連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2007年5月23日掲載

 日本の著名なロボット工学者が提唱した「不気味の谷」と呼ばれる現象は,ロボットだけでなくゲームキャラクターにも当てはめられるだろう。「あまりにもリアルすぎて,逆に違和感がある」ということが,グラフィックスやアニメーション技術の向上に比例して目立つようになってきた。3Dキャラクター達は,この状況から脱却できるのだろうか?

 

「不気味の谷」越えに挑戦するキャラ達

 

ロボット工学博士が提唱した「不気味の谷現象」

 

 1970年,ロボット工学者の森政弘博士は,人間型ロボットを研究するうちに,奇妙な現象に気づいた。人間は,人間型のロボットが人間らしくなるほどに親近感を持つ。しかし,ある時点で“人間らしい部分”よりも“人間らしくない部分”のほうがより目立つようになり,親近感が嫌悪感へと一転してしまうという。
 しかし,さらにロボットのリアルさが増すに従って,その不自然さが解消されていき,やがて人々は人間に対するのと同じ感情をロボットに対して持つようになると森氏は言っている。

 

2000年のリリースながら,死体が人形のようにグネグネ転がり落ちるラグドール効果を実現したエンジンを搭載していた「Hitman: Codename 47」

 これは,「不気味の谷現象」と呼ばれており,ロボットだけでなく,コンピュータグラフィックスで制作された映画やゲームのキャラクターにも当てはめられる。1990年代中期に,コンピュータゲームに3Dグラフィックスの本格的な波が押し寄せて以来,ゲーム世界にリアリティを持たせるのに懸命なゲーム開発者が増えた。そして,ここ数年は,この谷間に差し掛かっているように感じているのは,筆者だけではないはずだ。

 ゲームにおける3Dキャラクターといえば,「Alone in the Dark」(1992年)のカーンビーや,「Tomb Raider」のララ・クロフト(1996年)が先駆け的な存在だろう。とくにララ・クロフトは,「第50回:3Dゲーム界のアイドル,ララ・クロフト」でお伝えしたとおり,グラビア雑誌に登場したり,ロックスターのコンサートに出演したりと,イギリスを中心にポップカルチャーのアイドルとして受け入れられ,社会現象へと発展した。
 発売元のEidos Interactiveは,このTomb Raiderの成功を機に「我々はキャラクターゲームカンパニーだ」と宣言し,より,キャラクターが際立ったゲームを作り,ファンを魅了しようという戦略をとった。しかし,「Hitman」(2000年)シリーズの“コードネーム47”はともかく,「Daikatana」(2000年)のようにどう考えてもキャラクターで押すゲームではないものを,“キャラクターゲーム”と呼んでいたことは,当時の感覚でも失笑せざるを得ないだろう。

 この後も,ゲーム開発者は,皮膚の質感,表情,髪の毛など,違和感のないキャラクターを目指し,さまざまな工夫をこらしてきた。だが,キャラクターのリアルさが増すほどに,プレイヤーが抱く違和感も増していったのだ。まさに不気味の谷に差し掛かっていたわけである。

 

 

キャラクターへの感情移入に工夫を凝らす開発者達

 

 一般的に,人間が相手の感情を読み取るときは,言葉や動作に加えて,目も重要であるといわれている。眼球の移動や周辺の筋肉の微弱な動き,瞳孔の変化などを敏感に読み取り,相手の考えを正確に把握しようとするわけである。
 この「目」に注目したのが,あのValveだ。「Half-Life 2」(2004年)のために開発したSourceエンジンは,キャラクターに関するテクノロジーが満載で,眼球の表現が秀逸だった。
 瞳孔が光の加減によって自動的に動くのに加え,周囲の景色や照明を反射し,濡れたような質感を演出するという凝り様で,ゲームにおけるキャラクターの表現力を,一歩押し進めたのは確かである。

3Dキャラクターの表現力が大きく進化し,一世を風靡した「Half-Life 2」

 この頃から,「ゲームは人を泣かせることができるか」などという話を,開発者達の口から聞くようになった。アメリカのあるゲームサイトでは,最も泣かせるゲームシーンとして「ファイナルファンタジー VII」での,ある登場人物の死がトップに選ばれている。
 この作品はビジュアル面でのリアリティを追求したものではないが,感情移入できるキャラクターやストーリー,そして何よりゲームとしての面白さが見事に溶け合った,好例として取り上げられることが多い。
 しかし,最近発表された欧米のゲームをいくつか見てみると,CGテクノロジーとは別の部分で,キャラクターへの感情移入や動作の自然さを追及したゲームが増えているのが分かる。このような積み重ねにより,近い将来“不気味の谷間”を越えるときが来たとき,ゲームも新しいメディアへと変貌を遂げるのではないだろうか。

 最後に,現在開発が行われているゲームの中から,キャラクターに注目すべきものを挙げておく。これらが完成したときには,不気味の谷間を越えられたかどうか,ぜひその目で確認してもらいたい。

 

 

Mass Effect

 カナダの雄Biowareが開発する「Mass Effect」は,皮膚の凹凸や目の動きなどにトコトンこだわったアクションRPGだ。話している途中に,少し目線をそらしたり,鼻を動かしたりと,感情表現につながる細かい演技が特筆もの。

 

Medal of Honor: Airborne

 Electronic Artsの「Medal of Honor」シリーズの最新作。Universal Capturing System(U-Cap)と呼ばれる,カメラを同時に5台使用するモーションキャプチャ技術が採用されている。首を撃ち抜かれた兵士が,頬や唇を震わせて苦しみ,目でプレイヤーに訴えかけるムービーが紹介されており,そのリアルさは見ものである。

 

Assassin's Creed

 Ubisoft Entertainmentの「Prince of Persia」チームが開発している「Assassin's Creed」は,キャラクターの動きの自然さを追求しているのがウリ。超人的な動きで建物の壁をよじ登ったり,屋根から屋根へと飛び回ったりするかと思いきや,街の雑踏で人々を押しのけながら進んでいくという細かい部分にも余念がない。ムービーを見る限りでは,ぎこちない“ゲームキャラクターっぽさ”は微塵も感じられない。なお,この技術は,「Tom Clancy's Splinter Cell: Conviction」にも利用されるようだ。

 

Heavy Rain

 「Heavy Rain」は,以前「Omicron」などを開発していたフランスのQuantic Dreamが手がけるアドベンチャーゲーム。画像はゲームのテクノロジーデモとして発表されたもののだが,リアルタイムでの涙を流しながらの会話は驚愕の一言。ただし,「あまりにもリアルすぎるため,かえってアンリアル」な不気味の谷の例として挙げられることになるかもしれない。まだ詳細は不明だが,果たしてどんな作品になるのだろうか。

 

 

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。長年カリフォルニアに住んでいるせいか,メキシコ料理に関してかなりの“ツウ”になったと主張する奥谷氏。そんな奥谷氏が先日ブリトーを食べていると,底から油が染み出し,気づかないうちにシャツからジーパンまで垂れており,かなり恥ずかしい思いをしたとか。まあ,まともに食べられるようになってから“ツウ”を名乗ってもらいたいものですね。


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