角形」の未確認飛行物体。当時、各国の軍や警察が調査した記録を交えて検証する。
詳細情報
番組内容
1990年、ベルギー空軍の戦闘機が緊急発進した。領空に侵入した飛行物体を確認するためだ。当時のパイロットは三角形の物体だったと証言している。レーダーでとらえたが、接近すると消えたという。地上での目撃者も数百人にのぼる。その3年後にイギリスで、2000年にはアメリカでも警察官らが同様の物体を目撃している。UFOか?軍用機だったのか?実際の警察無線の交信記録や再現を交えて検証する。(2014年カナダ)
出演者
【語り】渡辺徹
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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日本語
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