■本を読むために会社を辞めた
退職願を出すのに躊躇いはなかった。
慰留はされた。
僕は「本が読みたいからです」と答えた。嘘でも比喩でもなく、直裁的な本心だ。
餓死しても良い。むしろ本望だ。
もう十分、顧客と自分の動物的な快楽を満たすために、僕は己の命を削ってきた。
そういう毎日が倫理的だとは思えない。それに、人が営々と積み上げてきた智慧に浴して最期を迎えるのは、決して悪くない選択肢だと思う。
人類が滅んでも、文化芸術(英語で言うところの"Arts"だ)が遺れば良いと僕は思っている。
智慧は何よりも尊い。
僕は自らの尊厳を守るために、読むべき書がなくなるまで、言葉で作られた過去という繭に閉じこもる所存だ。