業界動向
Access Accepted第449回:新たなゲームテクノロジー「フォトグラメトリー」とは
今週は,ポーランド生まれの2つのインディーズゲーム,「Get Even」と「The Vanishing of Ethan Carter」を例に,新しいゲームテクノロジーである「フォトグラメトリー」を紹介しよう。一見しただけでは,ゲーム画面なのか実写の映像なのか分からないようなグラフィックスが作れるというこの技術は,意外なことに,予算的にも人員的にも制約の厳しい,インディーズ開発スタジオに向いているというのだ。
「Get Even」に見る,「ゲームの現実性もここまで来た」感
2014年6月にロサンゼルスで開催されたE3 2014について,4Gamerに掲載されたレポート記事は約160本。その中で最もよく読まれたのが,Microsoftのインディーズゲーム開発サポートプログラム「ID@Xbox」のサンプルタイトルとして紹介されたFPS「Get Even」を紹介したものだった。
「これは写真じゃないんです」と,いささか煽り気味のコメントをタイトルに付けたことが,よく読まれた理由だと思うが,公開されたスクリーンショットやムービーを見た人なら,そのリアリティに驚嘆したことだろう。
「Get Even」を制作中のThe Farm 51は,ポーランド南部の小都市グリヴィツェに拠点を置くゲームメーカーだ。1939年9月1日,ドイツ軍のポーランド侵攻によって第二次世界大戦が始まったが,そのきっかけとなったのが開戦前日,この街で起きた「グライヴィッツ事件」だったことはよく知られている。
The Farm 51は,ワルシャワのデベロッパ,People Can FlyでFPS「Painkiller」などを開発したスタッフが2005年に独立して設立したスタジオだ。2009年にFPS「NecroVisioN」をリリースしたほか,他社作品のアウトソーシングを請け負ったりして,今では50人ほどの従業員を抱える規模に成長している。
しかし,彼らの得意とするアクションゲームは,アメリカや西ヨーロッパの大手メーカーと競合する宿命にあり,スケール的に太刀打ちできない。
例えばUbisoft Entertainmentの「Assassin's Creed: Unity」では,ゲームに登場するノートルダム大聖堂を再現するため,1人の開発者を1年間,その仕事のみに割り当てたという逸話があるが,中小規模のデベロッパでは同じことをしようとしても,資金的に不可能な話だ。
そこで,The Farm 51が「Get Even」に採用したのが,「フォトグラメトリー」(Photogrammetry)という技術だ。これは,建築や気象観測,地図製作といった分野で利用が広がっている手法であり,具体的には,複数の観測点から撮影した写真の視差情報を解析し,大きさや形を求める測量技術で,得られたデータを元に,地形や建築物などのオブジェクトを3D化することができる。
難しく聞こえるかもしれないが,デジタルカメラの高性能化と解析ソフトの低価格化によって,それほど多くの資金を使わなくても実現できるようになってきた。
これまでは,3Dオブジェクトを最初に制作してから,そこにカメラで撮影した木や大理石などを元にしたテクスチャを貼り付けていくのが一般的だった。これなら,同じテクスチャを使い回せるので経済的だ。しかしフォトグラメトリーは,専用アプリケーションを使って,撮影した多数の画像からテクスチャ付きのオブジェクトを自動生成してしまうシステムであり,実際に現場に赴いて,何千,何万というデジタル画像を撮影する労力が必要にはなるものの,作業自体は単純だ。
以上の理屈から,フォトグラメトリーでは想像の世界を作り出すことはできず,現実の景色が必要になる。「Get Even」で公開されたスクリーンショットに映し出されていた廃墟は,ポーランド侵攻前には1000人以上の患者がいた「Zakład Psychiatryczny w Owińskach」という精神病院であるとのこと。患者のほとんどが占領とともにナチスに殺害され,28か所に分けて埋められたという悲惨な歴史を持っているが,ありがちなことに,“お化け屋敷”として,ポーランドの廃墟マニアや心霊愛好家達には有名な場所でもあるらしい。
The Farm 51にはメインメモリを大幅に拡張したハイエンドPCがあり,スタッフが小型ドローンを使って撮影した巨大サイズの写真を,そんなモンスターPCを使って処理したという。写真から3D世界を作っているのだから,“フォトリアリスティック”と表現するのさえヘンな感じだが,かくしてゲームなのか実写映像なのか区別できないようなグラフィックスが出来上がったのだ。
フォトグラメトリーは「不気味の谷」を超えられるか?
2015年のリリースが予定されている「Get Even」だが,ポーランドではもう1つ,フォトグラメトリーを使ったゲームが開発され,2014年末にリリースされている。それが,The AstronautsがPCおよびPlayStation 4向けに開発した「The Vanishing of Ethan Carter」だ。
The Astronautsも,元People Can Flyのメンバーが独立して設立したメーカーで,ポーランドのゲーム開発者達は,最新ゲーム技術に関する情報共有に熱心であるようだ。ちなみに,People Can Flyは2012年にEpic Gamesに買収されてEpic Games Polandとなり,「Gears of War: Judgment」などを制作している。
「The Vanishing of Ethan Carter」をプレイした人なら,ゲームの序盤,トロッコ周辺や川べりの石の質感のリアルさなどに驚いたと思うが,こうしたオブジェクトの多くがフォトグラメトリーで作られているのだ。
石ころ1つでも約30枚,建物ともなれば万単位のデジタル画像が,ロシア生まれの「Agisoft PhotoScan」というアプリケーションに落とし込まれ,リアルなテクスチャ付きの3Dオブジェクトが生成されたという。もっとも,画像は重なって撮影されている部分も多く,データのほとんどは前処理段階で捨てられたうえで圧縮されるので,極端にパワフルなGPUを必要とするわけでもないようだ。
さて,3Dグラフィックスに「不気味の谷」(Uncanny Valley)と呼ばれる現象があることは,本連載の第127回「不気味の谷超えに挑戦するキャラ達」でも紹介しているとおりだ。ロボットやキャラクターがリアルになればなるほど,瞬きの速度や頬の動きなど,ほんの少しの違和感が,見る側に不気味な感じを与え,もはや現実だと思えなくなってしまうという現象だが,同じことがテクスチャにも当てはまるという。
その点,フォトグラメトリーでは,そうした,脳が「非現実的だ」と感じる“谷間”は存在しない。ちょっとした建物の歪みや雨漏りのシミ,生い茂る葉の不規則性やハトの糞など,原理的にはすべて現実にあるものを,そのまま取り込んでしまうことが可能だからだ。
ただし,現段階でフォトグラメトリーでキャラクター表現を行うのは,そう簡単ではないようだ。理屈では,この技術で「不気味の谷」を飛び越えられそうなのだが,例えば「The Vanishing of Ethan Carter」では,あえてポストプロセスや照明効果を加えることでキャラクターが「現実的すぎる」ことを意図的に避けている。これについては,「現実と非現実の差がなくなってしまうことで,ゲーマーの想像力が刺激されなくなるのを心配した」と説明されているが,実際問題として,フォトグラメトリーで完全な人間を表現するのは難しいということもあるはずだ。
「現実のモデルが必要」「テクスチャの使い回しが効かない」など,現在のフォトグラメトリーには使いづらい部分もあり,ゲームグラフィックス技術における大革命といえるほどのものではない。ゲームスタジオに多数のカメラマンが採用されるということも,すぐには起きないだろう。
むしろこの技術の価値は,「Get Even」や「The Vanishing of Ethan Carter」の例からも分かるように,小規模な開発チームが低予算でゲーマーを驚かせるグラフィックスを作れるところにあり,今後,インディーズゲーム市場を中心に採用が進んでいく可能性は高い。我々ゲーマーも,基礎知識としては押さえておくのがよさそうだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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