負の感情を消せないときには

こんにちは。前にも質問した者です。村上さんに聞きたいことが山ほどあります。でも、残念ながらまもなく募集期間が終わってしまうので、前の質問の回答を待たずに、しつこいようですが今日はまた別の質問をさせてください。
1年前に、これまで信頼していた人からひどい形で裏切られる、というようなことがありました。散々泣いて、苦しんで、周りに支えられてなんとか乗り越えることはできましたが、自分の心の中にある相手への「負の感情」を、1年たった今でもなかなか消すことができません。日々の生活で、ふとその一件を思い出すことがあるのですが、そのたびに辛い気持ちが思い出され、相手を憎む? 恨む? ような感情が蘇ってきます。1年たってもその一件を根に持っていることを「強烈な出来事だったのだから仕方ない」と思う反面、「我ながらしつこいな、人を嫌いだと思い続けるのって良くないよな」とも思います。
村上さんは、人間関係での辛い経験は、どのように克服してきましたか? 別の方の質問で、村上さんは「苦手な人はいるけど嫌いな人はいない」みたいなことをおっしゃっていましたし、そんな経験ないのかもしれませんが……。やはり時間が解決するのを待つしかないのでしょうか? 
(はなりん、女性、38歳、教員)

長い人生ですから、誰かに対して「負の感情」を持ってしまうことは僕にもあります。おおむね平和主義者ですから「会ったらぶん殴ってやる」みたいなことは決して思いませんが、「できればもう二度と顔を合わせたくない」「顔を合わせても話はしたくない」と強くは思う相手は何人かいます。僕はまず表だって喧嘩ってしないんですが、いったん感情がぷつんと切れてしまうと(たとえば深くがっかりしたりすると)、もう二度と元には戻らないという傾向があります。

どうしても忘れられないくらい嫌な、つらい思いをなさったのなら、ずっとそのことを覚えていればいいと僕は思いますよ。なにも無理して忘れることはありません。僕はときどき過去の「嫌なこと」をしっかり思い出しています。そしてその「嫌なこと」を自分のモチベーションというか、何かの燃料みたいに利用することもあります。ポジティブな感情であれ、ネガティブな感情であれ、それはあなた自身の持ち物です。なんだって自分のためにうまく役立てればいいんです。有効利用すればいいんです。と僕は思いますが。

村上春樹拝