マンハッタンの北西に位置するアメリカで最も古い公立大学の一つニューヨーク市立大学シティーカレッジ。
この大学からはこれまで10人がノーベル賞を受賞しました。
中でも物理学での受賞者は4人に上り最先端の分野の研究に貢献してきました。
この大学のモットーは「過去を敬い今を見つめ未来へ向かえ」。
今回登場するのは世界で最も有名な理論物理学者の一人で未来学者としても知られる…日系3世のカク教授の専門分野は「超弦理論」と呼ばれる理論物理学の世界。
驚異の発展を続けている現代物理学はこれまでSFとしか思われてこなかった不思議な世界が私たちのごく身近に存在する事を解き明かしつつあります。
更にカク教授の興味は今「未来」へと向かっています。
現代科学がこのまま進歩したとすると一体私たちはどこへ行き着くのか。
4回にわたる特別講義では人類が今も追い求め続けるこの世の全てを説明できる「万物の理論」やその候補とされる超弦理論が描く異次元などの奇妙な世界。
科学の発展がもたらす未来社会の形。
更に心の未来がテーマとなっていきます。
それは最先端の研究に裏付けられたSFとは全く異なる驚異の未来論なのです。
最終回は意識や心の未来についてだ。
意識や心については近年非常に多くの事が分かってきた。
そのおかげで意識するだけでテレパシーのように話ができたり物を動かしたり互いの心をネットにつなげ記憶を送り合ったりする事が可能になろうとしている。
やがてこの宇宙を心でコントロールする事までもができるようになるのだろうか?
(拍手)どうもありがとう。
特別講義もいよいよ最終回だ。
宇宙についての最先端の科学を3回にわたって話してきた。
第1回は「万物の理論」についてだった。
アインシュタインは晩年の30年間この世の全てを説明できる数式を探究して過ごした。
そして現在大型の加速器で宇宙が誕生した瞬間に何が起きたのかが分かるかもしれないところまで我々は来た。
そして第2回では万物の理論が得られた時何ができるのかについて話した。
哲学者たちも答える事ができなかった深い疑問だ。
宇宙誕生の前には何があったのか?並行宇宙や異次元はあるのか?タイムトラベルは?タイムマシンに乗って自分の過去を変えたらどうなるのか?これらの疑問は万物の理論が答えるべき問題だ。
第3回では社会の未来について話した。
20年後50年後のコンピューターはどのような姿になっているのか。
ICチップは僅か1セントほどになり人工知能がそこら中にある社会になっているだろう。
仕事はどうなっているだろうか?単純な仕事をロボットがこなす社会で医者や弁護士の役割はどうなるのだろうか?もし老化に抗う事ができたらどうなるのだろう?不老不死は実現するのだろうか?そして今回は科学に残された最大の謎の一つについてだ。
私たちの意識と心だ。
意識や心をつかさどる脳は宇宙で最も緻密な物体だと言える。
人間の脳以上に精巧なものはない。
では私たちの脳の謎に迫ろう。
脳に関する研究は急速に進歩している。
脳には銀河系の星の数と同じ1,000億個の神経細胞ニューロンがあるこの世で最も緻密な物体だ。
まずその進化の過程を見てみよう。
動物の脳は人間の脳の一番下の部分に似ている。
まずは縄張り意識や闘争心をつかさどる「は虫類脳」と呼ばれる部分。
そして人間では首の後ろにある位置や平衡感覚をつかさどっている部分だ。
これらの領域で動物として生きるための最低限必要な判断がなされる。
君たちも事故などで後頭部を強く打つと平衡感覚を失う事がある事を知っているだろう。
これらの脳は赤ん坊の脳だとも言える。
生まれたばかりの赤ん坊の脳はこうしたは虫類脳に似ているからだ。
進化とともに人間の脳はおおむね後ろから前へと向かって発達した。
次に発達するのはサルの脳とも言われる脳の中ほどに位置する「哺乳類脳」だ。
ここは周囲に対する振る舞い方や社会における上下関係礼儀などを理解する。
脳の中ほどが発達し始める頃子供は礼儀作法を学ぶ。
この脳が社会性をつかさどるわけだ。
最後に発達するのが人間にとって欠かせない部分前頭前皮質。
ここが特に人間を人間たらしめる思考する脳だ。
だから赤ん坊の脳はおおむね後ろから前へと発達しながら人間の進化の過程をたどるのだ。
は虫類から哺乳類へそしてヒトへと。
ところで10代の子供を持つ多くの親たち大抵の母親が「自分の子は脳に何か問題があるのではないか」と心配している。
ある意味それは当たっている。
10代の若者の脳は特に前頭前皮質がまだ発達の途上にあるからだ。
なぜ若者は危険な暴走運転をしたりリスクを考えずむちゃしたりするのだろうか。
話してみると彼らも死ぬかもしれないという危険性は理解している。
だが仲間同士で張り合う事の方が優先される。
なぜなら前頭前皮質がまだ十分発達していないため考えが及ばないからだ。
では脳とは一体何なのか。
まず脳の研究の歴史について遡ってみよう。
哲学者たちは「魂がある場所はどこか」と数千年前から議論してきた。
かの哲学者アリストテレスは魂は心臓にあると考えていた。
脳の中心部にある松果体にあると考えた者もいた。
脳は単に血液を冷やすためだけにあり無用の臓器だと考えられた事もあった。
古代エジプト人はファラオをミイラにする際脳を取り出して捨てた。
重要なものだと考えていなかったのだ。
このような無知の状況が数千年も続いたのだ。
かつてはどのように脳の役割を研究したのか。
昔はこんな感じだった。
誰かが発作を起こしてその人の腕が動かなくなりそして亡くなる。
すると解剖で頭を開け腕の麻痺を起こした脳の領域を特定する。
だがこれはとてもつらいプロセスだ。
誰かが発作を起こすのを待ち亡くなるのを待ちその後頭蓋骨を開けて発作を起こした領域を探し回るのだから。
だが実際の脳は銀河系の星の数に匹敵する1,000億個のニューロンを持つような非常に複雑な存在だ。
これをどうすれば調べ上げられるというのか。
ある人は「脳のどの部分がどんな役割を持つかなんてどうやっても分かるわけがない。
意味がない」と言ったという。
だが今ではこの脳の地図作りが磁気を使って瞬時にできる。
磁気は脳の特定の領域で神経細胞の活動を鈍らせる事が可能だ。
誰かが発作を起こすのを待つ必要はなく磁気を当てて特定の領域を鈍らせれば例えば腕につながっている事が分かる。
そうやって脳のそれぞれの領域の役割が分かるようになったのだ。
では今度は脳を別の方向から見てみよう。
脳を後ろから見てみる。
この図は脳のどの領域が体のどの部位とつながっているのかを描いたものだ。
脳の大きな領域が手と関連している。
手は私たちの生活にとって大切なものだからだ。
手先が器用になった事で知性が人間に備わった。
次に食べる事に関連する部位も脳の大きな領域を占めている。
よって食べる事と手を使う事が脳の多くの領域を占めているのだ。
だが足の指や背中に関する領域は小さい。
背中には感覚器官があまりない。
神経細胞が少ないのだ。
2本の針で指先を刺すと針は2本だと分かる。
だが背中を2本の針で刺してもその針が1本なのか3本なのかは往々にして分からない。
神経細胞が少ないからなのだ。
これも進化の結果だ。
進化の過程で生物はまず食べなければならなかった。
存続できなかったからだ。
そして手を使うようになり手が脳の大きな領域を占めるようになったのだ。
ある病気の治療で左脳と右脳をつなぐ脳梁を切断する事がある。
すると信じられない事が起きる事がある。
脳梁を切断すると異なる2つの人格が出現してしまう事があるのだ。
左脳と右脳のやり取りがなくなってしまい同じ頭の中に異なる2つの人格が同居する。
過去にこんな事例があった。
夫が妻を片方の腕では抱きしめもう片方の腕では殴ってしまう。
こんなケースもあった。
脳の半分は無神論者で「私は神を信じません」と言いながらもう半分の脳は神を信じていたのだ。
脳は想像以上に精密にして緻密なのだ。
ところで脳とコンピューターは一体何が違うのだろうか?アラン・チューリングの事を知っているだろう。
彼は現代のコンピューターや人工知能の基礎を作った一人だ。
想像性にあふれる天才だった。
彼はコンピューターの原型となるチューリング・マシンという架空の機械を考えた。
チューリング・マシンは3つの部分からなる。
現代風に言うとその一つ目は数字をかみ砕いて計算を行うCPUだ。
2つ目はインプットとアウトプット。
3つ目はプログラムだ。
よって現代のコンピューターは全てチューリング・マシンだと言える。
つまりチューリングはその後100年間に及ぶコンピューターの在り方に基礎を与えたのだ。
では我々の脳はチューリング・マシンなのか?実は脳はデジタルコンピューターではない事は分かっている。
そもそもWindowsのようなOSなんてない。
驚くかもしれないが脳にプログラムのようなものは存在しないのだ。
脳にはいかなるプログラムもCPUもない。
マイクロプロセッサーもない。
人間の脳は現代のコンピューターとは似ても似つかないものなのだ。
ある研究者が人間の脳と同じ働きをするコンピューターを構築するとどんなものになるだろうかと考えた事がある。
すると街の一区画ほどのサイズになってしまったという。
その巨大コンピューターが必要とする冷却水は1本の川ほど。
電力では原発一基分が必要だった。
人間の脳を模倣するとこうなるのだ。
だが実際の脳が消費する電力は僅か20ワットだ。
だから「君の頭は薄暗い電球だ」とからかわれてもがっかりする事はない。
では脳とは一体何なのか?脳は学習するマシンである。
チューリング・マシンとは異なるのだ。
脳は自ら学習する。
毎回課題をこなす度にニューロン同士の結合のしかたもその強度も変わる。
脳は自らを「配線し直す」事ができる。
パソコンは自ら進歩する事はない。
パソコンは何かを学ぶだろうか?保存するファイルは増やせてもパソコンは賢くはならない。
パソコンもスマートフォンも自ら賢くなる事はないのだ。
なぜならチューリング・マシンだからだ。
だが脳は違う。
脳は学習する。
毎回課題をこなす度にニューロン同士の結合や強度が変わる。
本当に変わる。
そうやって学習するものなのだ。
「どうやってカーネギー・ホールの舞台に立つのか?答えは練習しかない」という言葉がある。
練習によってニューロンはネットワークを強化してゆく。
毎回同じ練習をこなす度に膨大なニューロンが次第にうまくつながるようになっていく。
だから練習が完璧さを生むのだ。
脳はチューリング・マシンではない。
赤ん坊のように学習するものだ。
それが進化を突き動かす。
赤ん坊はいろいろな事に遭遇する。
そうして自分を取り巻く世界を理解してゆくのだ。
さて今や物理学のおかげでMRI脳波計PETスキャンなどの機器が生まれ思考している脳の中をじかに調べられるようになった。
ここからは脳の内部を見ていこう。
1950年代には既に脳波計があった。
電極が飛び出ていたヘルメットだ。
そして現在ではMRIがある。
MRIの方が解像度もより優れている。
脳内を流れるエネルギーをミリ単位の小さな点まで詳細に見る事ができるのだ。
どうやってMRIで脳はのぞけるのか?大きな装置だがいずれ携帯電話くらいの大きさになるだろう。
MRIは脳内の血流を分析して脳内の電流の動きを再現する。
こうして思考する脳をのぞけるのだ。
左側の脳は真実を話している時の脳でそれほど活発には働いていない。
だが右側のうそをついている時の脳は活動している部分が多い。
うそをつくにはまず真実を知っている必要がありそこからうそを作り更にそれまでのうそとの整合性を図る。
脳の力が大量に使われるためこのようにあちこちが活発に活動し光って見えるのだ。
うそをつくと心配になったり不安になったりするので脳の血流が増加するのだ。
MRIを使うと思考している最中の脳まで調べられるようになった。
思考がピンポン玉のように跳ね回っている様子も見えるようになったのだ。
こうして心理学などでは不可能だと思われていた事が調べられるようになった。
それは脳に対する考え方にパラダイムシフトを起こした。
MRIの技術を使えば将来脳を機械につなぐ事が可能になるのだ。
すると脳で意識するだけでパソコンを操作でき念じるだけで電気をつけネットサーフィンしメールを書ける。
全て念じるだけでやれるようになる。
これが可能なのだ。
これは私の同僚物理学者のスティーヴン・ホーキングだ。
昔しゃべれていた時もその発音は聞き取りにくかったがやがて指先でパソコンに入力して合成音声で話すようになった。
だがその後指を動かせなくなって今ではまばたきだけが彼ができる動作となった。
そこで今は眼鏡にセンサーが取り付けられていてこのセンサーがパソコンにつながっている。
だから今はスティーヴンは目の僅かな動作を通じて意識するだけでコンピューターを動かしていると言える。
ブラウン大学などでは全身に障害を持つ患者の治療を行っている。
患者たちは脊髄損傷や脳梗塞腫瘍などさまざまな理由で身体機能が失われた人たちだ。
例えば脳の運動をつかさどる部分にチップを載せそのチップをロボットアームやロボットレッグ車椅子とつなげている。
すると意識するだけで動かせるようになる。
これが…考えるだけでロボットの腕や脚を動かせる。
これで再び運動機能を持てるようになるのだ。
大けがしたり事故で脊髄を損傷したり脳梗塞で体を動かせなくなった人たちのために開発された。
ある男性は全身が麻痺しているが意識するだけでEメールを書いたり車椅子を操作したりする事ができるようになった。
ある女性はロボットアームを操作する。
自分の力で食べたり飲んだりしたいと思っていた願いがかなうのだ。
ただ意識するだけでロボットの腕や脚を動かす事ができるようになった。
2014年の夏サッカーワールドカップブラジル大会で試合の開始を告げるキッカーを務めたのは手足が不随の男性だった。
デューク大学で脳にチップを埋め込みそれをロボットレッグにつなげていたのだ。
そして世界中が見ている中ボールを蹴る事ができた。
スーパーマンを演じた俳優クリストファー・リーヴは落馬事故で首から下が麻痺してしまった。
彼の夢はもう一度体を動かす事だった。
2004年に亡くなってそれを実現できなかったのはとても残念だが今ならその夢をロボットアームとロボットレッグでかなえる事ができるのだ。
それだけじゃない。
意識をロボットそのものにもつなげる事ができる。
ASIMOは数多くのロボットの中で最も先進的だ。
ASIMOは歩く事も走る事も階段を上る事もでき踊る事さえできるのだ。
このASIMOを人間の脳につなげて動きをコントロールする事ができる。
これは「サロゲート」と呼ばれるもので将来人間が遠隔操作するようになるロボットの事だ。
さまざまな利用方法が期待される。
例えば炎の中や大災害の現場など危険な状況でだ。
未来の教育現場でも使われるかもしれない。
子供だった頃の事を覚えているかな?ズル休みしたくて母親に学校へ欠席の連絡をしてほしいと頼んだものだ。
未来ではそんな事ができなくなる。
なぜなら君の代わりのサロゲートが学校に行くからだ。
サロゲートにはベッドに座っている君の顔が映し出される。
先生がサロゲートの方を向くと君の顔が見えるのだ。
君はベッドに座りながらサロゲートを通じて先生と話す事ができるのだ。
直接話す事ができる。
未来ってありがたいものだろう?だってズル休みがもうできなくなる。
皆勤賞をもらえる。
毎日新しい知識を得られるようになるんだ。
なぜならたとえ病気でも君のサロゲートが学校へ行って授業を受けてくれるからだ。
このサロゲートが宇宙開発の未来を変える事になるだろう。
宇宙へ行くには費用がかかる。
地球の周回軌道に何かを投入するのにいくらかかると思う?500グラムで1万ドルが必要だ。
金の値段に相当する。
体重分の金の価格を計算してみてくれ。
地球を周回するだけでだ。
人間を月に送り込むのに500グラム当たり10万ドルくらいかかる。
火星なら100万ドル以上。
それはダイヤモンドの値段だ。
宇宙旅行が高いのはなぜか?生命維持のシステムが必要だからだ。
だがロボットは呼吸もせず食べる事もしない。
何より地球に戻る必要がない。
だからロボットを月に送り込んで人間は家にいながら頭でそのロボットを操作するようになるだろう。
ある大発見について話そう。
それは記憶についてだ。
記憶を互いにやり取りする事はできるのか?答えはイエスだ。
通称ヘンリー・Mと呼ばれる不運な人物がいた。
手術を受けた際医師が誤って頭の奥深くの海馬を切り損傷を負わせてしまった。
この海馬は小さい組織だ。
このくらいの大きさでタツノオトシゴのような形をしている。
記憶が処理される場所だ。
このヘンリー・M氏は物事を記憶できなくなってしまったのだ。
健康で機敏でピアノも弾け昔の事はよく覚えているが直前の事をすぐに忘れてしまう。
例えば君と初めて会って握手したとしよう。
少し時間がたつとまた握手する。
それを何度も何度も繰り返す。
直前に起きた事を忘れてしまうからだ。
記憶をとどめられないこのヘンリー・M氏の話に基づいた映画も作られた。
だが重要なのは記憶は1か所で処理されているという事が分かった事だった。
どこに記憶があるのかが分かった後今度は記憶をデータとして取り出す事ができるようになった。
ウェイクフォレスト大学でマウスを使って実験を行った。
まずマウスの海馬の位置を確かめレコーダーをつなぎネズミが課題を学習する際に海馬の電気信号を記録したのだ。
その課題はある器具から水を飲むやり方だった。
ネズミが水の飲み方を学習する間ただ記録する。
そして数か月後ネズミが飲み方を忘れた頃記録した電気信号を海馬に戻すと大成功。
記憶を戻す事に成功したのだ。
次の実験は霊長類で行われた。
例えばサルがバナナを食べている時その記憶を記録して脳に戻す。
この実験にはどんな意味があるのだろうか。
将来認知症を患った脳の補助装置いわば脳のペースメーカーを作る事ができるのだ。
未来の認知症の治療法では脳の補助装置で失われた記憶を補えるかもしれないのだ。
将来アメリカは認知症で危機に陥る。
何百万人もの高齢者が自分が誰だか分からずそれは大変な社会の負担となる。
だから脳のペースメーカーを作ろうというのだ。
更にその先があると言う研究者もいる。
微分積分を学ぶといったような複雑な記憶を外部から脳に送り込もうというのだ。
微分積分を学んだ時の事を覚えているか?ボタン押すだけで学べたらいいだろう?あるいはスキルの向上のため働きながらコミュニティーカレッジで学ぶ代わりにスキルを脳に送ってもらえたら?だが悪い面もある。
マサチューセッツ工科大学では世界で初めてうその記憶を植えつける実験に成功した。
うその記憶を植えつけられるなら大変な事が起こりうる。
もし犯罪者が無実の人に事実に反する記憶を脳に植えつけたらどうなるのか?誰かが銃を撃ってその記憶を無実の人に植えつけたとしたら。
自分が撃ったと思い込んでしまう。
君たちの多くは「マトリックス」という映画を見た事があるかもしれない。
その映画では「仮想の世界」が脳にインプットされる。
ある意味自分だけが実在する人間となり他の人々は仮想の存在となる。
ここで質問だ。
夜遅く奇妙な感覚に襲われた事はないか?「もしかしたら自分が現実だと思っている事は全てフィクションかもしれない。
自分の脳に入れられた仮想の現実で自分だけが実在の人間で誰かに試されているんじゃないか」と。
そんな考えに陥った事は?手を挙げて。
ワーオみんなイカれてるね。
こりゃ大変だ。
受講生の半分がこの宇宙に自分一人しかいないと考えている。
それはありえない。
なぜなら私こそがこの宇宙にたった一人存在する人間でしかも私は今ベッドの中にいる。
日本で放送するための4回シリーズの特別講義を行っている夢を見ているからだ。
…なんて事さえ可能になるかもしれない。
現在はまだ記憶の断片を記録できるだけだが恐らく人間の海馬の記憶量に限界はないからそんな事も可能かもしれないのだ。
では次の疑問だ。
意識を録画する事はできるだろうか?答えはイエス。
カリフォルニア大学バークレー校で被験者をMRIに入れある映像を見せた。
その一方で脳内の3万か所で血流を分析しこの膨大なデータから元の映像を再構築できるか試した。
この3万か所のデータから映像が再構築できた。
これは意識を捉えた最初の映像の一つだ。
血流を分析して再構築した映像だ。
かなり映像はぼやけている。
今普通のデジタルカメラは100万単位の画素数だがこの映像はたった3万画素で作られたのと同じだからだ。
それでも人の顔か象か飛行機かは見分けられる。
おぼろげな輪郭から脳の中の意識を再構築した映像だという事が分かる。
更に寝ている時も脳内を録画する事ができた。
夢を映像化する事ができるという事だ。
しかしその映像はかなりぼやけていて何なのか分からなかった。
だが明晰夢を見る人がいる。
意識がある状態で「夢を見ている」と自覚しながら夢を見ているのだ。
夢を見ている間「これは夢だ」と自覚していた経験がある人はいるかな?手を挙げて。
ほとんど全員だね。
明晰夢は本当にある。
何世紀も前の仏教の書物には明晰夢を見るための鍛錬法が書いてある。
夢をメモするなどいくつかの鍛錬を積めば明晰夢を見られるようになるし夢の方向性をコントロールできるようにもなれるそうだ。
ドイツのマックス・プランク研究所では明晰夢を見る被験者をMRIにかけた。
被験者が眠りに落ちると前頭前皮質が完全に活性化した。
これならもっと鮮明な画像が得られそうだ。
夢の録画が可能になれば実に画期的な事だと言える。
私は個人的には「サバン」と呼ばれる人のたちの脳を調べたいと思っている。
彼らは「超」天才だ。
例えばマンハッタンの上空をヘリコプターで1回飛んだだけでその記憶からマンハッタン全体の絵を描けてしまう。
たった1回飛んだ記憶だけで。
JFK空港のターミナル1に行ってみてくれ。
見上げるとヘリコプターに1回乗っただけの記憶で描かれた絵がある。
これを描いた男性はロンドンでも香港でも同じ事をしている。
なぜこんな事ができるのだろう?サバンは写真記憶という能力を持っているのだ。
例えば1991年5月2日午後4時に何をしていたのかと聞くとちゃんと答えられる。
なぜこんな事が可能なのか?写真記憶の世界的記録を樹立したのは2009年に亡くなったキム・ピークだ。
映画「レインマン」を見た事があるかな?あの映画のモデルは彼だ。
彼は何千もの書物を読破した。
毎回本を読み終わるとその本を伏せたままで本に書かれていたどの文章でも暗唱する事ができた。
更に左右のページを同時に読む事もできた。
そんな事ができる人はいるかい?左と右のページを同時に読めるなんて。
実は彼の脳をMRIでのぞいてみる事ができた。
すると左脳と右脳をつなぐ脳梁が欠損していた。
だから左右のページを同時に読む事ができたのだ。
だがどうやって写真のように記憶できるのかは分からなかった。
それを説明するある説がある。
サバンの人は何かを記憶した後その記憶を消去する仕組みが壊れているというのだ。
それが有力な仮説だ。
記憶できるが忘れる事ができないというのだ。
後天的に天才になった者もいる。
サバンのように数学的な天才に後天的になった人たちだ。
ある男の子が頭の左側を銃で撃たれた。
弾は貫通したがこの子は死なずに済みなぜか超人的な数学の力が身についた。
またある男性はプールへ飛び込みプールの底で頭の左側を強く打った。
この男性も驚くべき数学の力を身につけた。
こういった事故でサバンのような能力を備えた人がいるのだ。
自分も天才になりたいからといって今夜金づちを取り出して自分の頭の左側をたたかないでくれ。
それにしても脳の左側にダメージを受けるとなぜこのような超天才が生まれるのか。
MRIがこの謎を解明できるかもしれない。
天才は科学の世界にもいる。
アインシュタインの言葉を借りると天才の中でも最も飛び抜けた超新星はアイザック・ニュートンだ。
ニュートンは迷信や魔術まじないに満ちた時代に育ったにもかかわらずニュートン力学を編み出した。
微分積分を編み出した。
だがニュートン個人はかなり変わった性格だった。
ほとんど人と目を合わさなかった。
社交的な能力はほとんどなく友達はいなかった。
国会議員に選ばれたが唯一記録されている発言は「窓を閉めてくれ」だ。
ダニエル・タメットも同じような性格を持っている。
私は彼にインタビューする機会があった。
その時タメットは円周率を小数点以下1万桁まで暗記していた。
試しに今日家に帰ったら円周率を1万桁暗記できるかやってみるといい。
タメットはそれをやってのけた。
暗記した円周率を1桁ずつ言い終えるまで8時間かかった。
そこで私は聞いた。
「1万桁の数字をどうやって暗記するんだ?」。
彼は答えた。
「簡単だよ。
どの数字も色と関連づけるんだ」。
そこでまた聞いた。
「じゃあどうやって1万の色の並びを覚えるんだい?」。
すると「分からない。
子供の頃からそうしてきた」と彼は答えた。
アインシュタインの脳も興味深い。
実は彼の脳は保存されている。
亡くなった時検視解剖が行われたがその時の医師がこっそり持ち出したのだ。
現代の最も偉大な天才科学者の脳を手にしてしまったからそんな事をしたんだろう。
当時確かに「タイム」誌はアインシュタインを「今世紀最大の偉人」と呼び政治家や映画スターをしのぐ超新星だった。
ではこの医師はその脳をその後どうしたのだろう?なんとガラスの瓶に入れて40年間冷蔵庫の下に置いていたのだ。
だがある時それを車の後部座席に載せアメリカを横断して返しにやって来た。
最終的に脳はプリンストン大学病院に戻る事になった。
その脳は分析され興味深い事が分かった。
まず通常より小さかった。
そうだ。
普通より小さいなら我々にも希望がある。
更にごく普通だった。
アインシュタインの脳だと知らなかったら普通の脳だと思って処分していたかもしれない。
だが少し異なっていたのは抽象的な思考をつかさどる領域が通常より広かった事だ。
さて脳のその領域が広かったからアインシュタインは難解な事を考えられたのか?それとも難解な事を考えていたからその領域が広くなったのか?それは分からない。
分かっているのは彼の脳は普通とそれほど違わなかった事だ。
我々も天才になれるのかはまだ分からない。
では最大の謎「意識」とは何か。
哲学者や詩人や科学者によって意識とは何かについての論文が2万本も書かれている。
2万本もだ。
科学史上こんなに論文が書かれかつ成果の少ないテーマはない。
意識とは何かと心理学者に聞くとこう言う。
「動物は考えない。
動物に意識はない。
全てが衝動的だ。
唯一意識を持っているのは人間だ」。
だが私はそうじゃないと思う。
私が考える意識についての科学的で検証可能な定義を教えよう。
それ以外の定義はまるで詩人やソングライターが書いたようなものであやふやすぎる。
私はある生物の意識がどの程度はっきりしているのかは測る事ができると考えている。
意識は「自分の周囲の環境を評価する方法の集合体」だと定義できるのだ。
自分が置かれている環境に対する評価の方法だ。
よって意識には最小単位がある。
周囲の環境を評価する方法が1つあればそれは1単位の意識だと言える。
よって例えばサーモスタットにも1単位の意識がある事になる。
周囲の温度を評価する方法を持っているからだ。
だとすると花にも意識がある。
10単位ほどの意識だ。
なぜなら花は温度や湿度日光の強さなど10ほどの方法で周囲の環境を評価できるからだ。
さてより複雑な生物の意識はどの程度だと言えるか?植物はやがて動物へと進化した。
動物はこの定義によると…花は動けないが動物は自分の位置を認識する。
進化の過程で温度や太陽光の強さだけでなく空間における自分の位置などについても評価できる力を持つようになったのだ。
こうしては虫類は空間を理解できるようになった。
私はこれをレベル1の意識と呼んでいる。
つまりは虫類脳はレベル1の意識を持っていると言える。
レベル1の意識は空間の中で自分がどこにいるのかを理解する事ができる。
それがは虫類レベルの意識だ。
その後動物は群れを作り集団で狩りを行うようになった。
こうして脳はレベル2の意識を持つ哺乳類脳へと進化した。
社会というものを理解できる脳だ。
進化の過程で空間を理解できるレベル1から社会というものを理解できるレベル2に進化したのだ。
では人間の意識はどうか?人間はレベル3の意識を持つ。
他の動物の意識との違いは何だろうか?私は時間を認識できるかどうかだと考えている。
今日家に帰ったら試してみてほしい。
犬に話しかけ「明日」の概念を教えられるかどうかやってみてくれ。
それはできない。
明日の概念を犬に教え込む事はできない。
動物は今だけを生きているからだ。
だが人間は違う。
人間は計画を立て予測し戦略を練る。
これから何をしよう明日は何が起きるのだろうか脳は常に考えている。
人間の脳は時間という枠組みで考えている。
人間にはレベル3時間の意識があるのだ。
常に先の予定を組み直し起きるであろう事を予測する。
自分が死んだあとの事まで。
人間の意識は何千年も先の未来の事を考える事ができるのだ。
では未来の事を考えられるレベル3の意識を持つと何がいいのか。
心理学者はしばしば人が成功するために必要な要因を知りたがる。
なぜ成功する人と成功しない人がいるのか。
何か特定の指標を見る事で子供が将来成功するかどうか予測できないか。
IQの高さや社会的経済的優位さが成功するもとなのではとずっと考えられてきたが誰が成功するのかを言い当てる事はできなかった。
では一体その人が将来成功するかどうかを予測できる指標というものは何かあるのだろうか?将来高収入で離婚はせず社会的にも認められるようになると言い当てられる指標だ。
実は子供の頃のある性格を見るとそれが分かると言われている。
ではどんなテストをすれば将来を言い当てられるのか。
その性格とは何か。
誰か心理学専攻の人は?それは「満足を先延ばしにできる能力」だ。
マシュマロ・テストという有名な実験がある。
今すぐ食べるつまり今すぐ満足する方を選ぶ子と待つ事ができた子がいた。
そして30年間追跡調査した。
その後彼らの人生はどうなったか?収入は?社会的な立場は?明らかな差が見られた。
幼なじみの中に近道をした人楽な人生を選んだ人はいないかい?今その人はどうなっている?もしかしたらあまりいい人生を送っていないかもしれない。
我慢の先に夢の実現があるのが見えなかったのだ。
つまり将来を見据える能力時間の意識が人生というプロセスの鍵だと言えるのだ。
では最後に1つ話をしておこう。
オバマ大統領は脳の研究に去年1億ドルを投じ今後10年続けるという。
緊急に立ち上げられたプロジェクトだ。
1940年代はマンハッタン計画がありその後にヒトゲノム計画があった。
その次がこのブレイン・プロジェクトだ。
なぜオバマ大統領は脳の研究にそれほどの予算を投じるのか。
答えは精神疾患への対策だ。
精神疾患は大きな社会問題の一つ人類が直面する最も難儀な病だ。
我々は精神疾患について何も知らない。
ごく身近にあり「聖書」の昔からある病なのに。
有名な俳優たちも数多く苦しんでいるほどの社会問題だ。
また更にオバマ大統領はヒトコネクトーム・プロジェクトを立ち上げたいと考えている。
将来君たちはそれぞれ2枚のディスクを持つ。
その1枚には君の遺伝情報が入っている。
もう1枚には君の神経回路の全体図ヒトコネクトームが入っている。
そこには君の記憶や感情が入っている。
もちろんヒトコネクトームを得るまで何十年とかかるだろう。
だが君が死んで肉体は朽ち果てても遺伝情報とヒトコネクトームは永遠に残る。
記憶も遺伝情報もディスクに保存されているからある意味君は不老不死になる。
すると将来「魂の図書館」が作られるだろう。
今は図書館へ行くとチャーチルの伝記がある。
だがどんな人だったのかまでは読んでも分からない。
じゃあチャーチル本人と話せたらいいと思わないか?彼のヒトコネクトームにつなげたホログラムに会えるそんな事が実現するかもしれない。
いつか君たちの孫の孫が図書館へ行ってボタンを押すと君が現れるかもしれない。
ホログラムの君が現れて孫の孫と楽しいおしゃべりができるかもしれない。
更にいつの日かヒトコネクトームを宇宙に送り出せるかもしれない。
もちろん100年後くらいの話だ。
まだSF物語にすぎないがもしヒトコネクトームが完成すればそれを宇宙空間へ送信する事ができるようになるだろう。
これが宇宙旅行の未来だ。
月までの到達時間は1秒だ。
ヒトコネクトームを月まで送るのに1秒しかかからない。
火星にも20分で行ける。
そして太陽に最も近い恒星にも4年で行けるのだ。
これまで話してきた事について質問がある人はどうぞ。
誰か質問のある人は?今話されたヒトコネクトームについて質問があります。
意識を宇宙に送る前に近い将来例えばアメリカを横断して西海岸までとか送れるようになると思いますか?数千キロ離れた場所です。
それはブレイン・ネットと呼ばれる未来のネットの在り方だ。
脳内の信号を1秒以下で西海岸へ送る事ができる。
今日のインターネットはただデジタルデータをやり取りしているだけだ。
10代の若者は感情を表すのに顔文字を使う。
だが未来では感情そのものを送る事ができるだろう。
記憶や感動まで送れる。
若者は大喜びだろうね。
ネットにファーストキスの甘い思い出や小学校のテストの苦い思い出などをアップするようになる。
だからネットはいずれブレイン・ネットに代わる。
感情そのものを送るというこの技術は未来の映画の在り方を変えるかもしれない。
椅子に座ってスクリーンを音つきで見るという映画の在り方はここ50年間変わっていない。
将来観客は主人公が感じている事をじかに感じリアルに匂いを感じ恐怖や楽しさ喜びそのものを体験できるようになる。
ネット経由で互いに感情を送り合うブレイン・ネットの構築には何十年もかかるかもしれないがこれができないという物理の法則はない。
つまり意識を1秒以下の時間で西海岸へ送る事ができるようになるのだ。
次の世紀には我々の意識を宇宙に送る事ができるようになり宇宙開発にも大きな変革がもたらされる。
もしかしたら既にどこかの星から知的生命体がコネクトームを送ってきている可能性もある。
地球に送られているが我々がまだ愚かで理解できないだけかもしれないのだ。
では講義はここまでだ。
ありがとう。
(拍手)2015/04/24(金) 23:00〜23:55
NHKEテレ1大阪
ニューヨーク白熱教室 最先端物理学が語る驚異の未来(4)変貌する“心の未来”[二][字]
超弦理論、タイムトラベル、恒星間旅行、異次元、テレパシー…。最先端の理論物理学者ミチオ・カクが描く驚異の未来社会とは? 最終回は今注目の“心の未来”に迫る!
詳細情報
番組内容
物理学の発展を背景に、この15年ほどで脳と心、意識とは何かについての理解が急速に進んだ。今後は日々の記憶や仕事のノウハウを互いに送りあったり、人間の人格そのものだと考えられる“神経回路の全体図”をデータとして送信できたりするようになると考えられる。すると宇宙旅行もレーザービームに人間の意識を乗せ、光の速さで行うことが可能になるというのだ。大変貌を遂げる人間の脳と心の未来に最先端の理論物理学者が挑む
出演者
【出演】ニューヨーク市立大学教授…ミチオ・カク
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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英語
サンプリングレート : 48kHz
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