「生」と「命」。現場近くの畑に地元住民が花で描いた文字が、惨事の記憶を呼び起こす。

 死者107人、負傷者562人を出したJR宝塚線脱線事故から25日で10年。この半世紀で最悪の鉄道事故はなぜ防げなかったのか。遺族や負傷者の問いかけは今も続く。

 強制起訴されたJR西日本の元社長3人には2度の無罪判決が出た。遺族らの強い意向を受け、検察官役の指定弁護士は今月、最高裁に上告した。

 組織としての責任の取り方の一つは、事故を起こさない会社へ生まれ変わることだ。

 この10年で、JR西はどこまで変わっただろうか。

 事故当時は、ミスをした運転士を業務から外し、懲罰的な教育を課していた。それが運転士を萎縮させ、よりミスを重ねる危険を生んだと指摘された。

 私鉄との競争に勝つため、ダイヤ上のゆとりを削って電車を速くした。こうした効率優先の経営姿勢も強い非難を浴びた。

 事故後、JR西はさまざまな改革を進めた。

 08年には、リスクを現場ごとに洗い出し、優先順位を決めて解決していく制度を他社に先駆けて整えた。電車のダイヤにはゆとりを加えた。軽微なミスは処分対象にしないことにした。

 それでも、安全性が飛躍的に高まったとはいいがたい。

 今年2月には岡山県の踏切で電車がトラックと衝突し、乗客ら18人が負傷した。車の立ち往生を知らせる警告が作動していたのに、運転士がブレーキをかけるのが遅れた。労組が昨秋実施したアンケートでは4割近い運転士が、「責任追及の風潮もある」「原因究明より責任追及が重視されている」と答えた。

 改革はなお道半ばといえよう。今やJR西社員の3分の1が事故後の入社だ。全員が事故の教訓を胸に刻み、安全意識を引き継ぐのは容易ではない。

 JR西は今年度から、安全への取り組みを第三者機関が客観的に評価する仕組みを導入する。原因究明に携わった遺族らの提言を取り入れた。身内では気づかない指摘を、さらなる安全向上につなげてほしい。

 「安全に完成はない」

 JR西の真鍋精志社長はそう繰り返す。有言実行を願う。

 ほかの交通事業者も、教訓を改めて肝に銘じてほしい。

 どの事業者も、より便利に、より効率良く、を追求する。だが多くの人を一度に運ぶ交通は、常に惨事と隣り合わせだ。

 気づかぬうちに危険性が高まっていないか。時に立ち止まり、確かめるべきである。