TOP > 市長メッセージ > 2月の市長メッセージ |
さて、平成17年が始まりました。
1月は、まず、成人式がありました。各地域での開催となったわけですが、市長は母校である真和志中学校に参加されたようですね。
はい。私は母校の真和志中学校に行くことになりましたが、やはり母校というのは当時の自分を思い出しますね。中学、高校、二十歳の頃の精神の軌跡が思い出され、成人のみなさんを見ると、いろんなことに希望と情熱を燃やしながら、不安と疑問にさいなまされているのだろうなと感じました。また、一つひとつの出来事に、まるで人生のすべてが、かかっているかのように、その問題を抱えながら、必死にそれを乗り越えようと、がんばっているのだろうと思い、みなさんに対して、いとおしくもあり、うらやましくも感じましたね。
地域での開催は、どこの会場も和やかに行なわれたのですが、ほんの一部の人が国際通りで、あのようなことをしたことが、本当に残念でした。それをマスコミが全国報道することで、それが沖縄全部の成人のみなさんかのように報道されたことも残念でした。しかし、実態は、多くの二十歳のみなさんが地域の歓迎を受けて成人を迎えたことに、変わりはないので、良かったと思います。
先日、福州市から「栄誉市民」の表彰を受けましたが、何かものすごい歓迎を受けたと聞きました。そこで、まず、具体的にどのようなことで、表彰を受けたのか、と、中国式と言うのでしょうか、その歓迎ぶりについて、少しお話しをしていただけますか?
私が名誉市民の表彰を受けたのは、上山中学校と福州市の外語学校との交流を行なうなど、市民の方々、それから歴代の市長を始め、職員が一生懸命、福州市とこれまで交流を続けていただいたことでの表彰であり、那覇市の代表ということで受け取って参りました。
その歓迎については、お国柄といいましょうか、すべての道路を交通規制して、厳重に警備されながらパトカーに先導され、ノンストップで案内してくださいました。また、夜には中国共産党のトップの方々、福州市長を始めトップの方々と、私たち那覇市から六名が参加し晩餐会が催され、たいへん感激をしまして、最後はカチャーシーをして終わりました(笑)。
ただ、びっくりしたのが、翌日からフリーになるのかな?と思ったら、ショッピングなどの個人的な時間が若干あったのですが、この若干にもパトカーが付いて来て、ほんの二時間ほど福州の街を自由に歩きたいと思っていたのですが、ぴったりと中国の警官と職員が尾行して、僕が選んだお土産にもジッと見ているので、「僕はここを動かないから、少し離れてください」とお願いをしたのですが、五メートル以上は離れず、またジッと見ていましてね。たいへん戸惑いました(笑)。
このような歓迎は、たいへんありがたいのですが、しかし今度は福州市からおいでになられた場合は、あのような歓迎は日本の体制ではできないので、引け目を感じますね。渋滞する国際通りを通行止めにしたり、車が通ると同時にパレット前の掲示板で「歓迎!福州市長」と歓迎したり、まず無理ですよね(笑)。
今回の出張では、福建省の博物館の一つのコーナーにある、琉球の人の名前が彫られたお墓を見て、先人たちが築いてきた福州市と那覇市の長い交流をあらためて感じることができました。
今後も交流の輪をしっかり受け継ぎ広げていこうと決意を固めた授章式でした。
更新日:2005年2月28日 |