断薬後も消えない症状

 依存性のあるベンゾジアゼピン系の睡眠薬、抗不安薬の漫然処方問題を、新聞で詳しく取り上げてから3年がたつ。当初は、「ベンゾは長く飲んでも安全」と言ってはばからない医師が多く、減薬の相談で主治医に記事を見せた患者が、「そんなものは読むな」と怒られることもあった。

 ベンゾ系薬剤は、短期の使用では高い効果を得られるが、服用を続けるうちに効かなくなる「耐性」や、飲まないと不安になる「精神依存」、量を減らすと体調が悪化する「身体依存」が生じやすい。過量服薬すると酒に酔ったような「脱抑制」状態になり、事件や事故を引き起こしたり、倒れて運ばれ救急現場を混乱させたりすることもある。

 欧米では1970年代から依存性が知られ、規定量を守っても生じる常用量依存の問題も、1980年代には指摘されていた。日本でも、ベンゾ系薬剤は「麻薬及び向精神薬取締法」の指定物質とされるなど、以前から注意を要する薬として扱われてきた。それなのに、日本の医師たちは依存の問題に無関心で、患者が長期服用に疑問を抱いても「安心」「安全」の連呼でやり過ごし、数多くの処方薬依存患者を生じさせた。

 新聞に加え、以前のネット連載「精神医療ルネサンス」や本などでも関連記事を書き続けるうちに、「不調の原因が薬だと気づきました」「離脱症状をなんとか耐えて断薬できました」などの知らせが次々と届くようになり、風向きが変わり始めた。ベンゾの問題を以前から指摘していた一部の医師らの訴えや、被害者の声を国が無視できなくなり、重い腰を上げたのだ。

 2014年10月以降、ベンゾ系薬剤など向精神薬の処方剤数に、診療報酬による規制がかかった。睡眠薬、あるいは抗不安薬を3種類以上処方した医師は、「精神科継続外来支援・指導料」(550円)を請求できなくなり、加えて処方箋料などが減額されることになった。幅広く処方されている薬を対象に、医師の処方に明確な制限をかける対策は異例で、国が医師や関連学会に対し、「自浄能力は期待できない」と判断したに等しい。適正な処方を続けてきた精神科医らは「恥ずべき事態だ」と嘆く。

 こうした流れに危機感を募らせた日本精神神経学会は、2014年、精神科専門医らに薬の適正使用を学んでもらうインターネット講習を開始した。睡眠薬、抗不安薬に加え、抗精神病薬、抗うつ薬の正しい使い方を短時間の動画で解説する内容で、視聴した専門医からは肯定的な意見だけでなく、「簡単過ぎる」「専門医のくせにこんなことも知らなかったのかと笑われる」などの声が上がった。私も見せてもらったが、確かに初歩的な内容だった。とはいえ、解説にはベンゾ系薬剤の長期処方や常用量依存への注意喚起も盛り込まれた。少し前までは常用量依存を認めない医師もいたので、着実な前進と受け止めておきたい。

 しかし、この講習は専門医が知っておくべき最低限の情報をまとめたもので、減薬に関する説明はあるものの、実践的な減薬法を学べるわけではない。個々の患者の状態に応じ、きめ細かな減薬を行える医師は少ない。数多くの処方薬依存患者に対応するためには専門家の養成が急務で、政策面でも、適切な減薬に取り組む医師の診療報酬を増やすなど、柔軟な対策が求められる。


眼瞼けいれんやアルツハイマーにも関連か?

 減薬や耐性、断薬に伴って生じる離脱症状(不安、恐怖、不眠、吐き気、目のまぶしさ、耳鳴り、頭痛、筋肉のけいれんなど多数)は、人によって表れる症状や程度が大きく異なる。症状が少なく薬を簡単にやめられる人もいれば、重い離脱症状に苦しむ人もいる。離脱症状のつらさは、患者たちの訴えによって以前よりも理解されるようになったが、医師の間では「症状は一時的で長期化しない」との考えが今も支配的だ。断薬後の患者が長期にわたる症状を訴えても、「気のせい」「以前の症状が再燃しただけ」と切り捨てられてしまう。そして再び、向精神薬が処方される例もある。

 だが、それで本当によいのだろうか。長期服用の結果、新たに引き起こされた症状(離脱症状や副作用)が断薬後も長く残ることを示唆した報告はいくつもある。2014年6月、私が朝刊社会面に書いたニュース記事を紹介してみよう。

 睡眠薬や抗不安薬を長期服用すると、脳の中央にある部位「視床」が過度に興奮し、まぶたのけいれんや痛みなどを伴う眼瞼がんけんけいれんが引き起こされるとの論文を、神経眼科医らが脳研究の国際的な学術誌電子版に発表した。服薬をやめても視床の興奮が続く例があるという。

 三島総合病院(静岡県三島市)の鈴木幸久眼科部長と東京医科歯科大の清澤源弘臨床教授らが、11年前から調査を始めた。

 睡眠薬の多くを占めるベンゾジアゼピン系や、類似の睡眠薬、抗不安薬を長く服用し、眼瞼けいれんを発症した患者21人(服薬期間の平均は約4年)を対象とした。服薬を2週間以上中断してもらい、薬の直接的な影響を除き、画像検査で脳の活性度を調べた。

 このデータを健康な男女63人、薬と関係なく発症した患者21人、服薬中だが未発症の24人(検査時は薬を2週間以上中断)の画像と比較した。

 その結果、服薬中の発症患者は、全身の感覚情報を大脳に中継する視床が、健康な人よりも激しく活動していた。薬の影響で、視床の神経細胞の興奮を抑える働きが鈍り、神経が過敏になって目の症状が引き起こされたとみられるという。

 検査後に減薬や休薬を続けた患者は11人。このうち6人は眼瞼けいれんの症状は改善したが、完治には至らなかった。また未発症の服薬患者も視床の活動が増しており、将来の発症につながる恐れが指摘された。



 まぶしさやドライアイに似た症状なども表れる眼瞼けいれんは、脳神経の異常が原因で起こり、一度発症すると治療が難しい。2009年に抗不安薬を断薬し、英国の医師が作ったベンゾ減薬の手引き「アシュトンマニュアル」を翻訳した神戸市の田中涼さんも、目の痛みなどの症状に今も苦しみ、2014年には東京の井上眼科病院で「ベンゾジアゼピン由来の薬剤性眼瞼けいれん」と診断された。田中さんは「ベンゾを長く服用すると、たとえ常用量であっても、人によってはつらい症状が長期化することを理解してほしい」と訴えている。

 2014年11月の夕刊からだ面では、ベンゾ系薬剤を長く服用すると、アルツハイマー病の発症リスクが1.5倍高まるという研究報告を紹介した。フランスのボルドー大学やカナダのモントリオール大学などによる共同調査で、英医学誌に掲載された。

 カナダ・ケベック州の健康保険データベースに登録された患者情報を元に、2000年から2009年に、初めてアルツハイマー病と診断された67歳以上の患者1796人と、同年代で未発症の7184人の情報を6年以上さかのぼって追跡。最長10年前までの服用の有無や量などを調べて解析した。

 その結果、ベンゾ系薬剤の服用者は、服用しない人よりもアルツハイマー病の発症リスクが1.51倍高かった。標準的な1日の服用量から累積の服用期間を割り出し、比較すると、90日以下の服用者はリスクが高まらなかったが、91日~180日分を飲んだ人は1.32倍、180日分を超えて飲んだ人は1.84倍となった。

 また、効果が長いタイプのベンゾ系薬剤はリスクが1.7倍で、効果が短いタイプの1.43倍よりもアルツハイマー病を発症しやすかった。不安や不眠はアルツハイマー病に先行する症状でもあるため、患者ゆえに服薬が始まった可能性を考慮したデータ調整も行われたが、結果に大きな違いはなかった。

 杏林大保健学部教授(精神科医)の田島治さんは「この研究は、ベンゾジアゼピンがアルツハイマー病の直接的な原因であると示したものではない。だが依存性なども考慮すると、漫然と使い続けてよい薬ではなく、医師は処方期間に留意する必要がある」としている。

 新薬の登場などもあり、ベンゾ系薬剤の漫然処方には緩いブレーキがかかるだろう。だが、代わりに使われる薬がベンゾよりもあらゆる面で安全とは限らない。ベンゾ系睡眠薬の登場時には、自殺に使われることが多かった旧来のバルビツール酸系睡眠薬との比較で、安全性が強調された。「たくさん飲んでも命は落とさない」という意味では確かに安全だったが、ベンゾにも大きな欠点があった。ところが、それはピント外れの安全神話にくるまれて長く見過ごされ、被害が拡大した。その教訓を、我々は忘れてはならない。

佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。神戸新聞社の社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、静岡支局と甲府支局を経て2003年から医療部。取材活動の傍ら、日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会等の学会や、大学などで「患者のための医療」や「精神医療」などをテーマに講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)、『精神保健福祉白書』(中央法規出版)など。

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2015年3月3日 読売新聞)

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