らくごのお時間【桂米朝さん「百年目」◆桂南光&立川談春】 2015.04.26


(福島)おはようございます。
「らくごのお時間」案内役のMBSアナウンサー福島暢啓です。
私は今大阪市北区の米朝事務所にお邪魔しております。
ここには先月89歳で亡くなった桂米朝さんの落語を収めたCDやDVDなどがたくさん並べられています。
その数ある米朝さんの落語の中からこの番組では代表作の一つ「百年目」をご覧いただきます。
米朝さんは1989年に出演したMBSのテレビ番組でこんなことを話していました。
師匠として一番好きな噺ってのは何なんですか?
(桂米朝)一番好きなって言いにくいでしょ。
3つ挙げぇ言うならまあ考えて…。
ほな3つ。
3つねぇ。
そうね私自身愛着があるのはまあ…こないだこっちで撮らしてもらいました実は今月に落語会で「百年目」を演じられた2人の噺家さんにお話を伺うことができました。
まずは大阪・梅田で行われた「南光南天二人会」で披露された桂南光さんです。
「百年目」という落語の旦那は米朝師匠やしほかのものも皆そうですね。
お奉行さんもそうですね。
そらほかにもたくさん噺家の方おられますけどそういうねもともと品格のある人を演じられるのは米朝師匠しかいなかったなと若いときから思ってましたね。
だから同じ落語でもやる人によってイメージが違いますからね。
すごい品のある噺やのになんか下品にする人もあるしそれはウケるだけのためにいらんこと言う人もあるしその反対もあるんですけど米朝師匠というのはやっぱりもともと持ってる自分の品格というものを大事に…。
というてあほな役も演じられてましたからね。
その「百年目」って噺なんか私は生涯できないと思ってたけどもうあれが4年…5年ぐらい前にその話をしたら「やったらええがな」って言われて「分かりました。
じゃあお稽古お願いします」って言うたら米朝師匠が「わしはもう忘れた」って言わはったんです。
「おまはんわしの何べんも聴いてるやろ。
DVDもあるさかいそれでやれるやろ」って言われて今年サンケイでやるんですけども。
米朝師匠に「おまはん勝手にやれるやろ」ってそう言われたことが米朝師匠になんか認めてもらえたのかなと思うのがとっても私はうれしく思うんでほんとは私の「百年目」を米朝師匠に聴いていただきたかったんですけどね。
そして大阪・森ノ宮で行われた独演会「もとのその一」で「百年目」を演じられた立川談春さんです。
僕は米朝師匠からですね「除夜の雪」という米朝師匠のネタをやることを許可していただきました。
それをどうしてもやりたくてご実子の米團治師匠にお願いをしたところもう米朝師匠は稽古はとてもつけられないけど「じゃあ聴いてあげるよ」って言われてやらしていただいて「きっちり覚えてくれたからどうぞやってくださいね」と言われました。
でこの噺をやるときに一つだけ「除夜の雪」って噺ですけどね「この噺は20分を切ってやれたらとてもいいと思うんやけどな」って言われました。
見透かされた気がしました。
僕の落語は長いです。
長いというのは説明過多という部分もありますがそれだけ…まあワードというか時間をかけないと伝えきれないという自分の思いがあるからです。
なぜ伝えきれないかというのが今日これからご覧いただく「百年目」を見るとよく分かると思うんですがどうしても演者としての立川談春をお客さんに伝えたいという本来落語のルールからすると余計な欲があります。
「百年目」のすごさ桂米朝の「百年目」のすごさというのはあれだけ美しくそして面白く重みがありながら桂米朝が…演者自身の顔がパッとのぞいてくるシーンが極力抑えてあるような気がします。
それが後進に残された人間にとってはどこかで顔を出してくださればそこの部分をヒントにして自分ならこうやるんだけどなと挑戦することができます。
それがあまりにも「百年目という噺をしているんだよ」と。
それがパーフェクトなのでどこから手を付けていいか分からない。
おそらく南光師匠がおっしゃっていることも僕が今言ったことと似通ったことだと思っています。
「百年目」を聴いていただいて落語が持つ本来の豊かさと落語が持つ本来の力それがこれから21世紀落語をやる僕らがどう…妙な言いようですが作り変えていって改悪になるかもしれないけど悪くはなるかもしれないけどできればそれが魅力につながっていくように生きていければというのが米朝師匠に対する恩返しだと思っております。
師匠長い間お疲れさまでした。
なんか今日いい人みたいだね談春さん。
桂南光さん立川談春さんありがとうございました。
それでは落語のお時間となりました。
桂米朝さんの「百年目」を44分5秒ノーカットでご覧ください。

(出囃子)
(拍手)「百年目」というこれも大変古いお噺でございますがまあまあ昔の船場辺りの大きなお店というものはまあ今で言えばそれは大企業とは違います。
違いますけどまあその時分やっぱり大阪で言えば船場辺りの古い商家となりますとまあ今の大企業ぐらいの値打ちはあったんでっしゃろがな。
まあそこの番頭さんなんかいうのは今の中企業ぐらいの専務とか常務さんとかいうようなことになりまんねやろけどもそれはなかなか人を使うのは使われる者には分からん苦労があると申します。
ところがその上の旦那というのはこいつはまたぼう〜っとしてるようでちゃんと目を届かすべきところには届かしとかないかんというんですわ。
この方が一枚上で難しかったかも分かりませんがこの小言を言うというのも難しいもんでございましてねやはり相手を見て小言の言い方を変えないけまへんですな。
うちの弟子なんかでもそうですわ。
やっぱりこいつにはポンポンと言うた方がええとかこいつはある程度ほっといた方がええとか一から十まで言わないかんやつがおったりいたしますしねいろいろでございますな。
なかなか難しいもんでっせこんなもんでも。
今も「くしゃみ講釈」っちゅうのやってましたがな。
舶伝というけったいな噺家がおりまんねん今。
なんや訳の分からん噺やってますんです。
不思議な男でございますが。
これ昔今の春團治君の弟子でして初めは春吉いうててねそれから小春から福團治になっていっぺんやめてまた帰って来て春輔になってからなんや名前よう知らん…。
もう覚えられんぐらい名前変えて破門されたりいろいろあった男でございます。
これが「くしゃみ講釈」うちに稽古に来たときにほんまに唐辛子の粉をくすべてね彼に体験させたんです。
ならもう真面目な男ですさかい根は。
まともにこうぐ〜っと吸い込みよった。
それがただの唐辛子やなかって七味でしたんでねいろいろなものが入ってたもんやさかいそれはもうくしゃみは出る咳は出る鼻水は出る。
それを私じ〜っと観察いたしましてね参考にさせてもろうたんでございます。
(笑い)ひところ彼それずっと言うておりました。
「米朝師匠のくしゃみ講釈は私が模せたようなもんや」いうて。
ず〜っとそれをネタにしておったことがございますがまああれで本人やれんようになってしまいましてね…「落語でやってあんなもんやない」言うてリアルにやったところが余計訳が分からんことになってしまいました。
変わった男でございましたがな。
まあ難しいもんでございまして。
まあこの男はまあまあ「くしゃみ講釈」とそれからあと2つか3つか教えましたけどだんだんややこしなってきてしょうもないところにばっかり凝るようになってきまして「不動坊」を教えたとき「屋根の上でションベンするのをリアルに勉強せないかん」言うてほんまに屋根へ上がってションベンしたりするようなやっぱり変わったところがございましたが。
まあ人を教えるのもなかなか難しいもんでございますが。
「定吉定吉」。
「へい」。
「さっきこよりを100本よれと言うたがまだよれませんのか?」。
「もう94本でんねん」。
「ああほなあと6本で100本やな」。
「もう94本で100本でんねん」。
(笑い)「ほなそこに出来てるのは6本だけかい」。
「そういうことでんな」。
「何を言いくさる。
黙って見てるとせっかくより上げたこよりで馬をこしらえてそれを畳に並べてトントンとたたいたらその馬が動く。
そんなことが何が面白いねん」。
「番頭はん何言うてはりまんねんこれ馬と違いまっせ。
馬にこんな角がおますかいな。
これ鹿でっせ。
この芸の細かいところを見てもらわないかん。
あんた鹿つかまえて馬やなんてほんまに馬鹿なことを」。
「何を…。
100本ぐらいのこよりにいつまでかかってんのじゃ。
さっさとより上げてしまい。
ああ〜つねいっとん何をしてんな?」。
「ちょっと姫路の福田屋さんへ出す手紙を書いておりますが」。
「お得意さんへの手紙は欠かさんようにしてもらわないかんがおとついやったかな?わしはそこの引き出し開けたら岡山の備前屋さんへ出す手紙がそこへ入ったままになってたな。
そんなとこ入れといて先方さんへ届きますのんか?」。
「えらいすんまへんうっかりしとりましたんで。
つい子供の手が空かなんだもんで」。
「子供?子供って誰のこっちゃ?おまはんが子供と違うかい?肩上げが取れて名前が変わったら一人前の番頭さんじゃと思ってなはるのか。
ろくざま仕事もできんけども体がむやみにずうずう大きなるさかいご近所の手前あんまりみっともないよってに旦さんにお願いして肩上げを下ろしてもろうたんじゃ。
今から人を使う身分じゃない。
なんで自分でおいどを上げなはらん?えっ?あんたなご親戚へ法事やなんかの日を知らして回るのと町内のお葬式の送りに立つのとそのほかなんか一人前にできることがおますかい?」。
「向かいのお店まで三足半で跳んでいきますが…」。
「しょうもないことを自慢しなはんな。
今から人を使うってな了見を持ってたらあかんで。
身にしみなはれほんまに。
きゅういっとん」。
「へい」。
「あんたな店先で本を読むのはやめなはれ。
どんなええ本でも店のはなで店番しながら読んでたんでは見た目も悪いしお客さんから声掛けられても本の方へ気が入ってるもんじゃさかいに受け答えがおろそかになります。
読みたかったらなお店閉もうてから読みなはれ。
そんな暇があるんやったらずっと見本棚見て回って欠けてるものはないかいっぺん調べてくるようにしなはれ!げんいっとんおまはん私が今この人に小言を言うてると横目でこう見てふふんと鼻の先で笑いなはったな。
ああいう笑い方はいかんで。
せせら笑いっちゅうやっちゃ。
人のこと笑えたお人やなかろうあんたかて。
えっ?このごろ何に凝ってなはんねん?隠さんでもよろしい。
知ってますわいな。
浄瑠璃の稽古をしてなはるな。
ちぃと身分が違えへんかい?あんたは今一生懸命商いの道の勉強をせんならんときだっしゃろ?浄瑠璃の稽古をしたかったら一家の主になって暖簾分けしてもろてからなんでもやったらよろしいがな。
それが暇さえあったら蔵の横手へ行って懐から小さい本を出して顔をしかめながらうがうがうがうがうがうが。
豚がぜんそく患うたような声出して見られたざまかい。
ちぃと謹んでもらわな困る。
ぎすけどん」。
「そ〜らきた」。
(観客たち)あははっ。
「そ〜らきた?あんた私が小言を言うの待ってなはったんだ。
待たれてんのなら言わしてもらいまひょ。
もうちょっと前へ出なはれ。
もうちょっと前へ出なはれ。
あんたゆんべどこへ行きなはった?」。
「へっ?」。
「お店閉もうてからゆんべどこへ行きなはったっちゅうてまんねん」。
「あの〜わてお風呂へ行かしてもらいました」。
「風呂屋へ行きなはった。
それは知ってますわいな。
みんなと一緒に出ていきなはったがじきに帰って来なはったな。
で慌てて着物を着替えるとそのまままた飛び出して根っから帰って来なはった様子がないわ。
私はうちの者が一人でも帰らなんだらよう寝ませんのじゃ。
寝返りばっかり打ちながらあんまり遅い。
ひょっとしたら私がうつうつっとした時分に帰って来なはったんかいな。
いやそんな様子はなかったがと思ってるとあれ12時もよっぽど回った時分にガラガラガラっと俥の音がした。
うちからちょっと離れた所でトンと梶棒が下りる音がする。
世間がし〜んとしてあるさかい手に取るようにこれが聞こえますのや。
若い女子の声でまたお近いうちにっちゅうたらしっ!っちゅうて猫を追うような声がして足音がうちの前まで聞こえてトントンとたたくと誰かが言いつかってたんじゃろ。
くぐりの開く音がしておかえりやすっちゅうたらまたしっ!と猫を追うておけはばかりさんと言うた声に私は確かに覚えがございますねん」。
「誠に相すまんこって。
そんなことまでご存じとは実は昨日お風呂へ行きましたらな伊勢屋のご番頭に会いましたんでそれで伊勢屋の旦さんのお謡の会があるっちゅうてなまあこれがその浄瑠璃の会やら小唄の会と違いまして謡の会となりますとやっぱりお客さんのお集まりが悪いのであんたご迷惑やなかったらちょっと聴きに来ていただけまへんやろかとこない言われましてな。
ほいで伊勢屋の旦さんの謡の会」。
「おおおおそれはええことをしなはった。
伊勢屋の旦さんのお謡の会あんな遅うまで謡の会やってましたんかいな?」。
「いや謡の会は早う済んだんでやすけどなそのあとに向こうのご番頭はんがえらいご退屈でございましたやろちょっとご気分直しにちょっとこんなことでも言われましてなちょっとおつきあいでちょっとミナミまで」。
「ほう。
南って堺か?和歌山か?」。
「そんな南やおまへん」。
「大阪のミナミでんねや。
ちょっと南地まで」。
「南地ってなとこへなんちに行きなはったんや?」。
「難儀やな。
へいもうほんのしばらくわあ〜!ってなことを言いに」。
「はあ〜わあ〜!ぐらい家で言えまへんのかいな?」。
(観客たち)あははっ!「難儀やな。
ちょっとヤチャへ上がって…」。
「ヤチャってなんじゃい?」。
「茶屋をひっくり返して言うてまんねや」。
「茶屋?また遠いとこまでお茶会に行きなはったんやな。
番茶か?玉露か?」。
「いやその葉茶屋と違いまんねん。
お茶屋でんがな。
まあちょっとあっさり騒いどいてなあとで娼妓でも買おうかっちゅうて…」。
「床几って腰掛けかい?」。
「違いまんねや。
その…はよ言うたら女郎買い」。
「これ!とぼけて聞いてたらようぬけぬけとそんなことまで言いなはったな。
なんぼ私が朴念仁でも南地というたらどんな所お茶屋というたら葉茶屋ではないぐらいなことは分かってますわいな。
なっ?娼妓というたら腰掛けやないぐらいなことは知ってます。
わしは誠に甲斐性のない人間でなこの年になるまでお茶屋のはしご段向こう向いて上がったことがない。
舞妓という粉は一升なんぼするのか芸者という紗は夏着るのか冬着るのか太鼓持ちという餅は煮て食うたらうまいのか焼いて食うたらええのか。
ひと切れも味おうたことがございまへんねん。
そんな人間の前でようぬけぬけとそんなことまで言いなはったな。
えっ?あんたなこれなんやと思いなはる?ここのお店でいちばん大事な帳場の鍵。
私が来年にでも別家をさしてもろうたらこれはあんたに預かってもらわななりまへんのやで。
ほかの若い者とおんなじように私にこんなこと言われたらあんた恥ずかしいと思いなはらんか。
そんなこと言われてもええお人やおまへんやろ」。
「誠にどうも相すまんこって。
昨晩のところは私ので…でけどこ…で…でけどこない…でけで…」。
「物もあんじょう言えないやなんて。
もうよろしい。
なっ。
ちぃと気ぃつけてもらわな困りまっせ。
あんたとわしがこんなこと言うてたらほかの若い者のええ笑い者になるわ。
立ちなはれ。
立ちなはれ。
私が立てと言うてるときに立たなんだら立つ潮がないようになりまっせ」。
「私も立ちとうございまんねやがしびれが切れて…」。
(観客たち)あははっ。
「あんたいくつになんねんなもう。
あきれ果てたお人やもう。
もうよろしい。
こんな人に任しといたらお得意さんなんかどういうことになってんのか分からん。
ちょっとな今からお得意さんひと回り回ってきます。
子供履物そろえよ」。
「へ〜い!・毛虫が出ていく」。
「誰が毛虫や」。
(観客たち)あははっ。
「いやぼちぼち時候がようなったさかいなあの〜もう毛虫の出る時分かいなと思って」。
「何を言いくさる。
旦さんにはな番頭はお得意さんをひと回り回って日が暮れまでには帰りますとそういうふうに申し上げておくれ」。
「どうぞお早うおかえり」。
「お早うおかえりやす」。
「お早うおかえりやす」。
「お早うおかえり」。
「定お前今舌出したな」。
「そんなこと…」。
「前のガラス障子に映ってある」。
(観客たち)あははっ。
「この舌出すんと違いまんねんで。
私年がら年中舌が口の中でおねおねしててかわいそうやさかいな時々ぴゅっとこう世間を見せてはりまんねん。
舌出すっちゅうたらあんなんと違いまんねん。
舌出すっちゅうたら…ええ〜!」。
「極道めが。
ではおたのもうします」。
「どうぞお早うおかえり」。
「はい」。
収まって家を出まして道なら半町ばかり来たところで横からポイと飛び出してまいりましたのは頭をツルツルに剃りましてぞろっとした着付け。
尻からぎをいたしまして海気のパッチを見せてどっから見ても太鼓持ち丸出しっちゅう格好で扇子をパチパチ鳴らしながら…。
「も〜し次さんも〜しわたいだ」。
「しゃいしゃいしゃい」。
「次さん…」。
「これはこれは近江屋のご隠居でございますか。
えらい所でお目にかかりました。
今日はちょっと心急きでございますんでいずれまた。
失礼。
御免」。
「何を言うてはりまんねん。
次さん私だっしゃやないかい。
も〜し次さん」。
「2〜3日のうちにお伺いしてお話を承らせていただきます。
今日のところはちょっと心急きでございましてごめんやす」。
「何を言うてはります。
私だっしゃやないかいな。
も〜し次さん」。
「そこへ入れあほ!ちっ!気の利かん太鼓持ちやな。
家の近所でこの町内でそんな色街の人間丸出しっちゅう格好で声掛けられてたまるかいな」。
「あんたにぼやかれたらわて立つ瀬がないがな。
あんた店の連中ははよ行って呼んでこい言うし。
第一前を通ったらあんたじきに出てくるっちゅう約束だしたやないかいな」。
「そうそうそういっぺん通ったら分かってるわいな。
こっちも待ってたように出られへんさかいに店の者にひととおり小言を言うてきっかけをつけてそれから出てこうと思ってんのにお前が前をうろうろうろうろするさかい店の者がおかしいに思わへんかいなと思って気が気じゃないがな」。
「わたいかて気ぃ遣うてまっしゃやないかい。
こんな格好でうろうろしたらいかんと思うさかいラオシカ屋に銭10銭やってラオシカ屋の荷借りて…」。
「それがいかんっちゅうねんお前。
ラオシカ屋に化けるなら身なりから変えてこい。
そんな派手な着物着てラオシカ屋の荷担ぐさかい余計おかしいやないか。
うちのつねきちやったかえらいええべべ着たラオシカ屋が通ってますって言うたときはわしは脇の下から汗が出たがな」。
「ははっわやや!」。
「わやややないがな。
ほんで船はどうなった?」。
「さあさあそれでんねやがな。
えっ?言わんでもええのに辻梅のあね貴が枡屋へ行ってちょろっとしゃべったもんやさかいに枡屋の連中が承知しますかいな。
わたいらにないしょで花見に行くとはけしからん」。
わても行く!わても行く!っちゅうことになってしもてなこちょねはんが来るのんぱっつぁんが来るいつもの枡屋の顔ぶれが皆来ることになってしもうた。
そうなったら言うてたような茶船ではあかんさかいないちばん大きい大屋形を1艘あつらえて…」。
「おいおいおいそんな手荒いことしてくれたらどうもならんやないかいな。
屋形船?ちっ。
う〜んで船はどこにつないであんねや?」。
「東横堀の砥石屋の浜」。
「あかんあかんあかん。
あそこにはな近所にご親戚が1軒あんねや。
見られたら騒動やないか」。
「どないしまひょ?」。
「高麗橋の詰めへでもつなぎ替えといて。
でわしはじきに行くよってにお前ひと足先帰って。
分かったか?」。
「へい分かりました。
じきに来とくんなはれや」。
使いの太鼓持ちをひと足先に帰しましてこの番頭さん2〜3町こう離れた所に路地の入り口に駄菓子屋がございまして冬は焼き芋を商うてる夏はかき氷なんかを商売してるというようなとこ。
ここの2階にたんすがひとさお預けてございます。
ここで店のお仕着せ木綿もんを脱ぎ捨てて自前の着物に着替えます。
下に着る肌襦袢というのが目の細かい天竺金巾に八王子の襟の掛かったという。
その上に着る長襦袢がこれが自慢の品でございまして京へさして別染めにやります。
その時分大阪でももう染め物屋はなんぼでもございますけどやっぱり京染というのはちょっと一段格が上でございましてなわざわざ京へさして染めさしたという。
鶯茶に大津絵のひと筆書きを散らしたという極粋なもんで。
その上に対の着物。
羽織のひもから帯からタバコ入れ持ち物に至るまで一分の隙もない立派な旦那が出来上がりました。
白足袋に細鼻緒のぜいたくな雪駄をつっかけましてちゃらちゃらちゃらちゃらちゃらちゃらと高麗橋へやってまいりました。
「来はったし。
次さんこっちだっせ!ちょっとちょっと次さん遅うおまっせ!」。
「迎えに来いでもええ。
迎えに来いでもええ。
静かにしとけ。
船頭船頭手ぇ取って手ぇ取って。
ああ〜もうやいやい言うのやあらへんがな。
けんたいにいける花見やないってあれほど言うてあるやないかいな」。
「そうかてなぁなんぼ待っても来はらへんしわてら仏さんのないお堂の守りしてるようなもんだっしゃないかいな」。
「それより船頭早いこと船出して。
早いこと船出して」。
「お履物直ってまんな。
ほな行きまっせ。
んとしょ」。
「やあやあ言うたってあかんねやな。
つらいねや。
せまじきものは宮仕えっちゅうてなやっぱり気ぃ遣いながら花見しとってもせんならんやないか」。
「そうかて私らそんなこと言うたかてなあお花見に行こういうてみんな陽気な気分になってまっしゃないかいな今日は」。
「まあまあそら…。
あのな酒もなあんまり飲まれへんねん。
うん。
あといんで帳場へ座らんならんさかいな。
お前らぎょうさん飲んでや。
お前らぎょうさん…。
そうそうそう飲みぃな飲みぃな。
ああ〜いやいやほんまにせまじきものは宮仕えとはよう言うてはるわいな。
ああ〜障子を開けたらいかん。
ちゃんと閉めぇ」。
「今日蒸しまっせ今日あたり」。
「いやいやこの屋形船ってのは陸歩いてる人がやなどうしてものぞきたがるねや。
ひょっと知った顔にでも会うたら難儀やさかいに閉めぇ閉めぇ」。
「ちょっとだけ開けときまひょ」。
「ああ〜ぴしゃっと閉めて」。
「ほな大川へ出たら開けてもよろしゅうおまっしゃろ?」。
「いやいやまた今日は花盛りやさかいに屋形船いっぱい出て船と船とがすれ違うときにひょっと向こうからのぞかれてひょっとお得意さんでも目ぇ合わしたりしたらまたえらいことになるさかいちゃんと閉めて。
ちゃんと閉めて。
物もあんまり大きな声で言わんように」。
「なんや島流しの船みたいやわ」。
(観客たち)あははっ。
「こんな陰気なお花見知らんわ。
閉めきってしもうたらな景色もなんにも見られへんがな。
わたいら近所へな今日は桜ノ宮へ花見に行くいうてみんなに言うてまんねやで。
よう咲いてましたか?よう咲いてるような具合だしたそんなん言われへん」。
「穴開けてのぞいたらええねん」。
「からくりやがなまるで」。
「桜の匂いかいどいたらええ」。
「よう咲いてるようなかざがしてました。
そんなあほなことが言えますかいなもう」。
「えっ?なんじゃいな。
もう返ってきたんかいな。
わしに勧めんといてや。
うん。
まあまあまあまあどんどん飲みやみんなは」。
ごちゃごちゃごちゃごちゃ言いながらちびちびちびちび。
船足の遅い大屋形で東横堀から桜ノ宮。
ちびちび飲んでましてもだんだんだんだん酔いは回ってまいります。
もう桜ノ宮が見えるという頃合いになるっちゅうと出来上がってしまいましたな。
「お〜い船頭はんちょっと1本…もういっぺんそこあの…絞ってくれ手拭いを。
手拭いを絞ってくれ。
ああ〜よう蒸すやないかいな。
ええ〜?なんや暑いと思ったら誰や?こない障子閉めきって」。
(観客たち)あははっ。
「あんたが閉めぇ閉めぇって閉めさせなはったんやおまへんかいな」。
「子供やあるまいしちょっと開けたらどうや?」。
みんなもひと風欲しいなぁと思ったところでございます。
さ〜っと障子を開けますというと桜ノ宮がひと目に見えます。
今日は満開というわけですな。
花の下でどろつくどんの散財をやってるものがあるかと思うと物静かに家族連れで見てる人がある。
こっちでへどついてるやつがある。
向こうではケンカしてるやつがある。
千差万別の春景色でございます。
「さあ皆ゆっくり上がって見といで。
ゆっくり上がって。
えっ?いやいやわしは出られん。
わしはここにいててこっからこう遠目に花を眺めてます。
皆上がって気根かいに花を見てきたらええさかい」。
「そんなこと言うたかて…」。
「あっ一人だけ残れ。
誰か酒の酌するやつがおらなんだらいかん。
一人残ってあとは皆…」。
「私らだけで上がれますかいな次さん。
あんたも上がってもらわんと。
次さんあんたのお顔が知れなんだらええ。
私に任せて」。
「何を言うてんねん」。
「まあまあまあまあこの扇子を広げてなこれをおつむの上にこうのせますわ」。
「な…何をすんねん?」。
「ちょっとちょねやんしごき貸して。
しごきでなちょっとくくってもらいたい。
ぐっとくくってなそれで結び目はこう後ろへこうやるやろ。
ほたらこれ顔が見えまへんやろ」。
「えっ?なっ…何?」。
「まあちょっと…」。
「えっ?」。
「前がパラッと…。
片肌脱がしましょ。
片肌脱ぎなはれ」。
「何をすんねん。
おいなんてえらいこと…」。
言いながらもね別染めの長襦袢を見せたいというような気持ちもありますさかい…。
「ええ〜」。
言いながら抜かれてしもうた。
「粋なお襦袢やこと。
どうですな〜。
前が髪がパラッとなって後ろへさっと…。
こないだな中のお芝居で見た右團治さんの「石橋」そっくり」。
「ほんにそうやわ。
ようよう!高島屋!」。
「さあさあ立ちなはれ。
お立ちやす」。
「な…なんじゃこう…。
何をすんねん」。
「気ぃつけとくんなはれや。
あっ歩み歩み…。
はまったらあきまへんで。
そうそうそう気ぃつけて気ぃつけて」。
「よ〜しこうなったらもうめんない千鳥じゃ。
だれかれなしに捕まえて酒にしようか〜」。
「きゃあ〜!」。
と大変な騒ぎでございますが。
こんな人ばっかりやない。
なかには物静かに花を眺めてる人もございます。
「玄白さん足はくたびれやせんかな?」。
「いえ足に年は取らしまへん」。
「はあ〜こんなもんかな。
梅と違うて桜はなんとなしに騒々しいていかんわいな。
うう〜あっち…」。
「いえあっちの方にまだ八重やらぼたん桜やいろいろございますさかいな」。
「あっち回って帰ることにしましょうかな」。
「旦那…旦那」。
「なんじゃ?」。
「あそこでな芸者や舞妓に取り囲まれて踊ってんのあれおたくの番頭はんと違いますかい?」。
「何を言うわいな。
次兵衛があの半分のまねでもしてくれたら何言うことがあろう。
あれはちょっと硬すぎる。
日増しの焼き餅っちゅうやっちゃな。
今日も若い連中に小言言うてんの聞いてたら舞妓という粉は一升なんぼすんねやとか太鼓持ちという餅は焼いて食うたらうまいとあほみたいなこと言うた。
あんなん見たら目まかしよる」。
「いいえ。
あれは次兵衛どんに違いおまへんで」。
「えっ?玄白さんもちょっとお目が悪いらしいな。
ならちょっと眼鏡を掛けてうちの番頭に似た人のお顔を拝ましてもらおうかいな。
どれじゃて…」。
「玄白さんあれは次兵衛やがな」。
「違いおまへんやろ」。
「なんじゃありゃ。
太鼓も太鼓持ちも丸飲みやないかいなあれ」。
(観客たち)あははっ!「えらいことやっておるな。
いやいやこんなところ顔見せてやってはかわいそうじゃがどうしょう?」。
「えっ?」。
「今更後戻りもできずあの横をすり抜けて帰るとしましょうか」。
ええ旦那ですが番頭をてれさせたらいかんちゅうんでそ〜っとすり抜けようとすると酒飲みっちゅうやつは嫌がってるっちゅうことがじきに分かるらしい。
右へ寄ったら己も右。
左へ寄ったら自分も左に回って通さんように通さんようにする。
「ちょっと通しておくれ」。
「こら何なん逃がさんぞ!さあさあさあさあ!」。
「ああ〜こら人違い…」。
「なんの人違い。
捕まえて酒飲ます。
さあこっち来い。
さあ茂か一八か?どうじゃ?」。
「こら堪忍しとくれ…」。
「何を…こら待て。
そら捕まえたぞ。
こらさ面見せぇ面見せぇ。
誰?あっ!」。
「うう〜!」。
「こらこらこら次兵衛どん何を…何をすんねん。
そんな所へ手ぇついておじぎしてもうたら困る。
べべが汚れるやないかいな。
これ!」。
「これはこれは旦さんでございますかいな。
長らくご無沙汰をいたしております。
承りましたるお店も日夜ご繁盛やそうでお元気そうで…」。
「何をあほなこと…。
年寄りつかまえて仁輪加の相手をさすのは殺生じゃ。
これかなわんな。
皆さん方これはなうちの大事な番頭さんじゃてケガささんように遊ばしてやってくだされや。
ご如才もあろまいが日が暮れはちょっと小早ううちに帰してやってくだされ。
お願いをいたします。
玄白さん行こうか。
ああ〜汗かかしよったな」。
「次さんいつまで地べたでおじぎしてはりまんねん?もうあっち行ってしまはりましたで」。
「誰やわしを船から上げたんは!」。
「あんたが上がらはったんやおまへんかいな。
今のお方一体どなただんねん?」。
「どなたもこなたもうちのお店の親旦那や!」。
「まあさようか。
まあ粋なお方だっしゃやないかいな。
船へ来て一緒に飲んでもらいまひょ」。
「あほ言え。
ああ〜おらもう帰る」。
「帰るって船は?」。
「船みたいな悠長なもんで帰れるかい。
ちょっとあのなこの連中どっかでご飯でも食べさせていなして。
2〜3日で行くさかい」。
「あの〜…」。
「ああ〜船みたいなのに乗ってる間ぁない」。
酔いも何もさめ果てて真っ青になります。
取って返しましてまた焼き芋屋の2階でお店のお仕着せ木綿ものに着替えますっちゅうと…。
「ただいま」。
「おかえりやす」。
「番頭はんおかえり」。
「おかえり」。
「おかえりやす」。
「旦さんは?」。
「へい番頭はんがお出かけになってすぐあとなお医者さんの玄白さんと一緒に桜ノ宮へ花見に行くっちゅうてお出かけになりましたが」。
「やっぱり」。
(観客たち)あははっ。
「ちょっとな最前から気分が悪いねん。
ちょっと頭も痛いしすまんけど2階へ床を取ってもらいたい。
それでな湯飲みに水を1杯持っていっといてんか。
旦さんがお帰りになったらな番頭はちょっと気分が悪いので失礼して横にならしていただいておりますとそない言うて。
頼む。
頼む。
ああ〜!はぁ〜。
なんと思って船から上がったんやろ?12の年から当家へ奉公して暖簾分け目の前に河口で船割ったか。
ああ〜!夢なら覚めてくれ。
夢やないなぁ」。
(観客たち)あははっ。
「はぁ〜どうしよう?」。
「玄白さんえらいおつきあいをさせました」。
「いいえお誘いがなかったら今年は花を見損なうところでございました。
おかげさんで今年も花見をさせていただきました。
ありがとうさんで」。
「いやいや長道を歩かしてどうもすまんこってございました。
いやいやそれはなお内儀へのお土産に。
初めからそう思うて包ましましたんでどうぞ」。
「いつも相すまんこって」。
「いやどうぞ今度は歌朴さんとこの運座でまたお目にかかりましょう。
どうもごめんやす。
ただいま」。
「おかえり」。
「旦さんおかえり」。
「おかえりやす」。
「おかえりやす」。
「番頭どんは?」。
「へい最前帰って来はりましたけどちょっとあんばいが悪い…気分が悪いとか頭痛がするとかいうてちょっと失礼して横にならしていただきますっちゅうてお店でふせってはりますが」。
「番頭どんがあんばいが悪い?それはいかんなぁ。
玄白さんいなすんじゃなかったなぁ。
えっ?いやいやあれはうちの番頭じゃでなそんな置き薬ではいかんで。
じきに見てもろうて事と次第によっては入院でも…」。
「うう〜!皮肉なことおっしゃるなぁ。
ああ〜えらいことしてしもうたな。
なんと思うて船から上がったんやろ?今日はなんちゅう日やろ。
ああ〜はよ呼びに来い。
こうしてるうちに呼びに来られるわな。
どない言わはるやろな?番頭!なんじゃい今日のざまは!。
うちの旦那はそんな荒い言葉は掛けへんな。
あの人はもっとじ〜っくり来るで」。
(観客たち)あははっ。
「長々勤めてもろうたなぁ。
ああ〜」。
(観客たち)あははっ。
「ああ〜はよ呼びに来い。
蛇の生殺しはかなわんで。
ああ〜」。
一人気ぃもんでるうちに下の方はいっぺんわぁ〜っとにぎやかになったあとし〜んと静まり返ってどうやら皆寝てしもうたようなあんばい。
「ああ〜みんな寝てしまいよったな。
はは〜ん明日か。
請け人を呼んでいっぺんに話をつけてしまおうっちゅうやっちゃな。
そうと決まったら嫌な思いするだけ損じゃ。
今晩のうちに逃げてこましたろか。
そうや。
ここのたんすにあるのんとあの駄菓子屋の2階のたんすのんと合わしたらこの着物売るなと質に置くなとしたら小商いの元手ぐらいは出るわい。
なっ。
ああ〜いろいろ着物こしらえといてよかった。
長襦袢もこれにしよう。
こいつはちょっと金のかかったやっちゃ。
あっちにもあれがあってあれがあってあれが…。
タバコ入れもええのんだけ持っていこうな。
よいしょ。
待てよ。
こんな大きな荷をやな夜中にこうやって歩いてたら警察に捕まるでこれ。
自分の着物で捕まるってのはこんな情けないことないな。
盗人と間違えられんように…そうや着ていったろ。
なっ。
着ていくことにしよう。
長襦袢でもこの2枚は着られるやろ。
なっ。
2枚は着てなその上からこうなったら金のかかったええのんだけ着て着物も2枚着てな残りをまとめたらそんな大きな荷物にはならんが…。
しかしまだあかんと決まったわけやないねん。
なんちゅうても初めてのこっちゃさかいな請け人と話してまあ今回だけは大目に見ようってなことになって部屋へ来てみたらもぬけの殻でたんすも殻。
ああ〜やっぱりおいどが座ってなかったんじゃと憎しみがかかって生涯ここへ出入りができんっちゅうことになる。
これやっぱりおった方がええわ。
おった方がええな。
なんちゅうても初めてのこっちゃさかいなそないに気ぃ短うせいでも…」。
「けどこっちはなそれほどと思わいでも向こうにしては許せんっちゅうことかも分からん。
人間欲目があるさかいな。
やっぱりこれは逃げた方が得や。
逃げた方が得や。
なっそんな…。
うちの旦那もええ人やさかいなまあこうと言うだけ言うてということにならんともかぎらんが…。
いやいややっぱり…。
ああ〜…」。
番頭着たり脱いだり畳んだりもう何がなんやら訳が分からんようになってしもうた。
しまいにはくたびれ果ててしもうてもうどうなとなりやがれと思って寝てしまいますとろくな夢見まへんわな。
警察行ってどつかれてる夢見る。
はっ!と目ぇ覚ましたらびっしょり汗かいてる。
またとろとろっと寝ます。
今度はお詫びがかのうて店で一生懸命働いてる夢を見る。
やれうれしやと思ってたら足元の土がざ〜っと崩れて谷底へさして体がぶ〜ん…。
「ひゃ〜!」。
ふっと目ぇ覚ましたらびっしょり汗かいてる。
地獄でんなこうなったらもう。
とろとろとろとろしてるうちに東がじ〜っと白むともう寝てられやしまへん。
パッと飛び起きますというと表へ出てガラガラガラガラ大戸を開けだした。
びっくりしたんは丁稚連中で…。
「番頭はん何してはりまんねん。
私が掃除…」。
「掃除わしがする」。
「何を言うてはりまんねん!ほうき貸しておくんなはれ」。
「ほんならわしは水を打つわ」。
「番頭はんそれ私の役でんねや」。
「かまへんかまへん。
お前帳場へ座って」。
「そんなことができますかいな」。
(観客たち)あははっ。
わあわあわあわあ言うてるうちにご飯も済みちゃんと店が落ち着いてみるともうしょうがないさかい結界の中へ入りまして座って帳面を広げたがもう目も何も見えてはない。
ぼう〜っとしてはる。
旦那の方はいつものように朝早う起きましてうがい手水に身を清めて神前仏前の朝の行事を済まします。
自分も居間へ座りまして上等の刻みをキセルに詰めて一服。
その吸殻を灰吹きに空けるコ〜ンという音が番頭の胸へコツン!「ごほっごほっ。
これ子供…あっ定吉か。
番頭どんはどうしてなはる?」。
「番頭はんやったらな今朝一番に飛んで起きて大戸開けて表に水打って…」。
「何を言うとる。
誰がそんなことを聞いてますのん。
番頭どんは今どうしてなさる?と聞いてますのじゃ」。
「あの…帳場で帳合いをしてはりますが」。
「わしがそう言うてるってお手間は取らしまへん。
ちょっとこれまでと」。
「へい」。
「あの〜番頭はん旦さんがなお手間は取らしまへん。
ちょっとこれまでと言うてはりますが」。
「きたか」。
「えっ?」。
「あかん。
どう考えてもあかん」。
「あの…旦さんがなちょっとこれまでと言うてはりまんねん」。
「ええいなるようになりやがれ」。
「あのな…もし番頭はん」。
「うわっびっくりした!」。
「こっちがびっくりした。
旦さんがお手間は取らしまへん。
ちょっとこれまでと言うてはりますが」。
「今行くっちゅうとけ!」。
「行ってまいりました」。
「どう言うてなはったな?」。
「今行くっちゅうとけ!」。
(観客たち)あははっ。
「なんじゃそれは。
うちの番頭どんがそんな物の言いようはなさらんじゃろ。
よしんばそう言うたにせよそちはここへ来たら手をついて番頭さんただいまこれへお越しになりますとなんで丁寧に言わん?なんじゃその膨れっ面は。
人がちょっと小言を言うたさかいっちゅうてそんな顔をするやつがあるかい!だんだんだんだん生意気になりくさって。
米の飯がてっぺんへ上ったとは貴様のことじゃ!」。
後ろで聞いてる番頭のつらいこと。
(観客たち)あははっ。
小言が丁稚飛び越えて自分の方へうわ〜!「誰じゃいなそこでぺこぺこ頭下げてんのは。
番頭どんやないか。
何をしてなはんな。
もうもうこっちへ入っておくれ。
さあお座布当てなはれ。
遠慮せいでもええ。
当てさせようと思って出した座布団じゃ。
うちで遠慮はいらん。
遠慮というのはな外でするもんや」。
(観客たち)あははっ。
「ああ〜!」。
「そういちいちおじぎされたら話ができんやないかいな。
えっ?いやいや今お茶が入ったさかいな飲んでもらおうと思って…。
さあさあ茶菓子の羊羹つまんでおくれ。
いや今帳場の方はかまわんかい?ちょっとぐらい。
話し相手になってもうて。
まあそうかそうか。
さあさあまあお茶飲みなはれ。
いやいや毎日ご苦労さん。
今もああやってなちょっと子供に小言を言うたらじきに膨れっ面をしよる。
ああ〜それもこっち見るのは嫌じゃけれどもやっぱり言うべきことは言わないかん。
そのへんの手綱の締め具合緩め具合大抵のこっちゃなかろう。
なっ。
しかしまあこんたの丹精で大福帳が年に1冊ずつ汚れていく。
ありがたいこっちゃと思うてます。
妙なことを聞くがなあんた一家の主を…旦那というのはどういうとこから来てるか知ってなはるか?知らん?そうじゃろうな。
この年になるわしが知らなんだんやさかいな。
この間ご法談で聞いてきたんじゃが旦那というのはこの寺方…仏教の方から来た言葉やそうなな。
天竺というても今のインド…あれ五天竺あるそうな。
そん中の南天竺という所に赤栴檀という見事な木があるんじゃて。
見る人褒めざるなしという名木じゃがこの赤栴檀の根元に難莚草という雑草がはびこる。
これが誠に見苦しい草でな。
難莚草がどうも邪魔になる。
赤栴檀は結構じゃがこんなもんむしり取ってしまえというので難莚草をきれいに取り除くとこの赤栴檀が枯れるんじゃて。
これはつまりこの根元で難莚草がほこえては枯れはびこっては枯れするのが赤栴檀にまたとないええ肥やしになってこれが育っていく。
でまた赤栴檀が下ろす露が難莚草にはこのうえないええ肥やしになる。
でまあ寺方と在家というものはこういう間柄じゃというので赤栴檀の「だん」と難莚草の「なん」を取って「だんなん」というのはこれから始まったと。
まあまあ年寄りの耳学問じゃ。
間違うてても笑うてくださるなじゃがわしゃええ話じゃと思うたな。
有無相持。
世の中はこれやなかったらいかんわいな。
まあここのうちで言うたらさしずめわしが赤栴檀。
こんたは難莚草じゃ。
この赤栴檀こんたという難莚草のおかげでえらほこえにほこえさしてもろてます。
及ばずながらできるだけ露も下ろさないかんと思ってますが店へ出ると今度は番頭どんこんたは赤栴檀で店の若い連中が難莚草じゃ。
店の赤栴檀はえらい馬力じゃが店の難莚草がちょっとぐんにゃりしてへんかな?いやいやこれはわしの見違いじゃろうと思うがなもしも店の難莚草が枯れたら店の赤栴檀のこんたが枯れる。
こんたという難莚草に枯れられたらこの赤栴檀ひとたまりもない。
我が身かわいさに言うと思うか知らんがなまあまあ老婆心までに申します。
店の難莚草にもほどほどに露を下ろしてやってくだされ。
おたのもうしますでな」。
「なんともありがたいことでございます!」。
「大層に言いないなそない。
さあさあお茶が冷めてたら入れ替えるで。
羊羹つまんでおくれ。
時に昨日はお楽しみで…」。
「ああ〜!お得意さんのお供でございまして…」。
「そうかいなそうかいな。
お得意さんのお供か仲間内のおつきあいか知らんがなああいうときは使い負けしてもろうては困るで。
先さんが100円使いなはったらこっちは150円。
向こうが150円ならこっちは200円という馬力でなそうせんといざというときに商いの切っ先が鈍りますでなまあまあ昨日の様子ではそんなぶざまなことはしてないとは思うがな。
しかしおまはん器用なもんじゃな。
あれいつあんなこと覚えたんや?あれ越後獅子の「・なんたら愚痴だえ〜」っちゅうとこやったやないか。
あんなこと…ええっ?おまはん不器用な人やったのにな。
あれは12ぐらいじゃったかな。
うち肥えくみに来てた猪飼野のお百姓の世話でおまはんやってきたわいな。
色の黒い痩せた子でええかいなと思ってたが来るなり寝ションベンたれしたな。
死んだ婆どんが癇性病みじゃったんでいなす!っちゅうのをまあまあまあまあと言うて。
寝ションベンにええやいとがあるさかいっちゅうて聞いてきて灸点を下ろそうと思って背中裸にしたところがあんまり色が黒いんで墨で点下ろしたら分からん。
おしろいで灸点下ろしたの覚えてるかい?ふた桁の寄せ算覚えるのに半年かかる。
2つ用事言いつけたら1つは必ず忘れる。
買い物に行かしたらおつり落として泣いて帰る。
世にも不器用な子やったのに昨日の手つきの器用なこと。
どうじゃいな。
ええっ?ここに孫の太鼓があるわ。
これたたくさかいちょっと踊ってみ」。
「旦さんもうどうぞご勘弁を」。
「あの慌てることどうじゃい。
正直者じゃな。
今度の戎講には逃がさんで。
戎講まで預けとこう。
うんうん。
しかしな番頭どん気ぃ悪うしてもろては困るが実は…ゆんべ帳面を調べさせてもらいました。
あんなところを見たんでひょっと帳面に無理でもできてやせんかと思って夜通しかかってあらましのところを調べさせてもろたがこんたは甲斐性者じゃな。
帳面にはこっから先の無理もない。
甲斐性で稼いで甲斐性で使いなさる。
立派なもんじゃ。
世の中には沈香もたかず屁もこかずってな人があるがなそんな人には大きな仕事はできんわいな。
やんなされやんなされ。
わしもまだ老い朽ちた年やないでな今度誘ってやな。
まあつきあわしてもらうさかいな。
ああ〜けど昨日はおまはん妙な挨拶をしたな。
えっ?桜ノ宮で会うたときに長らくご無沙汰をいたしております。
おうわさを聞きますととかなんとか長いこと会わなんだようなこと言うてたがあれは酔うてたんじゃろうな?」。
「何をおっしゃるもう。
ひと目お顔見た途端に酔いも何も消し飛んでしまいましたけどあの場合ああ申し上げるよりしょうがございませなんだ」。
「なんでかいな?」。
「えらいとこ見られた。
これはもう百年目じゃと思いました」。
(拍手)
(受け囃子)
(桂壱之輔)「なんと今1泊7800円」。
「らくごのお時間」。
次回は桂壱之輔さんの落語をお届けします。
5月24日放送。
どうぞお楽しみに!「金くれ!」。
「はっきり言うたなお前」。
2015/04/26(日) 04:35〜05:30
MBS毎日放送
らくごのお時間[字]【桂米朝さん「百年目」◆桂南光&立川談春】

<第22回>桂米朝◆「百年目」▽3月に惜しまれつつこの世を去った米朝さんの十八番をお届けします。桂南光さん、立川談春さんが語る「米朝さんの思い出話」も。

詳細情報
◎この番組は…
月に1回、寄席小屋を訪れて、脂の乗った落語家の落語を1席お届けします。
番組内容
今年3月19日、惜しまれつつこの世を去った上方の至宝、桂米朝さん。
MBSでも数ある米朝さんの落語の中から「はてなの茶碗」「地獄八景亡者戯」「鹿政談」など放送しました。今回の『らくごのお時間』では米朝さん十八番の一つであり、各局の追悼番組でも放送されていない名作「百年目」をお届けします。
さらに、この4月に大阪の舞台で「百年目」をされた桂南光さん、立川談春さんからの思い出話しを加えての1時間です。
◎◎百年目◎◎
堅物で知られている、ある庄屋の番頭さん。実は時々裏でこっそり遊んでいた。芸者をあげて花見かなんかをしているのを旦那さんに見つかった。そこからあたふたする堅物の番頭さんと旦那さんとのお話。
 
出演者
【落語】
桂米朝
【思い出語り】
桂南光・立川談春
【案内人】
福島暢啓(MBSアナウンサー)
公式HP
■番組HP

http://www.mbs.jp/rakugotime/

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
バラエティ – お笑い・コメディ
福祉 – 文字(字幕)

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