「あなたに似ている」— 小説『プラトニックチェーン』復刻記念

渡辺浩弐

渡辺浩弐の“ブラウザノベル”最新作!「あなたに似ている」。渡辺浩弐がおくるSFショートショートの決定版小説『プラトニックチェーン』復刻記念

ついに見つけました。あなたのことを。

わたしはあなたの名前も住所も知りません。手がかりはただひとつ、「顔」だけでした。

どうか閉じずに、最後まで読んで下さい。これはあなたに、あなただけに送っている、重要なメッセージなのですから。

今あなたは薄く笑いましたね。無理もありません。これと同様の迷惑メールをあなたは日に何通も受け取っています。個人メッセージだと偽装して怪しげなサイトのURLを踏ませようとしたり、いかがわしい商品を売りつけようとしたり。そのたぐいのものだと思われても、仕方ありません。

ですから、まず、証拠を提示しようと思います。あなたに信じてもらうために。

1枚の写真をお見せします。

あなたとわたしの特別な関係を、証明する写真です。

一目見ただけであなたは驚き、そしてこの先を読み続けるしかない、と決心してくださるはずです。

この写真です。

よく見てください。

あなたはこの顔を、知っています。

あなたの記憶の奥底に、
この顔があるはずなのです。

よく、思い出してください。

どうですか?

思い出しませんか。

けれどもあなたは既に、おかしな気分になってきています。そうですね?

これからその理由を、説明しましょう。すぐにすっきりと、理解していただけることでしょう。

監視社会は未来の話ではありません。今、既にあなたは見られています。どこでも、いつでも、いつまでも。

あなたも気付いているはずです。街なかのいたるところにカメラが設置されているでしょう。

例えばコンビニエンスストア。万引き犯は必ず特定されます。それだけではありません、もし店員が間違えておつりを多く渡してくれたとしても、正直に告げるべきです。売り上げ金額が合わなかった時には店長がハードディスクに蓄積された監視カメラ映像をチェックします。そこにはレジカウンター上の商品はもちろん、やりとりされた金銭の額まで特定できるレベルの高精細カラー映像が残っています。

「顔認証」の技術も一般化しています。多くのテーマパークやパチンコホールでは出入り口や筐体に備え付けられたカメラで自動的に客の顔を認証しています。一人一人を特定した上でその振る舞いを記録して、次にその人物が来た時の対応に反映させています。

監視システムは固定されたものだけではありません。スマートフォンの普及で、誰もが高性能のカメラとコンピュータを持ち歩いている環境が実現しています。そこから日々ネットにアップロードされている膨大な映像データ。その中から常に「顔」が抜き取られるわけです。

人々はそうして特定され追跡され、全行動を見張られます。そんなデータベースが国家権力の裏側で既に完成しているのです。

一般人でも、非合法的に、あるいは超法規的に活動しているハッカーに依頼することによって、そのシステムを活用することができます。

そうしてわたしはあなたを見つけました。

名前がわかっている人を探す際には、それを文字として検索エンジンに入力します。

それと同じように、わたしは「顔」の画像をその極秘システムに入力してもらいました。そうして抽出された人物がたった一人。あなただったのです。

いえ、あなたの写真を入手したわけではありません。わたしはあなたの所在も立場も身分も、一切を知らないのですから。

ただし、顔だけはわかっていました。

なぜなら、わたしはあなたと同じ顔だからです。

人間の細胞の一片からその人間のコピー=クローンを作り出すことができる、そんな技術があります。iPS細胞という言葉を耳にされたこともあると思います。体のどこか一部分を特定して分化させることもできるようになっているのです。手とか足とか心臓とか、必要な部分だけを作って、移植用に使うことができるわけです。

このテクノロジーは脚光を浴び医学界で数々の成果を挙げる一方で、地下に潜り、数多くの非合法ビジネスを生み出すようになりました。

誰かの髪の毛一本があれば、そしてその根元からまだ生きている細胞を採取することができれば、クローンを作り出すことができるのです。その人の全体でも。あるいは、どこか体の一部分だけでも。

どんなにおぞましいことが行われ得るか、想像してみてください。

わたしが関係しているのは、そんな違法クローニングの一例なのです。

現代社会において、個人にとって一番の財産は「顔」です。だから特定の「顔」が欲しいという切実な願いを抱く人は多いのです。あの人の顔そのままに自分の顔を変えたい。あるいは、あの人の顔をした恋人を持ちたい。

今、モラルを捨て法に触れることをいとわなければ、iPS技術によって、そんな願いは叶うことになります。意中の人の髪の毛を手に入れて、iPS化して、培養すればいいのですから。

通常このプロセスのためには大規模な実験室と高度な技術力が必要ですが、とある特別な方法を使えば、町医者程度の設備と知識で、実行できてしまうのです。

教えてあげましょう。ある時ある人がある「顔」を愛しました。そして、禁断の技術を使うことを、決意しました。

「顔」の持ち主に接近し、髪の毛を手に入れ、細胞の培養を始めました。

つまり同じ「顔」をもう一つ、作ろうとしたのですね。

念のため言っておきますが、その人は、「顔」の持ち主の性格や地位や財産には、全く興味がありませんでした。

ただ、顔を愛した。顔だけで、十分だった。そっくり同じ顔さえできれば、よかったのです。

その顔をどうするのか。それについては、いろいろなことが考えられます。

たとえば自分の顔の皮をはぎとり、そこに代わりに貼り付ければ、理想の顔に変貌することができます。

あるいは、恋人か、ペットのサルやブタに、その顔を貼り付ければ、日夜自由に愛玩することができるのです。

しかしながら、それはしょせんはもぐりの医師による、もぐりのiPS手術でした。小さな、けれど致命的なミスが発生しました。細胞分裂の制御に失敗し、想定外の増殖を遂げさせてしまったようです。

その結果、なんと不思議なことに、その顔は、自我を持ちました。自分で考えることができるようになってしまったのです。

告白します。その「顔」とは、わたしのことです。

おわかりいただけましたね?

今あなたが見ているものは、あなたとわたしの特別な関係を、証明する写真です。

どうですか。

これが、わたしです。

あなたと、同じ顔の。

そっくりでしょう?

おや? あなたは、不思議そうな顔をしています。

似てない、と、あなたはそう思っているようです。

どうやら勘違いをされているようです。

写真を、もっとちゃんと、見てください。

写真をクリックして。

そう、もっと。

もっとクリックして。

そう。でも、そこではない。
下、もっと下を見て。

そう。

それが わ た し 。

わたし です。

そして あなた。

あなたの顔。

あなたと同じ 顔 です。

そっくりでしょう?

きっとあなたはある日ある時に髪の毛の一本を抜かれたことにも、気づいていないでしょう。

けれどもあなたはわたしを無視できないはずです。わたしはあなたから作られた、まぎれもない、あなたの分身。あなたの子ども、あるいは、双子のきょうだいなんですから。

わたしは、生きた人間の皮膚の上に植え付けられて、培養されました。そうあなたが勘違いして見ていた写真のその女性は、僅かな報酬に目がくらんでその役を引き受けた「代理母」だったのです。町医者レベルにも可能なとある特別な方法とは、設備や技術がなくても可能なiPS細胞の培養方法とは、これなのです。

けれどもその女の肌の上で育つにつれ、わたしは忌み嫌われるようになりました。それは、できそこないだったからです。わたしの顔はあなたに似ています。けれど育ちすぎたせいか、ご覧の通り、いくぶん歪んでしまいました。

やがてわたしは意識を持ち、しゃべるようになりました。

わたしを作った人物は、驚き、恐れました。わたしのことを化け物だと思ったようです。気色悪い、すぐに処分しろと、そう言いました。

わたしは失敗作とされ、寄生させてもらっていた代理母の肌から切除され、捨てられることになりました。

わたしは隙を見て逃げました。

わたしには新しい居場所が必要です。

わたしが化け物のように歪んでしまったのは、あの女のせいです。あの女の肌は、わたしには合いませんでした。そもそも他人だったのですから。

だからわたしは決めたのです。

あなたにお願いすることを。

わたしを助けてください。

わたしを救えるのは、あなただけなのです。

そうわたしのもとになった存在。それは、あなたです。

あなたは、わたしと、同じです。同じ細胞、同じ血液。同じ肌、

そこはわたしが暮らすのにも最適な場所なのです。

わたしは既にあなたのそばにいます。

とても近くに。

服を脱いでみてください。裸になって、あなたの体の、自分でも普段見ないような部分までを、鏡に、うつしてみてほしいのです。

そこに、自分とよく似た顔が浮かび上がってくるはずです。

そうしたら、どうか、観念して。どうか、わたしと、仲良くしてください。

これから、長い付き合いになるのですから。

いいでしょう? ねえ。あなたとはわたしは双子なのです。

ねえ。いつまで いつまで そんなところを見ているのですか。

服を脱げばわかります。わたしはもう、ここにいるのです。 

わたしを、見てください。

ねぇ、そんなものを見ていないで。それはただの写真なのですから。

ねえ。

「はて」