売れない小説家の彼が愚痴っぽくて

村上さん、こんにちは。
私の彼は2、3年に一冊小説を出す兼業作家です。なかなか端正でわかりやすい文章を書く人で、彼の文体は大好きなのですが、進捗具合が思わしくないと激しく落ち込んだり、他人に攻撃的になったりします。
特にお酒を飲んだりした際の愚痴はすさまじく、売れている作家がうらやましいだの、あんな話が売れるなんて信じられないだの、聞いているこちらがげんなりします。
私も自分が声楽家という、人からの評価にさらされる商売をしているので、その気持ちはわからなくもないのですが、「人を妬む気持ちを原動力にして小説を書けばいいんじゃないの?」とでも言って慰めようものなら、「どうせ能力がないですよ。そんなにみんな、あなたみたいにポジティブじゃないですよ」ともっと面倒くさい事になります。売れない小説家である彼の心の中にある苦しみを、どうしたら和らげてあげる事ができるでしょう。
( 歌う天秤座、女性、49歳、声楽家)

僕はこれでもう36年くらい小説を書いていますが、小説を書くことについて、うちで苦情とか愚痴とかを口にしたことは一度もありませんよ。そんなこと言ったら、「じゃあ、書かなきゃいいでしょ」と言われるに決まっているから。だからただ黙って書いています。あなたは少し親切すぎるんじゃないでしょうか? もちろん人が人に親切にするのは良いことであって、僕がいちいち口を出すことじゃないと思うんですが、なんかちょっと不公平だなという気がして。ぶつぶつ。

村上春樹拝