プロフェッショナル 仕事の流儀「ぎょう鉄職人・葛原幸一」 2015.04.25


(波音)全長300メートル。
造船大国日本が誇る巨船。
スピード燃費耐久性。
その全てで世界を圧倒する。
鍵を握るのは極限まで絞り込まれた流線型のフォルム。
(ガスバーナーの燃焼音)この複雑な曲線を生み出すのは道一筋半世紀一人の職人。
分厚い鋼鉄を火と水だけで自在にねじ曲げていく。
寡黙で飛び切りのてれ屋さん。
当代一と言われる船造りの匠…鉄を焼き水で冷やして曲げていく「撓鉄」という技。
どんなフォルムも原の手にかかれば不可能はない。
ミリ単位の精度で仕上げていく。
その腕はまさに超人的。

(主題歌)海外の造船所で「キング」と呼ばれ世界にもその名がとどろく原。
造船業の礎を築いてきた。
30代突然襲った造船大不況。
仕事が途絶えた。
職人となって49年目の今年。
人生最大の試練にぶつかった。
誇りを懸けた140時間の真剣勝負。
鋼鉄は曲がるか。
静かで熱き職人の現場に密着!原の職場は長年造船業で栄える香川にある。
撮影初日朝7時。
おはようございます。
約束より20分早く原が現れた。
慣れないテレビ取材に戸惑っていた。
勤めるのは従業員1,300人を超える国内大手の造船所。
原は中でも最年長の69歳だ。
鍛えられたその肉体は若手に引けを取らない。
定年した今も誰にもまねできないその技術から会社に請われ現場に立ち続けている。
いやいやそんな事は言われてないですよ。
1月造船所は多忙を極めていた。
受注が急増している天然ガスを運ぶタンカー。
全長およそ300メートル。
世界最大級だ。
新たなエネルギー需要を受け今追い風が吹く日本の造船業。
高性能を可能にする独特な流線型のフォルムこそ強みだ。
実は船は一枚一枚形の異なる数百枚もの鋼鉄をつなぎ合わせて造り上げる。
その複雑な造形は機械化不可能。
原たち職人の技でしか生み出す事ができないという。
(一同)オッス!加工の現場で撓鉄を担当する職人は6人。
この日原が託されていたのは船の中でも最も重要な部分。
船の先端バルバスバウ。
水の抵抗を減らし燃費やスピードなどの性能を上げるキーとなる。
その中で最も難しい1枚だ。
原に渡されるのは設計図を基に作られたこの木型だけ。
船は全てオーダーメード。
受注に応じて毎回一から造られる。
今回はかなり曲がりがきついこの形状。
熟練の技が問われる。
使うのはガスバーナーと水。
表面を焼きながら水で冷やす。
これを繰り返す事で厚さ3センチもの鋼鉄を自在にねじ曲げていく。
鋼鉄は熱を加えると徐々に膨張する性質を持つ。
同時に温度が低い周りからは膨張させまいとする力が働く。
熱した鋼鉄は水で冷やすと膨張が止まり結果周りからの力で縮み曲がる。
撓鉄は線状に焼くこの作業を何度も繰り返し複雑な造形を生み出していく技術だ。
原の真骨頂それはどこにどう線を引きどのくらい焼くかその「見極め」の鋭さにある。
鋼鉄は焼くほどもろくなり船の耐久性に関わる。
マニュアルも手順もない中最低限の手数でいかに目指す形に仕上げるかが腕の見せどころだ。
焼き始めて1時間。
曲がり幅は僅か3ミリ。
肉眼ではほとんど分からない。
だが原はその変化を的確に把握し最短で完成に近づけていく。
アジアの安い船が台頭した今も高い技術力で「世界ナンバーワン」と言われる日本の船。
その要である撓鉄の仕事を担う上で原さんには譲れないこだわりがある。
それは木型との誤差を僅か2ミリ以内に仕上げる事だ。
誤差が5ミリ程度なら十分な精度と言われる世界。
原さんはあえて厳しいルールを自らに課している。
そこには半世紀造船業を支えてきた職人の確固たる信念がある。
巨船を造り上げる仕事は1,000人もの人が2年がかりで行う大事業。
撓鉄はそのスタートライン。
あとには多くの工程が控えている。
僅かな誤差が数百枚の板を組み合げた時には船全体の出来を大きく左右する。
この日の誤差は限りなくゼロ。
組み立てると寸分たがわず収まった。
船で最も重要な部分バルバスバウの1枚。
原はこの日ある重大な問題に気付いた。
このまま焼いていくと横幅が木型より2cmほど短くなってしまうおそれがあるという。
異例の事態に設計の担当者が駆けつけた。
通常縮みの幅も計算し余裕を持って切り出される板。
しかし今回は小さく切り出されてしまっていた。
一から作り直す事態だがそうすると工期が遅れ全体に影響が出る。
原が動き始めた。
垂直に入れていた線にかえ斜めに線を引き始めた。
線を垂直に引いて焼くと鋼鉄は内側に曲がっていき横幅はどんどん短くなる。
しかし斜めに焼けばこのように奥へ曲がり横幅の縮みを抑えられると考えた。
撓鉄の技で求められる精度に仕上げてみせる。
何千もの工程からなる造船の礎を担ってきた原。
どんな困難な時も諦めず職人としてふんばってきた意地がある。
(原)正解が…。
うまく…。
斜めに焼く場所を慎重に見極め焼き進めていく。
作業を始めて6日。
線を引いては悩み抜き焼いては考え抜く。
焼き続けて50時間がたった。
足りなくなると心配された横幅。
原は納得の精度に仕上げてみせた。
翌日。
工期どおり原が粘って仕上げた1枚が組み立て工場へ運ばれた。
ぴたりと船体に収まった。
仕事休みのこの日。
原さんの自宅は大にぎわいだった。
4人の息子に4人の孫。
仕事場では寡黙な男も家族の前では…。
優しいのは優しいですよ。
半世紀もの間造船の仕事に打ち込み腕一つで家族を養ってきた原さん。
その胸には悔しさを耐えた苦節の日々が刻まれている。
原さんが仕事を始めたのは15歳の時。
中学を卒業後地元香川を離れ集団就職で大阪に出た。
実家は両親と6人兄弟の大家族。
生活は苦しく毎日麦飯を食べるのがやっとだった。
二十歳の時地元に造船所が出来る事になり母から戻るように勧められた。
食べてさえいければと言われるがまま仕事に就いた。
配属されたのは撓鉄の現場。
間もなくある現実を突きつけられる。
同期の多くが高校や大学を出て就職してきた人たち。
中卒の原さんとは待遇も昇進も全く違っていた。
劣等感をバネに原さんは人一倍仕事に打ち込んだ。
元来手先が器用だった原さん。
次第に高度な技を身につけ若手のホープと期待されるまでになっていく。
時は高度経済成長。
注文は引きも切らず次々舞い込む仕事に昼夜を忘れて没頭した。
30歳で結婚。
子供にも恵まれマイホームを持てるまでになった。
だが職人として脂が乗り始めたやさき。
世界を揺るがす危機が起きる。
オイルショック。
石油を大量に使う巨船は売れなくなり造船所は次々閉鎖に追い込まれた。
原さんの会社も受注は激減。
5,000人いた社員のうち半分近くが退職を余儀なくされた。
撓鉄の仕事も途絶え原さんは全く経験のない電車の組み立てラインに回された。
任せてもらえるのは機械のスタートボタンを押すなど新入社員でもできる単純作業ばかり。
それでも家族を養うためには働くしかない。
その後も現場を転々とし単純作業を繰り返した。
そんなある日。
同僚から心ない言葉を浴びせられた。
言いようのない悔しさの中で原さんは気付いた。
撓鉄という仕事がどれだけ尊いものだったか。
自ら考え工夫し答えを出す。
それがいかに楽しく有意義か身にしみて思い出された。
「いつか必ず撓鉄の仕事に」。
そう信じ1年。
船の注文が入るようになり撓鉄の現場に呼び戻された時。
原さんは心に決めた。
「これからは覚悟を持って更に突き詰めていく」。
自らに課したのは誤差2ミリ以内という厳しいルール。
どんな難しいフォルムでも工夫を重ね理想の形に挑み続けた。
他国にはまねのできない複雑な設計の船も原さんがアイデアを出す事で実現させていった。
気付けば半世紀。
世界各地の造船所から技術指導に招かれ本場イギリスでは「キング」と呼ばれるまでになった。
50代で「現代の名工」60代で業界初となる「ものづくり日本大賞」を受賞。
70を前にいまだ現役を貫き若き職人たちと共に更に道を究めんとする原さん。
造船大国の礎を築いてきた職人の歩みは終わらない。
(笑い声)
(同僚)香川県民。
船の建造が佳境を迎えた1月半ば。
この日重大な方針変更が現場に伝えられた。
船の中でも最も難しい部分を急ぎで仕上げてほしいという。
原が任されていたのはその中でも最難関の一枚だ。
船を旋回させる時に使うスクリュー。
それを包み込む板。
水の抵抗を抑える重大な役割を担っているがその構造は極めて複雑だ。
まず下向きに反らせる「縦曲がり」をつける。
そこに上向きに反らせる「アール曲がり」という曲がりを加え更に斜めにねじる構造。
あまりに複雑なため通常は何枚かに分けて作る。
だが今回はコストや時間の削減のため1枚の板で作ってほしいと言われていた。
迫り来る工期の中始まった職人の誇りを懸けた闘い。
それは百戦錬磨の原にとってもかつてない試練の幕開けとなった。
焼き始めて5日。
下向きに曲げる「縦曲がり」は順調に進んでいた。
ここから上に持ち上げるアール曲がりをつけていく。
しかし2日後課題にぶち当たった。
はぁ〜はぁ…。
アール曲がりをつけた結果縦曲がりが戻ってしまっていた。
上向きに反らせるアール曲がりをつけていくと下向きに曲げた縦曲がりが引っ張られ曲がりが戻ってしまうのだ。
ある程度は予測していたものの今回は板が大きいため縦曲がりの戻りが激しい。
アール曲がりと縦曲がり。
互いの戻りを計算しどう曲げていくか。
焼き続けて9日目の事だった。
原が恐れていた事が起こった。
鋼鉄の弱点が現れ始めた。
鋼鉄はある程度焼くと固まり次第に曲がらなくなる。
今回は表と裏の両面を焼くためその進行が早い。
更に難問が降りかかった。
造船全体の工期の遅れが深刻化していた。
撓鉄の納期も1日でも早められないかという。
だが原は打開策がないままもがき続けていた。
この日ついに奥の手を引っ張り出してきた。
ジャッキの力も借りて何とか曲げようと試みる。
目指す形には程遠い。
この晩原は遅くまで残り帰ろうとしなかった。
焼き始めて2週間。
板は更に硬くなりほとんど曲がらなくなっていた。
これほどまでに答えが見つからないのは原にとっても初めての事だ。
嫌になってきた?できると判断し引き受けた今回の仕事。
できればこのまま焼き続け納得できる結果を出したい。
しかし完成させられなければ後の工程が全て止まってしまい致命的な影響を及ぼす。
納期が迫る中この板を焼き進めて勝算はあるか。
一からやり直すしかないのか。
原が班長のもとへと向かった。
提案したのは大胆な手だった。
板を切断し曲がらなくなった部分だけを新たに作り直す。
精度を追求し納期にも遅れを出さないためにはこれしかない。
原が出した「答え」だった。

(主題歌)使える部分を見極め切断。
再び神経を研ぎ澄ましていく。
納期3日前。
職人人生を懸けた大仕事。
2ミリ以内の精度に仕上げてみせた。
この日原が完成させた板が組み上がっていた。
見事に曲がった縦曲がりとアール曲がり。
美しいフォルムがそこにあった。
精度のこだわり自分流のこだわりを持って良い製品を送り出す。
更に上を目指して日々進歩あるのみです。
よろしいでしょうか。
フフフ。
さあ始まりました。
人生という名のコント番組2015/04/25(土) 01:10〜02:00
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀「ぎょう鉄職人・葛原幸一」[解][字][再]

巨大タンカーの船体を緻密な手仕事で生み出す当代一の職人・葛原幸一(69)。火と水だけでハガネを曲げ、ミリ単位の精度で仕上げるスゴ腕だ。職人人生最大の挑戦に密着!

詳細情報
番組内容
燃費や速度、耐久性で世界ナンバーワンと言われる日本の巨船。重要なカギとなるのが、流線型のフォルムだ。その複雑な曲線を緻密な手仕事で生み出すのが、道ひとすじ半世紀の職人、葛原幸一(69)。火と水の力だけでハガネを曲げる、ぎょう鉄という技を駆使し、ミリ単位の精度で理想へ仕上げていく。その腕は海外の名門造船所でキングと呼ばれるほどだ。1月、職人人生最大の試練に立ち向かった葛原の静かで熱き挑戦に密着した。
出演者
【出演】ぎょう鉄職人…葛原幸一,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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日本語
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日本語(解説)
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