第05話 適合率-2
「あれ?」
門が大きく開け放たれ、目の前に広がる光景にアタカは声をあげた。門の外に街道が整備されていた今までの門とは異なり、そこにはただ広大な草原が広がるばかり。竜使い達も今までの様に纏まって行動することなく、思い思いの方角に向かっていく。
「この先に街があるわけじゃないし、ケセド平野は広いからね。街道は無いの」
アタカの疑問を汲み取り、ルルはそう説明した。
「私たちも西側は初めてだから、気を引き締めていかないとね」
サハルラータは、ケセド平野のど真ん中に位置している街だ。そして街を中心として、東西南北の4つのエリアに大まかに分けられている。同じ平野ではあるが竜の生態系が異なっており、北東……つまりは世界樹に近ければ近いほど、竜は強くなる。
アタカがフィルシーダからサハルラータへと来る際に通った道は南部に当たる。西部である今回の狩場は、そこよりもワンランク上の竜が住んでいるらしい。
「カクテ」
「はいはい、わかってるよ。あんまりあの姿好きじゃないんだけど……」
カクテはぶつぶつ言いながらウミに手を当て、命じる。
「ウミ。『吉弔』オン」
ウミの姿が光り輝き、見る間に巨大に膨れ上がっていく。そして現れた亀龍の姿に、アタカは目を丸くした。
「吉弔を使えるのか……!」
魔力結晶を使わなかったという事は、ウミは吉弔を完全に定着させているという事だ。魔力結晶を幾つ使えば完全に定着するかは、適合率や相性によるが平均5個。最低でも3つは必要であるといわれている。つまり、それだけの数の吉弔を彼女達は倒したという事だ。
「さ、乗った乗った!」
ウミはその巨躯を地に伏せ、頭を垂れる。その背はアタカ達三人にクロが乗っても尚余裕があるほどの大きさを備えていた。アタカとムベで倒した野生の吉弔よりも、やや大きい。先日の模擬戦で、もしカクテが吉弔で戦っていたらアタカは一勝も出来なかっただろう。
『君と組んでくれるような酔狂な竜使いは殆どいないだろうし、組めたとしても役に立てないかもしれない。それどころか、足手纏いと呼ばれるかもしれない』
旅立つ前に、市長に言われた言葉がアタカに重く圧し掛かった。
三人と二匹を乗せて、ウミはのしのしと草原を歩いていく。その歩みは見た目相応にゆっくりとしたものではあるが、何せ大きさが大きさだ。動作自体は遅いものの、歩行スピードそのものは馬が軽く駆けるくらいの速度はある。
その上で揺られながら、しばらくはのどかな旅が続いた。
「ねぇ、アタカ……」
アタカに声をかけようとしたその時、ルルは三人の中で真っ先にそれに気付いた。彼女がハッとして腕を向けると同時に、草陰から獣が飛び出す。氷の矢が幾つも宙に浮かび、獣に向かって撃ちだされるまではほんの一瞬の出来事だった。
獣は氷の矢を俊敏な動きでかわし、その首を伸ばす。首は文字通り数メートルにわたって伸び、奇襲に目を大きく見開くアタカの首筋を狙って大きくその顎を開いた。
「ウミ!」
一瞬遅れ、反応したカクテが自らの相棒に念話で命じる。ウミは長い尻尾をしならせ、獣の首を横から叩き倒す。ギャンと声を上げ、獣は首を引っ込めて跳躍すると、アタカ達から距離を取った。
「教えてくれてありがとね、ディーナ」
ルルは右手に絡みつく相棒の頭を左手で撫でてやる。奇襲に気づく事ができたのは、竜の鋭敏な感覚と、それを共有するルルの高い適合率があってのことだった。
「何、アイツ。あれも竜なの?」
襲い掛かってきたのは、一見獅子に見えた。巨大な猫の様なしなやかな体躯に、タテガミを持つ頭。しかし、その二つを繋ぐ首は蛇の様に長く、鱗に覆われていた。
「マフート……獣竜の一種だ」
奇襲に気付かず、反応も出来なかった事に動揺しながら、アタカはそれを何とか押し殺した。
「特に特殊な攻撃はしてこない……
けど、あの長い首は自由自在に伸縮できるはず。気をつけて」
「首の長さだったらうちのウミだって負けちゃいないんだから!
ウミ、ブレス!」
ゆっくりと首をもたげ、大きく口をあけてウミは冷気のブレスを吐き出す。強烈な冷気が見る間に草原を白く染め上げ、触れる物を凍てつかせていく。しかし、マフートは軽やかに跳躍するとウミの尻尾側に回ってそれを回避した。
「うっ、生意気な!」
慌ててカクテはウミを旋回させるが、直線移動と違いその場で向きを変えるのは巨体であればあるほど難しい。マフートは首を伸ばすとウミの尾をすり抜けカクテに迫る。
「クロ、体当たりだ!」
その横から、クロが跳躍してマフートの首めがけて体当たりを仕掛ける。しかし、マフートは首をくねらせて容易くそれを回避した。クロは体当たりの勢いのまま、ウミの背中から落下していく。
「しまっ……」「アタカ、手!」
落ちていく相棒を見つめるアタカの背後で、ルルは彼の腕に捕まり身を乗り出した。すっと伸ばしたその指の先に、巨大な氷の槍が浮かび上がる。
「撃て」
身体へと向かうその槍をかわそうと、マフートはぐっと四肢に力をこめる。しかし、その足は既に氷によって地面に貼り付けられていた。氷の槍が突き刺さり、怯むマフートに向かってダメ押しとばかりにルルはずらりと氷の矢を並べた。
「これで……お終い!」
無数の氷の矢に貫かれ、マフートは光の粒子となって消え去る。後には輝く魔力結晶だけが残され、アタカはほうと息をついた。
……足手纏い。そんな言葉が、アタカの心にずっしりと鉛の様に重石をかける。クロが一度攻撃する時間で、ルルとディーナは三度は魔術を行使する事が出来る。それは種族差以上の、決定的な差だった。
「あー、危なかった。ありがとね、クロ、アタカ」
だから、アタカはカクテのその言葉に驚いた。
「え……? いや、僕は何の役にも立ってないけど……」
「は? 何言ってんの? クロが飛びついてくれなかったら
あたしの首は今頃血だらけでしょ」
怪訝な表情でアタカを見てカクテはそういうと、ウミの背をよじよじと上ってきたクロに「クロ、ありがとね~」と礼を言いながらその頭をわしわしと撫でた。
ルルと違って歯に衣着せず、思ったとおりに行動する彼女の言葉はそれだけフォローでも気遣いでもないと知れ、アタカは少し救われた気分になった。
「……まだ安心するのは早いみたい」
ほっと緊張を解くアタカに、ルルは硬い声で警告を発する。その目はディーナの瞳を通じ、敵の存在を捉えていた。その視線の先でガサガサと繁みが揺れ動き、マフートが姿を見せる。
「また……!」
身構えるカクテの前に、もう一体。
「こっちも!」
そしてその背後、アタカの視線の先にも更に一体。計三対のマフートが、姿を現した。……獅子の姿をしたマフートは、獅子と同様に群れるのだ。
「……一人一体ね」
ぺろりと唇を舐めて湿らせ、カクテはマフートを睨みつける。しかしルルは、空を見上げて首を横に振った。
「ううん、まだ、いる……!」
「……何、この臭い」
強烈な悪臭に、カクテは顔を顰めた。腐肉と血の入り混じったような、胸の悪くなる臭い。それは死そのものを香りにしたかのような、滅びの臭いだった。ばさりと空気を打ち鳴らす羽の音と共に、身をくねらせながらゆっくりとそれは姿を現す。
墨を溶かしたような薄い黒の身体は目算でおよそ4m。虫の様な薄く透き通った羽が規則正しく身体に並んでおり、その外見は蛇よりもむしろムカデに近い。口はまるで鳥のくちばしの様に鋭く尖っており、口と目の周りを彩る朱の模様が余計にその印象を強めていた。
「ラプシヌプルクル……! こんな時に!」
悠然と宙を舞う大蛇を見据え、アタカは叫んだ。
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