韓国の朴槿恵大統領は、慰安婦問題で進展がない限り安倍首相との一対一の会談を拒否している(写真は2014年3月にオランダ・ハーグでオバマ米大統領が取り持った3者会談) Associated Press

 朝鮮半島が1945年に日本の植民地支配から解放された数年後、米国の作家ウィリアム・フォークナーは「尼僧への鎮魂歌」を出版した。そこには「過去は決して死んでいない。それは過去ですらない」という有名な一文が含まれている。

 それは韓国にとって、訪米する安倍晋三首相に心に留めておいてもらいたい感情だ。

 韓国は、安倍首相が29日に米上下両院合同会議で演説する際、日本の戦時中の行為を素直に謝罪してほしいと願っている。演説に先立ち、韓国の立場を強調するべくワシントンのPR会社BGRグループを雇った

 とはいえ、韓国は日本との歴史をめぐる論争で「持ち札」が弱いことをますます強く自覚するようになっている。

 韓国政府の計算によると、米政府の優先課題の中には、歴史問題で安倍首相に強い圧力を掛けることは含まれていない。米国にはより大きな懸念材料がある。それは中国との摩擦に対して協調することと環太平洋連携協定(TPP)交渉だ。

 歴史問題をめぐって米国の共感を得られるという韓国の確信も揺らいでいる。2月末、ウェンディ・シャーマン米国務次官(政治担当)が講演で、北東アジアの歴史論争には「いら立ちを覚える」と発言。韓国の政治家や評論家たちは警戒感を抱いた。同次官は「どの国の政治指導者も旧敵を中傷することで安易な称賛を得るのはそれほど難しくない」と述べたが、それは韓国と中国の指導者を指しているように見えた。

 これに対して韓国与党は「米国が犠牲者を無視する姿勢を続けるならば、世界の警察官としての役割は長く続かないだろう」とする抗議の声明を出した。

 韓国はまた、安倍首相の表現をめぐる懸念を米政府が共有しないと考えるようになった。安倍氏は2月半ば、国会で先の大戦に対する「深い反省(deep remorse)」を表明した。米国務省報道官は、この発言を「歴史問題に関する極めて前向きのメッセージだ」と評価した。

 安倍首相は22日、ジャカルタでの演説で同じ文言を使った。これに対し韓国の外務省は、安倍氏が明確な謝罪を口にしなかったとして「深い遺憾の意」を表明した。

 安倍首相が発するメッセージが一貫しているため、大きく譲歩する見込みはほとんどないとの見方が韓国で生まれている。安倍氏は日本国内で人気があるため、韓国政府がしばらくは同首相に対処せざるを得ない公算が大きい。

 ソウル大学国際関係大学院の李根教授は最近のパネル討論で、韓国は、現在の安倍政権の歴史の理解が「日本のニューノーマル(新常態)」であることを前提にして日本と交流しなければならないと述べた。

 それは韓国の外交官たちが非公式の場で渋々示す感情でもある。彼らは日韓関係で二重のアプローチを取っている。歴史や領土をめぐる問題で日本政府に圧力をかける一方で、他の分野、とりわけ北朝鮮に対する防衛で協調するというアプローチだ。

 こうした現実主義は、日韓両政府が今月中旬、外務・防衛当局の高官による安保対話を5年ぶりに開いたときに表れた。それは、日本の新しい歴史教科書の戦争に関する記述が韓国側の反発を招いてからわずか数日後のことだった。

 だが、柔軟なアプローチは政権トップにまで及んでいない。朴槿恵大統領は、朝鮮人女性が日本軍によって慰安婦にさせられたという最も厄介な歴史論争で進展がない限り、安倍首相と一対一で会うことを拒否する姿勢を貫いている。

 朴大統領は27日に南米歴訪から帰国する。安倍首相と中国の習近平国家主席は先週ジャカルタで2回目の首脳会談を行ったが、朴氏が安倍首相との会談実現に向けた圧力を感じているかは不明だ。

 日本に対する持ち札が弱くても、韓国政府が矛先を収めるつもりはない。米国の韓国系市民団体も、安倍首相の訪米中に間接的に圧力をかけようとするだろう。

 安倍首相が米上下両院合同会議で演説する29日には、韓国人は中国人と同様、いまだにこの地域に暗い影を落とす先の戦争をめぐり「反省」以上の言葉が出るかどうか注意して聞くだろう。

 韓国政府の当局者は、もし安倍首相が「反省」以上の言葉を語れば、韓国としても前向きに対応するだろうと述べている。

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