(毒蝮)介護は明るく楽しくかっこよく。
全国の介護家族の皆さんご機嫌いかがですか?「ハートネットTV」今日と明日の2日間は「介護百人一首」をお送りします。
今年も全国から寄せられた介護にまつわる短歌1万3,497首の中から選ばれた100首。
「介護百人一首」としてまとまりました。
これから春夏秋冬と8回にわたって100首全てを紹介してまいります。
それでは早速ゲストをご紹介してまいります。
女優でモデルそしてビーズ刺繍家としても知られています。
春ですが秋川リサさんです。
上手!よろしくお願い致します。
水着モデルの第1号らしい…。
そうなんですよね。
キャンペーンガールという言葉のない時代にやらせて頂き…。
アイドルっていう言葉もない?なかったです。
今日よろしくね。
よろしくお願い致します。
秋川さんはご自身のねお母様の介護の日々を「母の日記」という本にされています。
よく書いたよ。
これでもって勉強してね介護が楽になったとかね。
ああいう介護もあるんだって激励されたとかっていう人がたくさんいると思うよ。
今日もそういう人を支えてあげて下さい。
はい。
び…微力ながら頑張ります。
お話じっくり伺ってまいりたいと思います。
それでは「介護百人一首春編」ご覧下さい。
「介護百人一首2015」。
大阪府の赤澤皆子さん75歳の短歌です。
「だんだん笑う事を忘れていく母。
餌付けした鳥が来ると笑顔になるのでそれが日々の楽しみになりました」。
高知県の佐野桂子さん72歳の短歌です。
「私は高知98歳の母は東京で老人施設に入居しました。
環境が一変したせいか数か月で痴ほうが進み私の事も分からなくなってしまいました」。
兵庫県の由里さん51歳の作品です。
「お隣の85歳のおばあさんは酸素の管を鼻に入れ生活するようになりました。
肺が悪いので苦しいはずですがそれでもユーモアを持ち窓から顔を出してお話ししてくれます」。
兵庫県の片山松造さん82歳の作品です。
「口は達者ですが難聴がひどくなり2人がかりの電話通信です。
2人仲よく過ごしていきたいと思っています」。
この町にも介護百人一首の詠み人がいます。
すいませ〜ん。
ウフフ。
朝ごはんだよ。
歌を詠んだ坂本葉子さん58歳と葉子さんの母多賀さん91歳です。
多賀さんは認知症になって10年。
進行は穏やかです。
ええな?うん。
(取材者)いつもこんなお食事ですか?こんな感じかな。
パンの時もあるんですよ。
パンか…パンも好きでね。
パンかおかゆか。
多賀さんは心臓にペースメーカーが入っていてパーキンソン病も患っています。
(取材者)症状の進行はゆっくりでした?ゆっくりでした。
だから初めの頃もお医者さんに言われた時でも診断としては認知症出ないっていうぐらいボーダーのとこでず〜っといてて。
先生がして下さるテストは…もう活性化するので病室へ行くと100から7を引いて下さい。
その次もう一回って言うとポッポッポッと答えるんね。
先生家と違うんですけどって…。
(取材者)多賀さんのお話してますよ。
(笑い声)
(取材者)この人?この人どの人?多賀さんは大正13年生まれ。
女学校を卒業した後は小学校の先生になりました。
その学校で同じ教師をしていた2歳年下の春樹さんと出会い昭和28年に結婚。
子どもは2人恵まれました。
下の娘が葉子さんです。
しかし春樹さんは45歳の時交通事故で亡くなってしまいます。
(取材者)結婚写真があったはずなんですって?そうなんです。
この1ページ目は父と母の結婚写真と新婚旅行の写真があったのをきちっと覚えてるんですけど父が亡くなった時に多分母はその柩の中へ入れたのかなというふうには思ってます。
その後多賀さんは教師を続け2人の娘を東京の大学に入れました。
多賀さんが認知症になってから書いた思い出のメモです。
うれしかったのはよい主人にめぐり合って最高の思い出をたくさん残してくれた。
もう一回生き帰ってくれないかなぁ…。
そしてどの子もすばらしくよい子に育ってくれた事。
その娘の葉子さんは中学の教師をしていましたが5年前定年前に退職し介護に専念しています。
多賀さんは週に5日デイサービスに通っています。
デイサービスが多賀さんは大好きです。
おはようございます。
多賀さんおはようございます。
多賀さん今日はなようけカメラの人が来とんの。
みんなに言うとかなあかんな。
そうや見てのぉ。
みんなに言うとかなあかんな。
ちょっと待ってなみんなそろうた時に言うわな。
そうやなぁすまんなぁ。
多賀さんの一番のお気に入りは…すごくお元気ですよ。
この方は本当に。
ごはんもこうやって…少しねお手伝いは必要ですけどごはん食べられますし。
先生らが好き?ありがとう。
(取材者)先生って呼ばれる?いえいえ。
多賀さん僕の名前は?カズオさんではなかったな〜。
スズ君でええで。
今日ちょっと調子悪いです。
・「ぞうさんぞうさん」・「おはながながいのね」・「そうよかあさんも」・「ながいのよ」よかったわ。
象さん象さん誰が好きなのよってマサイさん誰が好きなのよって誰が好き?象さんやがな。
象さんかい。
(笑い声)チヨさん誰が好き?おとうさん亡くなったやろ…。
(笑い声)ごめんごめん。
ごめん…おとうさん亡くなったなぁ。
多賀さんがデイサービスから帰ってきました。
上手に歌えた?うん。
母を優しく迎える葉子さんです。
(取材者)子ども時代ぐらいじゃないですか?こうやってずっとこう一緒に…。
ねえ?そうですね。
母と一緒にいられる時間というの今が一番多いですもんね。
ずっと母勤めてましたから学校行ってたから一日一日大切にしていきたいなって思いながら一緒に過ごして…。
何かね…。
大切なものをもらってるのかなという気はします。
うん…。
時々多賀さんは葉子さんの事を「あんたさん」と呼ぶ事があります。
どうぞ。
何でも言うてな。
(笑い声)ええ人やろ。
誰の子かな?うん?多賀さんの子。
面白いな。
な?葉子さんって呼ぶ時もあるんやけど違う場合はあんたさんな。
認識してない時があんたさん。
今はデイサービスの延長なんと違うかな?頭がまだ。
スタッフの方やと思っとると思う。
そんな坂本葉子さんの介護百人一首です。
・「青い山脈雪割桜」・「チャ〜ンチャチャチャチャチャン」91歳の母と娘。
多賀さんとよこさんの春です。
・「夢を呼ぶ」ハイハイハイ〜!いや〜多賀さんかわいいよな。
ツルツルだよ。
「あんたさん、ええ人やなあ」って。
だけども母に自分を忘れられてしまう娘というのはどういうふうに折り合いをつけて…秋川さん。
実の親子だから似たシチュエーションだよね?うちの母は認知症になってから在宅で2年であとは施設にお願いしましたけれども私の場合ちょっと残念なのは「ええ人やなあ」とは言われた事ないんですよ。
でもね反対に言うと覚えてる時もあるし娘っていうふうに覚えててくれる方がうちの場合施設に入っているので帰りづらくなるんですね。
「あんた誰?」って言われると「じゃあおばあちゃん着替えも置いたよ。
これも置いたからね。
じゃあね」って…「ご苦労さん」って言われてだから介護の人間と思われてる時もあれば娘って分かる時があるとそうするとむしろ「私も帰りたい」とか言われるのがつらくなるからだから…だからね善しあし。
はあ〜そうか。
最初は戸惑うでしょうし腹も立つでしょうし悲しくもなるし。
何か自分の母が変わってく姿に喪失感を感じたりする時もあるんですよ。
あと「何なんだろう?どうなるんだろう?」という。
行き場がなくなっちゃうのね自分のね。
介護する方のね。
でもその介護を通してきれい事って言われるかもしれないけど学ぶ事も大っきいなっていう事も確かにあって自分の気持ちの中に自画自賛できる瞬間もあるんですよ。
自分を。
達成感っていうかね。
よくやってるじゃない私って。
自分を自分で褒めれるというか。
それが多分介護の中での一番自分が穏やかになれる瞬間かもしれない。
さて「介護百人一首2015春編」続きをご覧頂きましょう。
静岡県の磯貝幸子さん84歳の作品です。
「認知症だった母は最後には目も見えなくなってしまいました。
食べる事が唯一の幸せでしたが切なかったです。
享年100で亡くなりました」。
介護を学ぶ宮城県の高橋ほのかさん二十歳の短歌です。
「実習先の利用者の方と将棋をしました。
『できない』と言っていたのに始めてみるとスイスイと駒を進めます。
認知症でも昔覚えた事は忘れないのです」。
群馬県の関口千惠子さん64歳の作品です。
「認知症の母はデイサービスに行く朝はいつも父に向かって手をつき何度も『おいとまします』と挨拶します。
父は『そんな事言ってないで早く行ってこい』と言います」。
福岡県の井上三智子さん68歳の作品です。
「2歳の孫が早くも男気を出しひいおばあちゃんの車椅子を押そうとしていました。
よちよち歩く姿がほほ笑ましかったです」。
宮城県の北部登米市。
一面の田んぼが広がります。
この町にも介護百人一首の詠み人がいます。
佐々木康子さん67歳です。
もうすぐですね。
(取材者)何だろう?それ。
これはね…これはね…すぐ出てこないんです。
(笑い声)
(取材者)チューリップじゃないの?チューリップじゃないんです。
チューリップはない…。
(取材者)ヒヤシンス?ヒヤシンス!ヒヤシンスのこれはピンク。
季節になれば康子さんが丹精込めたこの花壇にさまざまな花が咲いてくるといいます。
康子さんが介護している夫の弘さん68歳です。
分かるでしょ?分かる?覚えてる?弘さんは18年前に脳の動脈りゅうから梗塞を起こし右半身が不自由です。
最近は脳血管性の軽い認知症も現れています。
弘さんが病気になってからずっと付き添い介護してきた康子さん。
リハビリ病院に入院した時は1年間病院に泊まり込み世話をしたといいます。
はいどうぞ。
(取材者)左手でお箸は慣れたんですか?割に器用ですね。
だって左で食べないと食べられないんだもんね。
食べさせてって…。
でもほらリハビリずっといた時に一日中リハビリ。
(不明瞭な話し声)大豆を…。
つかまえて。
(取材者)大豆をつまんで?普通のお箸だと滑るから一応割り箸。
割り箸だと。
やらされたの?やらしだったんでねえでしょ?自分でやったんでしょ?やらせられちゃ駄目なんだよ。
康子さんはもう一人弘さんの母よしゑさんの世話もしています。
よしゑさんは91歳。
80歳を過ぎても畑仕事をしていましたが5年前から認知症が出てきました。
しょうゆかけてくれる?何に?どれにしょうゆかけんの?あ?どれにしょうゆかけんの?しょうゆかけてくれる?あのね味付いてるんだよ。
あまり塩分とったらあれだから。
気分かな?気分。
いい?こいつさもかけてくんねえかな。
え〜っ!これ味付いてるんですけど。
いいか。
う〜んやっぱり味がね。
味覚がね…。
弘さんと康子さんが結婚したのは昭和44年。
農協の職員をしていた弘さんが22歳。
工場で働いていた康子さんは21歳でした。
弘さんに動脈りゅうが見つかったのはまだ働き盛りの46歳の時。
脳幹部という難しい場所だったためしばらく様子を見ていたのですが50歳になって症状が現れ手術。
しかし経過が思わしくなく手術直後は全身麻痺という状態でした。
診断書の四肢麻痺っていうのはピンと来なくて…。
(取材者)シシ麻痺?四肢。
私四肢麻痺って何なんだろうと。
でもまあ46で「助けられない。
駄目です」って言われた人が68だからね。
(取材者)よかった…。
それはね。
命あっての物種。
弘さんが脳梗塞になって2年後。
今度は弘さんのお父さんが脳梗塞で倒れました。
康子さんはその後の9年間お父さんが7年前に亡くなるまで2人の介護を続けました。
そして5年前今度はよしゑさんが認知症になったのです。
結婚して46年。
23年健康で23年はずっと病気ですよ。
おとうさんもうさ23年私もういいねとかって…。
(取材者)そうか。
結婚して健康だったのは半分だけなんだ。
そして23年なのでこれからは私はもう全部ここで帳消しになったんだと思って…。
弘さんがリハビリをするデイケアの迎えが来ました。
弘さんは週に2日通っています。
お母さんのよしゑさんもデイサービスを週3日利用していますが弘さんがデイケアの日はお休み。
昼間は2人で過ごしています。
弘さんのデイケア施設です。
123456…。
デイケアでは立ち上がったり歩いたりするリハビリをしています。
一日中座っているため脚を伸ばすだけでもなかなか大変です。
じゃあ立ちましょう。
はいいくよ。
せ〜の!よいしょ。
全身の麻痺からここまできた弘さんですがリハビリはこれからも続ける必要があります。
胸張る。
足大っきく。
(取材者)結構ハードなリハビリですね。
そうですね。
先生もすごい汗。
もう暑いです。
(笑い声)一歩一歩前に進む弘さんです。
今日も花壇の康子さん。
結構ねここにいても何か考えてる…。
何か考えてる。
あと川柳の材料もありますし。
(笑い声)弘さんとその両親を介護しながら少しずつ広げていった康子さんの花壇は今小さな花を咲かせ始めています。
そんな康子さんの介護百人一首です。
(取材者)ず〜っと介護の日々だったからですよね。
分かったですか?そうそうおとうさんを逃げてあっちに行って花壇いじってると私は気持ちが落ち着きますって話です。
分かりましたか?いや〜康子さんね結婚して半分は介護に携わってるんだよ。
康子さんの逃げ場所は花壇という事ですけども…秋川さん。
逃げ場所ってお言葉使ってらっしゃいますけども趣味とかちょっと介護を忘れる時間ってすごく大事だと思います。
秋川さんはビーズ刺繍というご自分の世界もお持ちでしたよね。
そういう生徒さんもいらっしゃるんでうちは。
その生徒さんがおっしゃるのは「ビーズ刺繍のお教室行く」って言うと周りの方が「介護してるおばあちゃまがいるのにお化粧して何?趣味ですって?あなたね…」って言う方がいらっしゃるんだそうです。
でもそれでおやめになる方が多いんです。
だけどそれはご近所の方言わないであげてほしいのね。
デイサービスに行っている間の2〜3時間をちょっとおしゃれしてウインドーショッピングするもよしあるいは趣味の世界に行くもよし。
そして気分転換をしておうちに帰ったらまたおばあちゃまを迎え入れられて介護ができる。
だから共倒れをしないためには介護する側の気分転換も大事なんです。
介護してる方ほど別の趣味や創作を…。
おしゃれしてもいい。
いいと思う。
でも康子さんにとっては本当ご主人も…弘さんもそしてお母さんのよしゑさんも…おしょうゆは控えめによしゑさんなさって頂きたいと思いますが。
康子さんありがとうございました。
さて秋川さん。
秋川さんの場合もご近所さんや商店街の皆さんに助けられたようなところもあったようですよね本を拝見してますと。
地域にね。
本当に認知症になってうちの母みたいに足腰が丈夫ですと徘徊という事が起きるんですね。
その時にやはり助けて頂くのは近所のお巡りさんを含め…でもやっぱりご近所の方たちなんです。
「おばあちゃん今犬連れて向こう行ったよ」とか。
そうすると早めに発見もできますし。
ただのお散歩じゃないという事を分かって頂くととても助かるんですこちらも。
もうお母さんの症状も地域の皆さんにオープンにして一緒に見守りを地域で。
大切なものをお母さんから頂いたんだよね。
ありがとうママ。
さて今年も介護百人一首100首をまとめた作品集が出来上がっています。
さて明日も秋川リサさんをお迎えしてお送りします。
秋川さんありがとうございました。
明日もご覧下さい。
2015/04/22(水) 13:05〜13:35
NHKEテレ1大阪
ハートネットTV 介護百人一首2015「春編 その一」[字][再]
介護にまつわる出来事や思いを詠んだ「介護百人一首2015」今回は春編その一 「あんたさん、ええひとやなあ」と吾に言う「私よこさん、あんたの子やで」ほかの短歌を。
詳細情報
番組内容
介護する人される人、日々の介護生活の中でふと心に浮かんだこと、ある出来事の情景を詠んだ「介護百人一首」今回は春編その一。大阪府の赤澤皆子さんの短歌 餌付けして笑む母見たく車椅子そっと移動し鳥来るを待つ だんだんと笑うことを忘れていく母。餌付けした鳥が来ると笑顔になるので、それが日々の楽しみとなりました。ほかの歌をご紹介します。介護のつらさ、悲しさ、喜び、そして優しさ。介護短歌の心に触れて下さい。
出演者
【出演】毒蝮三太夫,小谷あゆみ,秋川リサ
ジャンル :
福祉 – 高齢者
福祉 – 社会福祉
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0x0808)
EventID:18070(0x4696)