第61話 ゲート
アネッテとマリアが風呂に入っている間、リキオーはホテルの客室係のコンラッドを呼び出して、マリアの調査を依頼した。コンラッドも初めてマリアを見た時に、少し表情を変えた。やはり、リキオーが知らないだけで有名人らしい。
風呂から上がってきたアネッテは緑色のロングベストにミニスカート。マリアは前合わせの白いリネンシャツと脚の付け根ギリギリの丈のミニスカート、そしてニーソックスといった格好だ。絶対領域と胸元から覗く風呂あがりの火照った肌が実に色っぽい。
「風呂なんて王族か貴族しか使えない高級なものだぞ。今はこんな高級ホテルに泊まってるからいいようなものの……」
「その心配なら無用だ。うちにもあるから」
「な、なにっ。ご主人は貴族なのか? 冒険者だと思っていたが、やけに金回りがいいし」
「ああ、冒険者だな。貴族でもないし、まあ他にも色々やってるんだよ。マリアが仕事で来た時にここに泊まったという話をちらっと聞いたが、そのときに入った風呂は大浴場のものだろ」
「そうだ。前に来た時は部屋にあるものじゃなかった」
「この部屋にある風呂は、俺が考えたんだよ」
「何を言って……。ご主人は鍛冶屋とか大工もやっているのか」
「まあ、その真似事をな。俺が考案した個人用の風呂のアイデアを商業ギルドに売ったんだよ」
この世界の一般的なボイラーの仕組みは簡単だ。熱交換器なども無くただ、下から火を燃やして温めるだけの単純な仕組みだ。
今までのホテルに用意されていた大浴場は一階にあり二階以上には無かった。ボイラーなどの設置には大きなスペースが必要になるからだ。リキオーの作ったポンプと火の生活魔法による湯沸かしはその概念を打ち破ったのだ。
「そ、そうか、よく分からないが、ご主人は凄いんだな」
「くくっ、そうだな」
マリアのよく分かっていない回答に笑いながら、リキオーはテーブルの上の鈴を鳴らしてウェイトレスに食事の用意を頼んだ。
「腹が減ったし、食事にしよう。床なんかに座る必要ないからな」
「あ、ああ」
「俺たち田舎者だからテーブルマナーなんて知らないが、マリア、お前は元騎士なんだろ。その辺り詳しいんじゃないか」
「い、いや。私もそれほど詳しいわけじゃない」
始終、マリアは畏まっているように戸惑った表情を浮かべている。まあそれもむべなるかな、といったところだ。
ドアがノックされ、「失礼します」と可愛いウェイトレスが入ってきて後に続くトレイからテーブルに皿を置かれていく。嬉しいのはハヤテにもちゃんと専用の皿を出してくれることだ。
「いただきます」
リキオーがそう言うとテーブルの席についたアネッテも、足元でお行儀よく猪の肉の前で待っていたハヤテも肉に齧り付く。
リキオーが食事の皿を前にして手を合わせて祈るようにして言うのをマリアは不思議そうに見ていた。
「ご主人、それは何だ」
「ああ、俺が居た所ではな、ご飯を作ってくれた者に対する感謝の言葉を食べる前に言うのがしきたりというか習慣だったんだよ。他にも信仰する神に言う人も居たなあ。無理強いはしないがな。あと、食べた後にはご馳走様でした、って言うんだ」
「それは素晴らしい習慣だな、私もやろう。いただきます」
マリアは気に入ったらしく機嫌よく言った。
「しかし、ここの料理は本当に美味しいよな。アネッテは料理長にレシピとか教えて貰えばいいんじゃないか」
「はい。そのつもりです」
アネッテはニッコリと微笑みながら料理に舌鼓を打っていた。
「ああ、確かに素晴らしいな。以前来た時は味わって食べる事は出来なかったのが悔しいな」
マリアも思わず相好を崩して感嘆の言葉を口にする。
トレイの傍で行儀よくリキオーたちが食事を済ませるまで、控えて立っているウェイトレスも優しく微笑んでいる。
「今日もありがとう。美味しかったよ」
「うむ。こんなに美味しい料理を食べたのは久しぶりだ」
ウェイトレスは微笑んで丁寧にお辞儀をするとリキオーたちの皿を片付けて食後のデザートと紅茶を出すとトレイを片付けて部屋を出て行った。
***
その頃、王宮で近衛大隊の上司と相談した審問官、カミルはリキオーの出した提案を考えていた。
彼らへの不可侵と強権発動の要求と受け入れ、二つ目は国外逃亡の手段だろう。現在、リンドバル皇国のあるモンド大陸から外国へ逃れるための手段は南のシーバルの港以外にない。そして、シーバルには厳しい入村規制を掛けている。
彼らの知識・知恵を近衛の強化のために使うために少しでも役立てるなら、そのために最悪、彼らが国外からいなくなってもいいのではないか。たかが冒険者パーティの一つや二つ、消えたところで問題はない。
仮にリキオーがシーバルに入ったとしても船は完全に王家で押さえているので、冒険者に融通するようなことはない。隣の大陸との交易は王家の独占事業だから、乗船を許可することもない。彼らに入村を許したところでメリットはないかに思われた。
***
その一方で、リキオーもあまり気が進まないが、近衛の態度如何によっては国外逃亡も視野に入れておこうと考えていた。
『港は国軍によって入港に規制がかかっている。それに船を調達するのも難しいだろう。そうなると後はゲートだな。ゲームの時はフェル湖の西の山肌にあるポータルポイントにあったが、この世界でもあるのだろうか』
ゲート。ワープゲートとも呼ばれるそれは、ゲームの頃にアルゲートオンラインのプレイヤーたちが頻繁に世界の各地に点在する戦場や、クエスト消化のために国家間移動を行うための設置型移動システムだ。
ゲートはセントラルポータルを介して世界のあらゆるところ繋がっている。ゲートの使用には権限が設けられており、使用者が“開通”と呼ばれる儀式を移動したい場所の双方で行う必要がある。そうしない場合にはゲートを利用して移動しても一方通行しか出来ない。
アルゲートオンラインでは移動系の魔法呪文として、テレポート、エスケープ、リターンがあった。
テレポートはゲートとよく似ていて、特定のポイント間を移動する魔法で、やはりこちらも“開通”の儀式が必要だ。
エスケープはダンジョンなどから外、入り口に戻る。
リターンは決めておいたポータルポイント、大抵は宿屋だったり、特定の地点に戻ってくる魔法だ。術者と同じパーティのものはパーティ単位で移動できた。
『まあ、俺にはワープ魔法があるから一度移動しちまえば問題ないがな。マリアのレベル戻しが終わったら行ってみよう』
夕食後になると何もすることもないので、マリアは別室でハヤテと一緒に休んでもらっている。さすがに今日だけで色々あったから精神的に参っているだろうという配慮だ。こういうときはハヤテにおまかせだ。アニマルセラピー万歳である。
「アネッテ、彼女、マリアと上手くやっていけそう?」
「そうですね。やっていけたらいいですね」
リキオーの隣で彼に寄り添って膝を抱えながらアネッテは別室のドアを見つめた。
「明日は色々買い物に行くから」
「マリアのもですか」
「うん、勿論、アネッテの分もね。楽器とか服とか」
「ショーロとかあるでしょうか」
「俺は挫折したからアネッテに弾いてもらおうかな」
「ウフフ、楽しみですね」
リキオーはマリアが早くパーティに馴染んでくれたらいいと思っていた。そして自分たちが彼女の拠り所になれれば、と。
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